第六話 証明
「明日までに、証明してみせます」
そう言ったのは、ほんの数分前のことだ。
なのに。
――明日まで待つつもりは、最初からなかった。
わたくしは自室の扉を閉めるなり、窓へ向かった。
夜は深い。
屋敷の灯りも、すでに落ち始めている。
静かだ。
だからこそ、よく見える。
人の動きが。
庭の端、倉庫へ続く小道。
そこに、ランタンの明かりが一つ。
遅い時間にしては、不自然だ。
「……やはり」
予想は外れていない。
あの執事の反応。
そして、母が関与しているという情報。
ならば動きは、夜のうちにある。
証拠は、消される前に押さえるべきだ。
わたくしはためらわずにドレスの裾を持ち上げた。
装飾は外す。
音を立てるものも。
鏡に映る自分は、少しだけ軽くなっていた。
「悪役令嬢らしくは、ありませんわね」
小さく笑う。
けれど、今はそれでいい。
扉を開ける。
廊下に人の気配はない。
夜の屋敷は、昼とは別の顔を見せる。
静かで。
整っていて。
そして、油断している。
階段を使わず、裏の通路を抜ける。
幼い頃に覚えた抜け道だ。
役に立つとは思わなかったけれど。
人生、何が使えるかわからない。
外に出る。
夜気が頬に触れる。
少しだけ冷たい。
その感覚が、思考をはっきりさせる。
足音を殺して進む。
ランタンの光が、徐々に近づく。
声が聞こえた。
「――今夜のうちに片付けろ」
「ですが、これは……」
「証拠になり得るものはすべて処分だ。旦那様の指示ではないが、奥様のご判断だ」
やはり。
わたくしは影に身を潜めたまま、息を整える。
男は二人。
倉庫の中で何かを運び出している。
箱だ。
大きくはない。
けれど中身は、おそらく――
「慎重に扱え。それは王宮に出す予定だったものだ」
「ですが、これがなくなると……」
「問題ない。すでに“代わり”は用意されている」
代わり。
なるほど。
証拠の差し替え。
あまりにもわかりやすい。
だからこそ、気づかれにくい。
わたくしは一歩、前に出た。
「その箱、少し拝見してもよろしいかしら」
声をかける。
男たちが一斉に振り向いた。
「レティシア様……!?」
驚きが顔に出ている。
当然だ。
ここにいるはずのない人間が、いるのだから。
「こんな時間に、何をしていらっしゃるの?」
「い、いえ……その……」
「説明は結構ですわ」
わたくしはゆっくりと近づいた。
逃げる気配はない。
逃げられない。
それも理解している。
「箱を開けて」
「ですが――」
「開けて」
言葉を重ねる。
強くはない。
けれど、逆らう理由を奪う言い方。
男の一人が、震える手で蓋を外した。
中身が見える。
書類だ。
数枚。
そのうちの一枚を取り上げる。
ざっと目を通す。
――温室管理記録。
日付が、改ざんされている。
わたくしが関与したように見える形で。
「……雑ですわね」
思わず口に出る。
もっと巧妙にやると思っていたのに。
あるいは。
わたくしが気づかない前提だったのか。
「これは処分する予定だったのね」
「……はい」
答えた。
正直なものだ。
もう隠す意味がないと判断したのだろう。
賢明だ。
「では、そのまま持ってきなさい」
「は?」
「わたくしの部屋へ」
男たちが顔を見合わせる。
迷っている。
当然だ。
これは“命令”ではない。
けれど。
「今、この場で逆らう選択をする?」
静かに問う。
選ばせる。
そして――
選ばせた時点で、勝敗は決まる。
男たちは視線を落とした。
「……承知いたしました」
箱を持ち上げる。
重さがあるらしい。
それを確認して、わたくしは踵を返した。
「来なさい」
歩き出す。
背後に足音がついてくる。
これで一つ。
証拠は、消えない。
それだけではない。
“誰が何をしたか”も、こちらに残る。
廊下へ戻る。
そこで。
「見事ですね」
声が落ちた。
壁際に、いつの間にか人影がある。
驚かない。
むしろ、来ていると思っていた。
「盗み聞きはお得意で?」
「今夜は偶然が多い」
アシュレイ・クロードは、壁にもたれたままこちらを見ていた。
男たちは彼に気づいた瞬間、顔色を変える。
当然だ。
相手が悪すぎる。
「そのまま進みなさい」
わたくしは言う。
「この方は気にしなくていいわ」
むしろ。
見せるためにいる。
男たちは慌てて通り過ぎていく。
残るのは、わたくしと彼だけ。
「証明、ですか」
「ええ」
「想像以上に早い」
彼はわずかに笑った。
楽しそうに。
「これで一つ」
わたくしは言う。
「わたくしに利用価値があると証明できたかしら」
彼は少しだけ考える素振りを見せる。
わざとだ。
焦らすための間。
けれど。
嫌いではない。
「合格点です」
「それは光栄ですわね」
「ですが」
彼は一歩、近づいた。
距離が縮まる。
「まだ足りない」
そう来ると思っていた。
「何が」
「あなた自身の“切り札”です」
切り札。
なるほど。
ただの証拠集めでは足りない。
もっと決定的なもの。
関係を縛るもの。
彼はそれを求めている。
「では次は、そちらの番ですわね」
「おや」
「あなたの条件も、聞いていませんもの」
彼は少しだけ目を細めた。
試すように。
測るように。
「いいでしょう」
その声が、わずかに低くなる。
「では提示します」
空気が変わる。
今までの軽さが消える。
これは――
本気の話だ。
「あなたは、すべてを捨てられますか?」
問いが落ちる。
重い。
けれど。
わたくしは迷わなかった。
「すでに捨てられましたわ」
彼は一瞬だけ、言葉を止めた。
そして。
笑う。
今までで一番、満足そうに。
「なら問題ない」
その瞬間。
関係が、一段階進んだ。
共犯。
まだ名前はついていない。
けれど。
もう、後戻りはできない。
「では始めましょう」
彼が言う。
「あなたの断罪を、本当に無意味にするために」
わたくしは頷いた。
さて。
ここからが、本番ですわね。
ついに主人公が「行動」で証明しました。
ここから共犯関係が本格的に動き出します。
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