第十二話 選べない聖女
「その条件、受けます」
そう言った瞬間。
すべてが決まったように見えた。
――けれど。
決まったのは、“揺れ方”だけ。
「では、最初に確認ですわね」
わたくしはミレイユを見た。
近い。
逃げ場のない距離。
「あなたは、何を知りたいのかしら」
問いは単純。
けれど。
答えは単純ではない。
「……真実を」
彼女は言う。
少しだけ迷いながら。
「この断罪が、正しかったのかどうか」
正しい答え。
だからこそ。
「曖昧ですわね」
わたくしは即座に切り捨てた。
ミレイユの表情が揺れる。
「曖昧……?」
「ええ」
わたくしは一歩、距離を詰める。
「あなたは“真実”が知りたいのではない」
目を逸らさせない。
「自分が正しかったかどうかを知りたいだけ」
沈黙。
深く。
重い。
彼女の指が、わずかに震える。
「それは……」
「違うと、言い切れる?」
逃げ道を消す。
選ばせる。
ここで。
今。
ミレイユは、言葉を失った。
否定できない。
それが答え。
「……ひどい言い方です」
小さく、彼女は言った。
「事実ですもの」
わたくしは肩をすくめる。
優しさは必要ない。
ここでは。
「ですが、それで構いませんわ」
「……え?」
「自分の正しさを確認したい」
それは人間として、自然な欲求。
否定する理由はない。
「問題は、そのために何を選ぶかです」
間。
「そして、何を捨てるか」
ミレイユは黙る。
考えている。
初めて。
自分で。
いい。
その時間は必要。
「急がなくてもいいですわ」
わたくしは少しだけ距離を取った。
「どうせ、すぐに決めることになりますから」
「……どうして?」
彼女が問う。
不安が混じっている。
いい兆候。
「簡単ですわ」
わたくしは言った。
「選ばされる状況が、来るから」
その瞬間。
廊下の奥で、足音が重なる。
複数。
規則的。
止まらない。
――来た。
アシュレイの気配が、わずかに動く。
楽しんでいる。
相変わらず。
「予想より早いですね」
彼が言う。
「ええ」
わたくしは頷いた。
「焦っていますもの」
足音が止まる。
すぐ外。
扉の前。
ノックはない。
そのまま。
扉が開く。
「失礼いたします」
入ってきたのは、王宮の使者。
そして。
見慣れた制服の騎士。
空気が一気に変わる。
公的な場の空気。
「レティシア・ヴァルモンド嬢」
騎士が名を呼ぶ。
形式的に。
だが。
その背後にあるものは、重い。
「王宮より通達があります」
ミレイユが息を呑む。
母が、ゆっくりと視線を上げる。
間に合わなかった。
その顔。
ほんのわずかだが。
崩れている。
「内容は?」
わたくしは静かに問う。
声は揺れない。
ここが勝負どころ。
「断罪に関する再調査の実施」
空気が凍る。
完全に。
母の指先が、わずかに動く。
ミレイユが、息を止める。
そして。
わたくしは。
少しだけ、笑った。
「そう」
短く。
それだけ。
けれど。
意味は十分。
盤面は、完全に動いた。
もう止まらない。
「詳細は、明日以降――」
「結構です」
言葉を遮る。
必要ない。
ここから先は、わかっている。
母が何をするか。
ミレイユがどう動くか。
すべて。
“選ばされる”。
状況になる。
わたくしは、ゆっくりと視線を動かした。
母を見る。
次に、ミレイユ。
そして。
アシュレイ。
全員が、違う顔をしている。
いい。
とてもいい。
「では」
わたくしは言った。
「これで、条件は整いましたわね」
ミレイユの目が揺れる。
理解している。
これは。
逃げられない局面。
「……レティシア様」
彼女が呼ぶ。
不安と。
決意と。
その間。
「わたくしは――」
言葉が途切れる。
まだ選べない。
それでいい。
次で決まる。
必ず。
わたくしは静かに微笑んだ。
――さあ。
どちらを選ぶのかしら。
楽しみですわね。
ついに「選ばされる状況」が来ました。
ここから一気に関係が決まります。
次は、この章の山場です。
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