第二十五話 正面衝突
――いいタイミングですわね。
そう思った瞬間には、もう遅かった。
逃げる、という選択肢は最初から存在しない。
廊下の空気が、一段重くなる。
人の気配はある。
だが、誰も近づかない。
――見ているだけ。
それが、この場所のルール。
「やはり、こちらでしたか」
リュシアンの声は、変わらない。
低く、静かで、無駄がない。
まるで。
最初から、ここに来るとわかっていたかのように。
「ええ」
わたくしは微笑む。
視線を逸らさない。
「お待ちしておりましたわ」
ほんのわずかに。
彼の目が細くなる。
楽しんでいる。
あるいは。
確認している。
「……そうか」
短い返答。
それだけで十分。
アシュレイが一歩だけ前に出る。
わたくしよりも半歩前。
だが。
遮らない。
絶妙な距離。
「用件は」
彼が問う。
簡潔に。
無駄なく。
「確認だ」
リュシアンが言う。
視線は、こちら。
いや。
正確には。
ミレイユに向けられている。
「お前が、どちらに立つか」
沈黙。
一瞬で。
空気が凍る。
ミレイユの肩が、わずかに揺れる。
だが。
逃げない。
いい。
とてもいい。
「……わたしは」
彼女が口を開く。
声は震えていない。
さっきよりも。
確実に。
「選びました」
その一言。
短い。
だが。
重い。
リュシアンの目が、ほんの少しだけ動く。
「ほう」
興味。
わずかに。
「では、聞こう」
間。
「どちらだ」
問いは一つ。
逃げ場はない。
ミレイユが、一歩だけ前に出る。
自分から。
初めて。
「……利用します」
その答え。
空気が、変わる。
完全に。
リュシアンの口角が、わずかに上がる。
「そうか」
短く。
それだけ。
だが。
否定しない。
止めない。
それが。
一番、厄介。
「では」
彼は言う。
「その結果を、見せてもらおう」
その言葉と同時に。
気配が増える。
周囲。
見えない位置。
だが。
確実に。
配置されている。
「……囲まれましたね」
アシュレイが小さく言う。
確認。
驚きではない。
「ええ」
わたくしは頷く。
予想通り。
問題ない。
「証言の場を、こちらで用意した」
リュシアンが続ける。
「今、この場で」
間。
「再度、証言しろ」
早い。
だが。
いい。
むしろ。
好都合。
「……構いませんわ」
わたくしは言った。
迷いなく。
ミレイユが、わずかにこちらを見る。
確認。
だが。
もう必要ない。
彼女は、選んだ。
だから。
進めばいい。
「では」
リュシアンが、わずかに手を上げる。
それだけで。
周囲の気配が、整う。
場が完成する。
――さすがですわね。
構造を作る側。
それが、こういうこと。
「ミレイユ」
彼が呼ぶ。
短く。
「前回と同じ問いだ」
間。
「お前は、何を見た」
沈黙。
長い。
だが。
逃げない。
ミレイユが、ゆっくりと息を吸う。
そして。
「……わたしは」
口を開く。
迷いはない。
「レティシア様が近くにいるのを見ました」
ここまでは同じ。
だが。
「そして」
一瞬の間。
だが。
揺れない。
「箱が落ちたのは、その後でした」
はっきりと。
明確に。
断言する。
沈黙。
完全に。
空気が止まる。
視線が集まる。
すべてが。
一点に。
リュシアンは、動かない。
ただ。
見ている。
測っている。
「……そうか」
やがて。
彼が言う。
短く。
そして。
「では」
視線が、こちらに移る。
「お前はどうだ、レティシア」
来た。
核心。
わたくしは、ゆっくりと一歩前に出た。
逃げない。
引かない。
「簡単ですわ」
微笑む。
いつも通り。
「わたくしは」
間。
「何もしておりません」
沈黙。
だが。
その沈黙の質が違う。
疑いではない。
確認でもない。
――崩れかけている。
「……証言は揃った」
リュシアンが言う。
だが。
わずかに。
遅い。
その“遅れ”が。
すべて。
「ええ」
わたくしは頷いた。
「ですので」
一歩、さらに踏み込む。
「次はこちらの番ですわね」
その一言で。
空気が、変わる。
完全に。
主導権が、わずかに傾く。
リュシアンの目が、初めてはっきりと細くなる。
「……ほう」
興味。
ではない。
警戒。
「何をする」
「簡単ですわ」
わたくしは言う。
静かに。
だが。
確実に。
「一つ、潰します」
その言葉で。
盤面が。
完全に。
動き始めた。
ついに正面衝突に入りました。
ここからは駆け引きではなく、“潰し合い”になります。
そして次は、はっきりとした「勝ち」を取りにいきます。
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