第二十七話 利用の境界
――まず一つ、崩れた。
それは、確かな“勝ち”だった。
空気が変わる。
さっきまでの緊張が、わずかに緩む。
だが。
それだけだ。
終わっていない。
むしろ。
ここからが、本番。
「……見事ですわね」
その声は、すぐ近くからだった。
ミレイユ。
少しだけ。
距離が近い。
さっきまでとは違う。
「ええ」
わたくしは頷く。
「一つ、ですけれど」
それ以上でも、それ以下でもない。
事実。
「……でも」
ミレイユの声が、わずかに揺れる。
さっきとは違う揺れ。
恐れではない。
迷い。
「本当に、これでいいんでしょうか」
問い。
小さい。
だが。
重い。
わたくしは、少しだけ視線を向けた。
「何がですの」
「……その人」
ミレイユの視線が、フランツへ向く。
崩れた男。
まだ、立て直せていない。
「確かに、順序は変えていました」
「ええ」
「でも」
間。
「それだけで、ここまで追い詰める必要があるんでしょうか」
沈黙。
短い。
だが。
十分。
――来ましたわね。
これが。
境界。
「必要ですわ」
わたくしは答える。
迷いなく。
間を置かず。
「なぜ」
すぐに返ってくる。
いい。
ちゃんと、問うている。
「簡単です」
一歩、近づく。
ミレイユへ。
「彼は“作る側”にいました」
フランツを見る。
視線だけ。
「断罪を」
間。
「人を潰す仕組みを」
ミレイユの目が、揺れる。
理解している。
だが。
納得していない。
「……でも」
彼女は言う。
止まらずに。
「それでも、人ですよ」
その一言。
静かに。
だが。
強く。
――そう。
それが。
あなたですわね。
「ええ」
わたくしは頷く。
「人ですわ」
否定しない。
する必要がない。
「だからこそです」
少しだけ、声を落とす。
「“人だから”壊れるのです」
沈黙。
ミレイユが、息を止める。
理解した。
完全に。
「……壊すんですか」
「ええ」
即答。
迷いなく。
「必要なら」
その言葉で。
空気が変わる。
冷える。
ほんの少しだけ。
アシュレイが、横でわずかに笑った。
小さく。
だが。
確かに。
楽しんでいる。
「……怖いです」
ミレイユが、ぽつりとこぼす。
それは。
拒絶ではない。
認識。
「ええ」
わたくしは答える。
「怖いですわ」
同じ言葉。
だが。
意味は違う。
「ですが」
一歩だけ。
距離を詰める。
「あなたは、選びました」
ミレイユの目が、わずかに揺れる。
「“利用する”と」
逃げ道を、閉じる。
優しくではない。
正確に。
「それは」
間。
「こういうことですわ」
沈黙。
長い。
だが。
彼女は目を逸らさない。
いい。
とてもいい。
「……わたしは」
小さく。
だが。
確実に。
「まだ、慣れていません」
「ええ」
「でも」
顔を上げる。
ほんの少しだけ。
強くなる。
「逃げません」
その一言。
十分。
それでいい。
「ええ」
わたくしは微笑む。
「それでこそですわ」
そのとき。
「――話は終わったか」
低い声。
後ろから。
振り向くまでもない。
リュシアン。
まだ、そこにいる。
当然。
終わっていないのだから。
「いいえ」
わたくしは答える。
静かに。
「これからですわ」
その瞬間。
彼の目が、わずかに細くなる。
警戒。
完全に。
「次は」
わたくしは言う。
はっきりと。
「あなたです」
沈黙。
一瞬。
だが。
濃い。
空気が、張り詰める。
完全に。
逃げ場のない。
対面。
リュシアンが、わずかに笑う。
初めて。
明確に。
「……面白い」
その一言。
だが。
評価ではない。
戦闘開始の合図。
わたくしは、ゆっくりと息を吐いた。
――ここからですわ。
本当に。
勝った後に、ズレが生まれました。
この物語は「勝つこと」だけでは終わりません。
その選択が、関係をどう変えるかも描いていきます。
ここからはいよいよ本丸です。
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