第3話 今のパンチは非課税かよ!
私はSNSポストを、きっちり1年分確認しました。
配信開始を通知するポストと視聴者に対する感謝などが示されていました。
この感謝の部分はプラス査定にあたります。
ですが、それ以上に多いのが視聴者との喧嘩です。
俗に言うレスバといわれるものでしょうか。
こちらが非常に多いのです。
一つの話題に対して、複数の人間と喧嘩していました。
そして、そこでは小学生の罵り合いに近い汚い言葉が溢れていました。
「谷町さん、このウンチというのは、生理現象の表明でしょうか?」
私が尋ねると、谷町さんが身を乗り出して、スマホを覗き込みました。
「はっ? なんで私がいちいちリスナーに対して、そんな報告するんだよ」
「では、怒りや不満の表明ということで、よろしいですか?」
「なっ……なら、どうなんだよ?」
「その場合、この文章を読んだ人間が不快に思う可能性が高いため、マイナスの感情表現としてカウントします」
「はぁ!?」
「プラス215件、マイナス3,472件、総額で33万6,450円の課税になります」
「そっ、そんなにかよ!」
「はい、その他に、『ばーか』『アホ』『まぬけ』『キメ顔番長』『強がりキッズ』なども含まれています」
私がそう告げると、谷町さんの頬の辺りが少し赤くなっていました。
「おまえ、それは違うだろ!」
「弁明ですね。法的にそれは認められています。どうぞ」
「半分はプロレスだぞ! ほら、このポストの返信は楽しんでるのが分かるだろ?」
そう言われ、内容を確認すると、確かに笑顔の絵文字が多く使用されていました。
「なるほど、では前後の文脈理解が必要ということですね」
「あたりまえだろ! もう一回見てみろ」
谷町さんに指示されたため、私はもう一度精査しました。
「前後の文脈を考慮すると――プラス659件、マイナス3,028件、総額で26万9,850円の課税になります」
「あんま変わらねー!」
谷町さんが声を上げました。
「いいえ、6万6,600円、課税額が減少しています」
ギロリと谷町さん黒目が私に向きました。
「では、続いて配信動画を確認させて頂きます。PCをお借り出来ると助かります」
そう言って私は立ち上がりました。
谷町さんも遅れて立ち上がると「マジか」と呟いていました。
「マジです。基本的には所有物に記録された感情の表明が査定対象ですが、ネットやクラウドに上がったものは、その所有者の端末から確認することが推奨されています」
「いや、そこじゃねーよ! 配信動画全部で何時間になると思ってるんだ?」
「一日の労働時間を8時間として換算すると、最大でも1,920時間になります」
私がそう伝えると、谷町さんは少しだけ口を開けていました。
そして、そのまま2秒が経過しました。
「そっ、そんなじゃねーが、おまえ……マジで全部観るのか?」
「はい、査定ですから。しかし、256倍速で確認しますので7.5時間で完了します」
「そんな倍速ないだろ?」
「人間用ではありません。アンドロイド専用モードです」
「そんなのがあるのか……知らなかった……」
なぜか谷町さんは、俯いていました。
「では、PCをお借り増します」
そう言って私が、先ほどまで谷町さんが使用していたPCデスクへ移ると、谷町さんもついてきました。
そして、私の背後に立ち、ディスプレイを覗いていました。
最初のうちは、高速で流れる動画に「うわっ! なんも見えねーじゃねーか!」と声を上げ、身を乗り出していましたが、5分も経たないうちにソファへ戻っていきました。
しばらくすると「そういや、お昼食ってなかった」と言って、私を殴打した冷凍うどんを茹でていました。
そこから2時間12分で動画の査定は完了しました。
「こちらも圧倒的にマイナスが多いですね。配信分だけで52万4,100の課税になります」
私はテーブルの前に戻り、谷町さんへ報告しました。
「先ほどのSNSと合わせると、79万3,950円の課税となります。また、もし他に記録媒体があるようでしたら、お持ちください」
「谷町さん?」
私が声をかけても、谷町さんは反応しませんでした。
ソファの上で片膝を立てたまま、スマホを持って姿勢で固定されています。
聞こえなかったのでしょうか。
心音は確認できますので、生命活動は維持されています。
「谷町さん、他に媒体がないようでしたら、これで査定は完了となります」
「……えない」
最初の部分が聞き取れませんでした。
「そんな金額払えるわけないだろ! 今月だって家賃払ったら、もう、うどん生活するしかないんだぞ!」
谷町さんが、持っていたスマホを私に投げつけました。
人間の動作速度を上回る勢いでした。
鼻先に直撃しましたが、頭部はチタンフレームで守られているため問題はありません。
しかし、スマホは無事ではありませんでした。
ディスプレイのガラス面がバリバリに割れていました。
「谷町さん、スマホの破損は、私の瑕疵に……」
私がそう告げようとすると、私の声を遮る様に谷町さんが声を上げました。
「ふざけんな! なんで、1年頑張って配信して80万も取られなきゃならないんだよ! 」
「今の『ふざけんな!』も音声による負の感情の表明となりますが、よろしいでしょうか?」
「知るか! そんなこと! 私が言いたいことは、そんなんじゃない! なんで人が頑張ったことに対して、そんな罰が下るんだよ?」
今度は、横に置いてあったクッションが飛んできました。
「そんな言葉の表面だけで、人の感情を判断するな! 今、私が怒ってるのは、負の感情じゃねぇー!」
谷町さんの瞳が潤んでいました。
「前向きだ! こんなおかしな制度をぶっ壊してやろうっていう人間の前向きな感情だからな! 分かるか、おまえに!」
手直に投げるものがなくなったのか、テーブルの上に落ちていたスマホを拾うと、それをもう一度私に投げつけました。
「なにが情動課税だ! 感情を表すのが人間だろ! それの何が悪い?」
「いいえ、悪くはありません。ですが、それを公共の場で表現することが問題となっているのです。第2条の条文には――」
「知ってんだよ! 経済学部舐めんなよ!」
92デシベル。
本日で一番大きな音量でした。
「でも違うだろ! SNSや動画の表面だけで判断するなって言ってんだよ! 言葉そのものが感情じゃないだろ? それだけで判断するのが悲しって言ってんだよ」
「今の『悲しい』も、負の感情の表明にあたります」
「それだよ! 私個人がどう思おうと、私の勝手だろ?」
「はい、それは問題ありません。ですが、それを表明してしまうことが問題なのです」
「なんだよそれ! じゃあ何も喋らず、なにも表明しない方が得だってことか?」
「いいえ、税金は損得ではありません。ですが、金銭を支払うことにおいては、その通りです。なにも表明しなければ課税されることはありません」
「それじゃあ、死んでいるのと変わらねぇーじゃんか……」
「いいえ、心肺機能が停止するまでは、人間は生きている事になります」
無言のパンチが私の左頬を捉えました。
「じゃあ、これはどうなんだ?」
「今のパンチは非課税です」
私がそう答えると、もう一発パンチが飛んできました。
「ですが、安藤愛子事務所の固定資産である私の破損は、器物破損にあたりますので、後ほど請求が行われると思います」
「知るかそんなこと!」
正拳突きでしょうか?
私の顔の中央に谷町さんの小さな拳が迫っていました。
「クソくらえだ!」
――18ニュートン。
「谷町さん、それは生理現象の表明でしょうか?」
私がそう尋ねると、谷町さんは涙を流しながら「ああ、そうだよ」と答えました。




