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断罪された悪役令嬢ですが、“嘘を一つだけ混ぜたら”全部壊れました ~正しさは、簡単に裏返る~  作者: 空乃エリシア


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第九話 正しさの顔

 ――止まる。


 ほんの一瞬。


 それだけで、空気の温度が変わる。


 母の私室。

 その中央に、二人。


 母と。


 ミレイユ。


「……あら」


 母が微笑む。


 完璧な笑顔。


 何一つ崩れていない。


「ちょうど良かったわ、レティシア」


 その言葉は、まるで“待っていた”ような響きだった。


 ええ、そうでしょうね。


 わたくしも、そう思っていましたもの。


 どちらが先に動くか。


 その違いだけ。


「失礼いたします」


 わたくしは静かに一礼した。


 礼儀は崩さない。


 崩すのは、もっと別のところ。


「お話中でしたかしら」

「いいえ」

 母は即答する。

「むしろ、あなたに関する話をしていたところよ」


 予想通り。


 わたくしは視線を横へ滑らせた。


 ミレイユと目が合う。


 すぐに逸らされると思った。


 けれど。


 逸らされない。


 こちらを見ている。


 まっすぐに。


 ――あら。


 少しだけ、予想と違う。


「レティシア様」


 先に口を開いたのは、彼女だった。


 声は柔らかい。


 けれど。


 揺れていない。


「昨日のこと……本当に、申し訳ありませんでした」


 頭を下げる。


 丁寧に。


 完璧な角度で。


 非の打ち所がない謝罪。


 だからこそ。


 違和感がある。


「何に対しての謝罪かしら」


 わたくしは穏やかに返した。


 責めない。


 問いだけを置く。


 それで十分。


「わたくしのせいで、誤解が生まれてしまったことです」


 彼女は顔を上げる。


 目は、こちらを見ている。


 逃げていない。


「誤解、ですか」

「はい」


 わずかな間。


「わたくしは、レティシア様に危害を加えられたなどとは、一度も……」


「けれど、そう受け取られる状況だった」


 言葉を重ねる。


 彼女は一瞬だけ黙った。


 その沈黙は短い。


 すぐに、整える。


「……はい」


 整えた。


 いい返し方。


 否定しない。


 責任も取らない。


 最も“正しい”立ち位置。


 なるほど。


 聖女候補、ですわね。


「ですから、わたくしがきちんと説明すれば――」


「必要ありません」


 母が言った。


 柔らかい声で。


 けれど、完全に遮る形で。


「この件は、すでに結論が出ています」


 空気が、わずかに締まる。


 わたくしは母を見る。


 彼女は微笑んでいる。


 変わらない。


 完璧に。


「レティシア」


 名前を呼ばれる。


 娘としてではなく。


 “処理対象”として。


「あなたはもう、この件に関与する必要はないわ」


 綺麗な言い方。


 つまり。


 関わるな。


 口を出すな。


 そういう意味。


「そうですか」


 わたくしは頷いた。


 否定しない。


 否定する必要がないから。


「では、確認を一つ」


 視線を外さない。


「この件、王宮への報告はどのように?」


 母の目が、ほんの一瞬だけ揺れた。


 小さい。


 けれど。


 確実に。


「すでに手配しています」

「そう」


 わたくしは一歩、室内へ進んだ。


「では、調査の話もご存知かしら」


 沈黙。


 今度は、はっきりと。


 母の表情が、わずかに変わる。


 ほんの少しだけ。


 遅れた。


 それで十分。


「……何の話?」

「王宮内部で、断罪に関する再確認が行われる可能性があるそうですわ」


 事実ではない。


 まだ。


 けれど。


 “そうなる可能性”はある。


 だから。


 嘘ではない。


「……誰から聞いたの」


 声が一段低くなる。


 初めて。


 揺れが見える。


 いい反応。


「さあ」


 わたくしは微笑んだ。


「噂は、どこからでも流れてくるものですから」


 母は黙った。


 計算している。


 どこまで漏れているか。


 誰が動いたのか。


 そして。


 どう消すか。


 その間に。


「……レティシア様」


 ミレイユが口を開いた。


 先ほどより、少しだけ強い声。


「そのような話は、広めるべきではありません」


 あら。


 初めて、意見が出た。


「どうして?」

「不安を煽るだけです」


 正しい。


 正論。


 だからこそ。


「不安になるようなことがあるのかしら」


 返す。


 逃げ道を残さない形で。


 彼女は言葉を止めた。


 ほんの一瞬。


 そして。


「……ありません」


 整えた。


 やはり上手い。


 でも。


 それでいい。


「そう」


 わたくしは頷いた。


「では問題ありませんわね」


 母の視線が刺さる。


 冷たい。


 けれど。


 遅い。


 もう、動き始めている。


「レティシア」


 呼ばれる。


 今度は少しだけ強い声。


「あなたは何をしているの」


 何を。


 簡単なこと。


「確認ですわ」


 答える。


「何を?」

「どこまで崩れるか」


 沈黙。


 完全に。


 部屋の空気が止まる。


 ミレイユが、わずかに息を呑む。


 母は。


 初めて。


 笑わなかった。


 いい。


 ようやく。


 少しだけ、本音が見えた。


「……あなたは何を考えているの」

「考えていることは一つだけですわ」


 わたくしは言った。


「この断罪が、本当に正しいのかどうか」


 視線を外さない。


 逃げない。


 そして。


 踏み込む。


「もし違うなら」


 一歩、前へ。


「どこから歪んだのか」


 母の目が細くなる。


 ミレイユは、動かない。


 見ている。


 ただ。


 こちらを。


「それを確かめるだけです」


 静かに。


 言い切る。


 沈黙。


 長い。


 けれど。


 先に動いたのは。


 母ではなかった。


「……わたくしも」


 ミレイユが言った。


 小さく。


 けれど、はっきりと。


「知りたいです」


 空気が、変わる。


 予想外。


 母の視線が、彼女へ向く。


「ミレイユ?」

「このままでは……納得できません」


 彼女はまっすぐ言った。


 揺れていない。


 今度は。


 本当に。


 ――あら。


 面白い。


 これは。


 予定より。


 少しだけ。


 楽しくなりそうですわね。


 わたくしは、ほんの少しだけ笑った。

ここで「正しい側」の揺れが出てきました。


このまま進めば、ただの断罪では終わりません。

次は一気に崩れ始めます。


続きが気になったら、ブックマークや評価で残してもらえると嬉しいです。

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