第九話 絶望の炎
土を踏む音が不気味に木霊し、森閑とした薄暗い森の中を進む一行。
先頭を歩くケヴィンはランタンを手にして周りを明るく照らして、しばらく奧へと進行する。
「どうして魔獣が現れたのだろうか」
「そんなもん、誰かの仕業しかねぇだろ。おそらくこの奥にいるんじゃぇーか?」
「そうね~。ここに来るときに現れたツァーカブ狂団も気になるし~、もしかすると……」
いつもの雰囲気はなりを潜め、エルヴィラは鋭い視線で暗闇が続く森の奥を凝視する。
その様子に気になったキョウヤはエルヴィラが知るツァーカブ狂団について訊いてみた。
すると、少し思案した後、真剣な口調で話し始めた。
「ツァーカブ狂団……正確にはその教祖と呼ばれるツァーカブだけど、私とそいつは少し因縁
があるのよ。私はそのツァーカブを探しているの。私の手で――」
一瞬だけ見せる冷酷な顔を見たキョウヤは少しだけ恐怖した。しかし、エルヴィラはいつもの調子に戻って、誤魔化すようにニコリと微笑んだ。
「それって……エルヴィラさん――」
何か口を開きかけると、口元にエルヴィラの人差し指が添えられる。
「キョウヤくんって結構察しがいいよね~? ふふ、今は忘れて目の前の事に集中しないとダメよ~?」
これ以上詮索してはいけないと、キョウヤは口を閉ざす。
エルヴィラが因縁の相手と言うツァーカブの正体。
もしそれが本当なら……一体悪魔とは何者なのだろうか?
「…………」
頭を振ってキョウヤは今はエルヴィラの言うとおり、目の前の事に集中しようと一体思考を中断する。
キョウヤは森の中へ進むにつれて、段々と不安が押し寄せて来ると、妙な胸騒ぎが襲ってくる。
暗闇、静けさ、嫌な予感、それはどこかで覚える既視感。不安な気持ちに付随して思い出すのはラプラスの悪魔で起こった最悪な悲劇。
あのリリとの一件以来、ラプラスの悪魔は全く発動せず、時間だけが経っている。
これがラプラスの悪魔なのか、現実なのか、キョウヤ自身知る由もない。。
「……夢なら自分の頬を引っ張れば……――痛い」
夢なら痛みを感じないが、現実なら痛みを感じる。しかし、ラプラスの悪魔は夢だろうが現実だろうが全く関係ない。だから判断のしようがないのだ。
「しっかし不気味だな……。謎の行方不明、ツァーカブ狂団、そしてさっきの魔獣騒動、こりゃーきな臭くって参っちゃうぜ。てかルサント王国でも変な奴とルードルフが戦ってたんだろ?」
「そんなこと言ってたわね~。まあここに当事者がいるけどね~」
「当事者? って本当かそれ?」
「ま、まあ……」
「変なことに巻き込まれてるようだなキョウヤ」
「確かにね~。もしかしたら不幸体質なのかしらね~?」
「……勘弁してほしいですよ」
とはいえ今回もこうして、何かに巻き込まれているということは、明らかに不幸だといえる。
まあ、このまま無事に終わってくれれば問題はないのだが……。
しばらく森の奥へ進むが特に異常は見当たらなかった。少しだけ張り詰めていた緊張感が弛緩して、このまま引き返そうとした所で――突如人影がぬっと現れた。油断した瞬間の謎の人影にキョウヤは声を上げそうになるのを堪える。
そして瞬時に身構えるケヴィンとエルヴィラ。
「ちょっと待ってくれよ!? 突然、武器を向けるなんて物騒な人たちだよね……。僕はただ迷子になっていただけなんだ。暗くってずっと歩いてたんだが、全然森から出れなくって困っていた所なんだ。そこでランタンの明かりを発見し、あんた達に出会った。いやー助かったよ。ところであんた達は一体何者なんだ?」
みすぼらしい格好の浮浪者が両手を挙げて無害アピールをする。いかにも怪しい見た目をしているが、それ以外に特に気にする点は見当たらない。
「あ、あの俺たちはちょっと森の中で調査してて」
エルヴィラとケヴィンは鋭い視線で浮浪者を不躾に全身を観察する。その間にキョウヤが質問に答える。
「調査? 一体この森の中でなぜ調査する必要が? う~んよく分からないけど、でも僕はこれでようやく森を抜けられるんだね。よかったよ」
安堵で緊張感を説いた浮浪者は息を吐く。
しかし、ケヴィンとエルヴィラは未だに武器を構えたまま、警戒心を解かず浮浪者を見据えていた。その様子にキョウヤは不思議に思い、何か見落としがあるのか、浮浪者に再び視線を向ける。武器は持ってなさそうだし、危害を加える気配もない。
一つ不可解な点があるとすれば――。
「なぁ? なぜおめぇはこんな暗い森の中を歩いていた? ランタンも持ち歩かねぇ―でよ?」
ドスの利いた声音でケヴィンは睨みを利かせると、浮浪者は戯けたように苦笑する。
「なんだよ怖いなー。確かに僕はこの見た目で怪しまれてもおかしくないけど、酷くないか? 人を見た目で判断したらダメだって両親に言われただろ? ああー貴族はそんなこと教わらないか……。いやでもあんたは貴族じゃなさそうだし……おっと、僕も見た目で判断してしまった悪いね」
二人からの敵意を気にした風もなく饒舌に言葉を続ける。キョウヤはその様子に、異様な雰囲気を感じ取る。妙な……どこかで一度覚えたことがある違和感。
「よく口が回るわね~。確かに人を見た目で判断したら痛い目に遭うから気をつけた方がいいって教わったわ~」
