第七話 共犯の条件
「では始めましょう」
そう言ったのは、どちらだったか。
たぶん、あの男だ。
けれど。
主導権を握るのは、わたくしでなければならない。
――共犯になるなら、対等であること。
それが最低条件。
「まずは確認からですわね」
廊下の灯りの下で、わたくしは立ち止まった。
アシュレイも足を止める。
距離は近い。
けれど、触れない。
そのわずかな間が、この関係の全てを表している。
「あなたは、わたくしを利用するつもり」
「当然です」
即答。
迷いも誤魔化しもない。
だから信用できる。
「では、わたくしも同じですわ」
「ええ。それで構いません」
彼は軽く頷いた。
ここまでは予定通り。
問題はその先。
「ですが一つ」
わたくしは言う。
「利用されるだけでは困りますの」
「でしょうね」
彼の目が細くなる。
試す目だ。
いいでしょう。
こちらも同じことをするだけ。
「あなたの“価値”を見せてください」
空気が変わる。
今までより、少しだけ鋭くなる。
「価値、ですか」
「ええ」
わたくしは一歩、距離を詰めた。
「あなたがいなければ、できないこと」
それを提示しなさい。
そういう意味。
彼は一瞬だけ黙った。
考えているのではない。
選んでいる。
どこまで見せるかを。
「いいでしょう」
彼はゆっくりと懐から何かを取り出した。
薄い冊子。
帳簿のようなもの。
「これは、何だと思います?」
「見せる前に答えを求めるのは、あまり良い趣味ではありませんわね」
「では、見せましょう」
彼はそれを開いた。
中身をこちらに向ける。
数字。
名前。
日付。
そして――
見覚えのある名。
ミレイユ。
王太子。
そして。
ヴァルモンド。
「……資金の流れ?」
「ええ。王宮と学園、そして貴族家の間の」
わたくしはページをめくった。
いくつかの項目に印がついている。
「これが、何を意味するかわかりますか」
「ええ」
簡単だ。
「断罪は、偶然ではない」
「その通り」
彼はわずかに笑った。
「そして、誰かが利益を得ている」
わたくしは冊子を閉じた。
理解した。
これは証拠だ。
ただの冤罪ではなく。
構造として仕組まれた断罪。
それを証明できる材料。
「なるほど」
わたくしはそれを彼に返した。
「これがあなたの価値」
「一部です」
「十分ですわね」
少なくとも。
利用する価値はある。
「では次に」
わたくしは言った。
「わたくしの条件を提示します」
彼の目がわずかに動く。
興味。
それを確認して、続ける。
「情報は共有」
「当然です」
「裏切りは自由」
「前提です」
「ただし」
少しだけ間を置く。
ここが重要。
「裏切るなら、勝ちなさい」
彼が止まった。
ほんの一瞬だけ。
その反応で十分だ。
「……面白い条件だ」
「でしょう?」
わたくしは笑った。
「負けるくらいなら、最初から裏切らない方がいいですもの」
彼はゆっくりと息を吐いた。
楽しそうに。
「いいでしょう」
一歩、距離が縮まる。
「受け入れます」
その瞬間。
関係が変わった。
ただの交渉ではない。
契約に近い。
「では、共犯成立ですわね」
「ええ」
彼は言う。
「ただし、まだ形式だけですが」
「形式で十分です」
中身は、これから作る。
それでいい。
「では最初の仕事を」
彼が言う。
「あなたが先ほど押さえた証拠」
「ええ」
「それを使って、誰を崩します?」
問いが落ちる。
軽くはない。
選択だ。
最初の一手。
間違えれば、終わる。
けれど。
わたくしは迷わなかった。
「執事では弱い」
「同意します」
「父もまだ早い」
「ええ」
なら。
残るのは。
「――母ですわ」
空気が、わずかに変わる。
彼の目が、ほんの少しだけ鋭くなる。
「いきなり中枢ですか」
「当然でしょう?」
わたくしは言った。
「一番効果的な場所から崩す」
彼は笑った。
今までで一番、楽しそうに。
「やはり、あなたを選んで正解だ」
「まだ選ばれてはいませんわ」
「いえ」
彼は言う。
「もう選んでいます」
その言葉は。
少しだけ。
予想外だった。
だから。
ほんの一瞬だけ。
呼吸が乱れた。
すぐに戻す。
見せない。
「……では、証明していただきましょう」
「ええ」
彼は頷く。
「明日、動きます」
「ええ」
「あなたの断罪を」
わずかに間。
「最初に崩すために」
その言葉で。
はっきりした。
これはもう。
後戻りできない。
関係だ。
「楽しみですわ」
そう言って、わたくしは歩き出した。
次は。
“敵”を選ぶのではない。
“壊す順番”を選ぶ。
それだけのこと。
ここでついに共犯関係が成立しました。
次は「最初の標的」、つまり初めての崩しに入ります。
ここから一気に“ざまぁ”が見えてくるので、面白いと感じたらブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。




