第十八話 試される側から
――次は、お前が“試される側”だ。
その言葉は。
思ったよりも、静かに残っていた。
重くもなく。
軽くもなく。
ただ。
確実に。
「……随分と余裕ですわね」
廊下に出てすぐ、わたくしは呟いた。
歩みは止めない。
止める理由がないから。
「そう見えましたか」
隣でアシュレイが言う。
声はいつも通り。
変わらない。
だが。
ほんのわずかに。
注意が増している。
「ええ」
わたくしは頷いた。
「完全に“上から”でしたもの」
「実際、そうでしょう」
あっさりと。
肯定する。
その言い方が、少しだけ気に入らない。
「面白くありませんわね」
「勝ちたいのなら、気にする必要はありません」
正論。
だからこそ。
つまらない。
「……あなたは」
わたくしは歩きながら言った。
「どちら側ですの」
問い。
軽くない。
共犯に対する。
確認。
アシュレイは、少しだけ考える素振りを見せた。
ほんの一瞬。
「今は、こちら側です」
曖昧。
だが。
正直。
それでいい。
少なくとも。
嘘ではない。
「“今は”、ですか」
「ええ」
彼は笑う。
軽く。
だが。
意味は重い。
「あなたも同じでしょう?」
返される。
その問いに。
わたくしは少しだけ目を細めた。
「ええ」
否定しない。
「ですから」
一歩、前へ。
「先に動きますわ」
その言葉で。
彼の足が、わずかに止まる。
「……具体的には?」
「簡単です」
わたくしは言った。
「試される前に、壊す」
沈黙。
数秒。
それから。
彼が、笑う。
「危険ですね」
「ええ」
当然。
だが。
それでいい。
「ですが」
わたくしは続ける。
「“試される”ということは」
間。
「すでに何かが動いているということ」
つまり。
待っていれば。
こちらが遅れる。
「……なるほど」
彼は頷いた。
「では、何を壊します?」
問い。
いい。
ようやく。
共犯らしい会話になってきた。
「“流れ”ですわ」
わたくしは言った。
「流れ?」
「ええ」
今回の断罪。
そして。
その再調査。
すべて。
流れが作られている。
「証言、証拠、空気」
一つずつ。
指で数えるように。
「すべてが、同じ方向を向いている」
だから成立する。
「なら」
わたくしは言った。
「一つだけ、逆を向かせればいい」
沈黙。
アシュレイが、わずかに目を細める。
「具体的には?」
「証言ですわ」
即答。
「……誰の」
「ミレイユ」
その名前で。
空気が少しだけ変わる。
「危険ですよ」
「ええ」
当然。
「だから価値がある」
わたくしは止まらない。
歩き続ける。
「彼女は“正しさ”の象徴」
だからこそ。
「その証言が揺れれば」
すべてが揺れる。
構造ごと。
「……なるほど」
彼は小さく息を吐いた。
「確かに」
そして。
「彼女は、すでに揺れています」
その通り。
だから。
今しかない。
「どこにいると思います?」
「呼びましょう」
わたくしは言った。
迷わず。
「すでに?」
「ええ」
わたくしは、わずかに笑った。
「来るはずですわ」
その瞬間。
足音。
軽い。
だが。
急いでいる。
振り向くまでもない。
「……レティシア様!」
ミレイユ。
やはり。
来た。
「どうしましたの」
わたくしは振り向く。
彼女は息を切らしている。
顔が、少しだけ強張っている。
「今……呼ばれました」
声が揺れている。
だが。
逃げてはいない。
「誰に」
「……リュシアン様に」
来た。
想定通り。
「そう」
わたくしは頷いた。
そして。
「では、ちょうどいいですわね」
「……え?」
ミレイユが戸惑う。
当然。
まだ、理解していない。
「これから」
わたくしは言った。
ゆっくりと。
「あなたに、一つだけ嘘をついていただきます」
沈黙。
一瞬で。
空気が凍る。
「……え?」
彼女の目が、大きく揺れる。
「嘘……?」
「ええ」
わたくしは頷いた。
「“見たこと”だけを話すと、約束しましたわね」
「……はい」
「では」
一歩、近づく。
逃げられない距離。
「“見たこと”を、少しだけ変えましょう」
その瞬間。
ミレイユの顔が、はっきりと揺れた。
正しさと。
選択の。
衝突。
「それは……」
言葉が出ない。
当然。
ここが分岐。
重要な。
わたくしは、静かに微笑んだ。
「選びなさい」
再び。
「正しさか」
わずかな間。
「それとも、勝ちか」
沈黙。
長い。
だが。
必要な時間。
そして。
彼女は――
「……わたくしは」
口を開く。
震えている。
だが。
逃げていない。
「――」
その言葉が出る直前で。
廊下の奥から。
新たな足音が重なった。
重い。
複数。
そして。
止まる。
すぐ近くで。
わたくしは、ゆっくりと目を細めた。
いい。
来た。
予想より。
少しだけ早い。
――どうやら。
こちらだけではないようですわね。
ついに「試される側」から一歩踏み出しました。
ですが、すべてが思い通りには進きません。
ここから一気に状況が動きます。
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