第二十四話 揺らされた盤面
――次だ。
その一言が。
見えない形で、届いていた。
廊下を歩く。
何も変わらないはずの空間。
人も、音も、同じ。
なのに。
「……空気が違いますわね」
わたくしは呟いた。
隣で、アシュレイがわずかに視線を動かす。
「ええ」
短く。
「広がっています」
「何が」
「“話”が」
それだけで、十分だった。
来た。
反撃。
予想よりも早い。
だが。
遅くはない。
「内容は」
「簡単です」
彼は淡々と言う。
「あなたが“誘導した”と」
わたくしは、わずかに笑った。
なるほど。
直球。
「証言操作ですか」
「ええ」
そして。
「“聖女を利用した”と」
その一言で。
意味が変わる。
単なる証言の問題ではない。
印象。
立場。
すべて。
「……上手いですわね」
わたくしは小さく息を吐いた。
感心する。
本当に。
「こちらがやったことを、そのまま返してきましたわ」
構造ごと。
反転させる。
「ええ」
アシュレイが頷く。
「だから厄介です」
同意。
完全に。
だが。
「問題ありません」
わたくしは歩みを止めない。
止める理由がない。
「……理由は?」
「単純ですわ」
一歩、前へ。
「それも、事実ですもの」
沈黙。
アシュレイの足が、わずかに止まる。
「……否定しないのですか」
「ええ」
当然。
「事実は、消せません」
なら。
「使うだけですわ」
それが、答え。
「……なるほど」
彼は小さく笑った。
納得した顔。
だが。
完全ではない。
「ですが」
彼が続ける。
「ミレイユが揺れます」
その言葉で。
ほんの一瞬だけ。
わたくしの思考が止まる。
そして。
すぐに動く。
「ええ」
理解している。
だからこそ。
「呼びましょう」
決断は早い。
遅れれば、負ける。
「今すぐ?」
「ええ」
迷いなく。
「“今”でなければ意味がありません」
そのまま方向を変える。
足が速くなる。
止まらない。
迷わない。
角を曲がる。
そして。
――いた。
ミレイユ。
一人で立っている。
誰かと話していたわけではない。
だが。
明らかに。
揺れている。
「……レティシア様」
こちらを見る。
その目が。
少しだけ。
怖い。
「聞きましたわね」
わたくしは言う。
前置きなし。
時間がない。
「……はい」
小さく。
でも。
逃げていない。
「どう思いますの」
問い。
短く。
だが。
重い。
ミレイユが、少しだけ目を伏せる。
考えている。
逃げていない。
それでいい。
「……わたしは」
言葉を選ぶ。
慎重に。
「間違っていないと思います」
その答え。
正直。
そして。
危うい。
「どちらが?」
「……両方」
沈黙。
わたくしは、ほんの少しだけ笑った。
いい。
とてもいい。
「では」
一歩、近づく。
「次の選択ですわ」
彼女の目が揺れる。
だが。
逃げない。
「あなたは」
わたくしは言う。
ゆっくりと。
「“利用された被害者”になるか」
間。
「“利用した側”になるか」
その二択。
逃げ場はない。
どちらも。
正しくない。
だが。
どちらかしかない。
「……そんな」
ミレイユの声が揺れる。
当然。
だが。
必要。
「選びなさい」
再び。
強く。
今度は。
逃がさない。
「ここで曖昧にすれば」
間。
「あなたは、両方から捨てられます」
事実。
だからこそ。
重い。
沈黙。
長い。
廊下の音が、遠くなる。
すべてが、止まったみたいに。
そして。
「……わたしは」
ミレイユが、顔を上げる。
目が。
少しだけ。
変わる。
「……利用します」
その一言。
空気が、変わる。
完全に。
戻れない。
その選択。
だが。
それでいい。
わたくしは、静かに頷いた。
「ええ」
短く。
「それでこそですわ」
その瞬間。
背後で。
誰かの気配。
振り向くまでもない。
遅い。
ほんの少しだけ。
だが。
遅い。
そして。
「――やはり、こちらでしたか」
声が落ちる。
低く。
静かに。
そして。
間違いなく。
敵。
リュシアン。
立っている。
そこに。
すべてを見ていたかのように。
わたくしは、ゆっくりと目を細めた。
いい。
本当に。
いいタイミングですわね。
ついに反撃が“形”になりました。
そして、ミレイユが完全に選びました。
ここからはもう後戻りできません。
さらに、敵が直接こちらに来ています。
次は正面衝突です。
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