第十五話 王宮の入口
――ようやく、本番ですわね。
そう思ったのは。
王宮の門を前にした瞬間だった。
高い。
ただ、それだけで圧がある。
石造りの門は、威圧するために作られている。
入る者を選び。
出る者を拒む。
そういう場所。
「緊張していますか」
隣から声が落ちる。
振り向かなくてもわかる。
「少しだけ」
わたくしは答えた。
嘘ではない。
けれど。
恐怖ではない。
これは――
高揚。
「いい傾向です」
アシュレイが言う。
「緊張しない者は、すぐに死ぬ」
「物騒ですわね」
「ここはそういう場所です」
彼は淡々と言う。
冗談ではない。
本気で。
だからこそ。
信用できる。
「レティシア・ヴァルモンド様」
門番が名を呼ぶ。
視線が集まる。
通行証の確認。
形式的な手続き。
けれど。
その裏で。
見られている。
値踏みされている。
誰が、どこに属する人間か。
それを。
わたくしは軽く顎を上げた。
視線を逸らさない。
逃げない。
ここで下を向く理由はない。
「……どうぞ」
門が開く。
重い音を立てて。
ゆっくりと。
まるで。
選ばれているかのように。
「歓迎されているようには見えませんわね」
「当然です」
アシュレイが歩き出す。
わたくしも続く。
「ここは、“利用する場所”です」
「される側ではなく?」
「ええ」
彼はわずかに笑う。
「あなたは、どちら側ですか」
問い。
軽くない。
けれど。
答えは決まっている。
「決まっていますわ」
わたくしは言った。
「利用する側です」
彼は何も言わない。
ただ。
わずかに口角が上がる。
それで十分。
王宮の中は、思ったよりも静かだった。
人は多い。
だが。
無駄な音がない。
全員が、何かを“意識している”。
立場。
役割。
関係。
そして。
見られていること。
「……息が詰まりそうですわね」
「慣れます」
彼は即答する。
「慣れたくはありませんが」
「必要です」
短い会話。
だが。
十分。
ここでは。
長い言葉は無駄になる。
「こちらです」
彼が方向を変える。
奥へ。
より深く。
人の流れが変わる。
視線が増える。
露骨に。
隠さず。
「……有名人ですわね、わたくし」
「ええ」
彼は答える。
「“断罪された令嬢”として」
皮肉。
だが。
事実。
「ですが」
彼は続ける。
「それも今日までです」
「そう願いたいですわね」
角を曲がる。
重厚な扉の前で止まる。
見覚えのない紋章。
だが。
雰囲気でわかる。
「ここが?」
「監査部です」
来た。
核心。
「失礼いたします」
彼がノックもせずに扉を開ける。
中へ。
空気が変わる。
一段。
重い。
部屋の中央に、一人の男。
机に向かっている。
顔は見えない。
だが。
視線だけが、こちらを向いた。
それだけで。
理解する。
この人間は。
“見る側”だ。
「……遅いな」
低い声。
感情がほとんどない。
「途中で少し、寄り道を」
「必要ない」
切り捨てる。
無駄を嫌うタイプ。
いい。
わかりやすい。
「レティシア・ヴァルモンド」
名前を呼ばれる。
呼び捨て。
敬称なし。
つまり。
対等ではない。
あるいは。
そう見ている。
「今回の件」
彼は言う。
「どこまで知っている」
挨拶もない。
確認もない。
いきなり核心。
いい。
無駄がない。
「どこまで、と言われますと」
わたくしは少しだけ考えるふりをした。
そして。
「少なくとも」
視線を合わせる。
「表に出ているものは、すべて疑っています」
沈黙。
男は、しばらく動かなかった。
そして。
わずかに。
笑った。
「……面白い」
低く。
静かに。
「では、確認する」
彼は言う。
「この断罪」
間。
「誰が仕掛けたと思う」
来た。
試し。
ここでの答えが。
今後を決める。
わたくしは迷わない。
「わかりません」
正直に。
そして。
「ですが」
一歩、前へ。
「少なくとも、母ではありません」
空気が止まる。
アシュレイの気配が、わずかに動く。
男は、わたくしを見ている。
評価する目。
測る目。
「理由は」
「簡単です」
わたくしは言った。
「やり方が、雑すぎる」
沈黙。
長い。
だが。
重くはない。
むしろ。
濃い。
やがて。
「……いい」
男は言った。
「合格だ」
その一言で。
理解する。
ここは。
試験の場だ。
そして。
わたくしは。
通った。
「では」
彼は椅子に背を預けた。
「本題に入ろう」
視線が鋭くなる。
今までとは違う。
本気の目。
「お前の敵は」
間。
「一人ではない」
わかっている。
だから来た。
「だが」
彼は続ける。
「一人、候補がいる」
その瞬間。
空気が変わる。
完全に。
「聞くか?」
問い。
軽くはない。
ここから先は。
戻れない。
わたくしは、わずかに笑った。
「もちろんですわ」
そう答えた瞬間。
物語が。
もう一段。
深く沈んだ。
ここから舞台が完全に王宮へ移りました。
そして、“見えない敵”が形を持ち始めます。
次はいよいよ核心に踏み込みます。
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