「おお! あんた良い体してるねー。美女ってのは話がわかるようだ。そうそう、人は見た目で判断するものじゃないんだよ。って痛い目に遭う? いやいや、あんたなぜ僕のことを敵視してるの? 武器なんか一つも持ってないただの平民だよ? 美女だからって話が分かると思ったけど……僕は悲しいよ。ああーそうだちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
頭を掻いて浮浪者の視線がキョウヤたちの後方へ注ぐと、悪意に満ちた声音で言葉を続けた。
「村に向かった魔獣はどうなった?」
その一言で、巨漢とは思えない俊敏な動きを見せたケヴィンは、ランタンを投げ捨てた、一瞬にして間合いを詰めた。
ケヴィンの意外な素早さに浮浪者が目が見開かれ、口笛を吹く。
「うぉおおおらぁあああ!」
雄叫びと共に斧が浮浪者の脳天めがけて振り下ろす……が――地面を掘削する衝撃音が響くだけで、浮浪者はその場から一歩下がっただけで「けけけ」と気味悪い笑い声を上げただけだった。
ケヴィンが投げ捨てたランタンはエルヴィラがキャッチし、それをキョウヤへ渡す。
「質問には答えてくれないと困るよ? あれか? 質問者には斧で答えるってのが定石なのか? 僕の常識がおかしいのか? 世の中物騒になったものだな。ああーそれとあんた……もう終わりね?」
浮浪者がバチンとケヴィンに向けて指をはじいた。しかし、数秒経っても異変は起こらず眉を潜めたケヴィンは念のため、その場から後退する。だけど、浮浪者はニタニタと不気味に笑みを深めるのみで気味が悪い。
「……? なんだぁ? 失敗かぁ?」
ケヴィンは何も起こらなかったことに疑問符を浮かべる。
しかし――突如異変は起こった。
チリっと何かが焦げる臭いが漂うのと同時に、どこからともかく炎が現れ――
「なっ――――――!?」
次の瞬間、炎がケヴィンの体を呑み込んだ。
「ぐああああああああああああああああああああああ!?!?」
炎の勢いは凄まじく、ケヴィンは熱さと苦痛でその場を暴れまくり、木に自ら体当たりして炎を消そうと七転八倒する。
「ケ、ケヴィン!?」
「ぐあああああ!? あああああああああ!!」
ケヴィンの絶叫が夜の森全体に響かせ、手当たり次第に斧を振り回して木を薙ぎ倒していく。しかし、火の勢いはどんどん増していき、ケヴィンの肌をドロドロに溶かし、ジリジリと焦がし、徐々に蝕んでいく。
「【数多の水よ、我に集結し、放出せよ!】」
エルヴィラがマナをいつもより消費し、水の魔法をケヴィンに向けて放ち、大量の水が炎に包まれたケヴィンに降りかかる。
しかし――ケヴィンに襲う炎は水を浴びても消えず、驚愕するエルヴィラは何度も水の魔法を発動させるが、全て無駄に終わる。それに炎の勢いが段々と増していく最悪な炎。
苦しげな表情を浮かべるエルヴィラは、冷酷な顔で浮浪者を睨み付ける。
「無駄無駄! けけけけけけけけけっ!! しっかし、人が燃える様はさいっこうだぜ!!」
悪魔じみた哄笑をする浮浪者は、狂った目で炎に包むケヴィンを見下していた。
そんな悪意の視線に反応したケヴィンは、全身を見るも無惨な酷い火傷姿を晒しながら、強い意志と根性で命を繋いで咆哮を上げる。
「あああああああああああああ!? てぇええええええええええめえええええええええええええええええ!!!」
既に限界に近いであろうケヴィンは、皮膚が溶け、火傷を負っても自身の体を酷使しながら浮浪者へ駆け出す。
憎悪の籠もった悪鬼の如くケヴィンの瞳が、浮浪者を見下ろして斧を振り下ろす。
しかし、覇気だけは十分だが、動きが鈍く、ケヴィンの攻撃から逃れた浮浪者の横で斧が通過し、地面を叩き、そして――事切れた人形のようにケヴィンはその場から崩れ落ちた。後に残ったのは燃える炎のみ。
浮浪者は「けけ」と笑い、揺らめく炎を瞳に映してニタアと口角を上げた。
「まさか炎に包まれても動けるなんて油断したよ。でも動き鈍いよ? 限界が近いんじゃないか? ほら肉が焼ける臭いが充満してきたよ? 徐々に醜悪な姿が露出するぜ? なー? 炎に包まれて肉が焼けるってどんな気分だ? けけけ! いいよいいよ! さいっこうだぜ! けけけけけ! あーでも僕って男の焼ける姿とか興味ねーんだよな。お! 運がいいところに美女がいるじゃねーか! なぜ燃えてないんだ? 今すぐ燃えて肉焼ける臭いを嗅がせろや!?」
饒舌に回る言葉、狂気を含んだ瞳、気味の悪い嗤い声を上げ、浮浪者の焦点がエルヴィラを捕らえて垂涎する。
そして浮浪者が指を鳴らす動作に移行する――その前にエルヴィラが肉薄し、冷たい瞳で浮浪者を射貫き、流麗な動きで切っ先を躊躇無く心臓へ狙いを定めた。
情け容赦ない突きに浮浪者は身をひねってエルヴィラの突きを逃れ、ギラリと光る瞳がエルヴィラへ向ける。そして次の瞬間、指を鳴らした。
「【守護する強固な氷壁】」
同時に呪文を詠唱を終えたエルヴィラの前に、氷の壁が現れる。
刹那、氷の壁が一瞬にして炎に包まれて消滅した。
「あーそれ邪魔だよ」
忌々しげに舌打ちして、浮浪者は何度も指を鳴らしてエルヴィラへ謎の攻撃を繰り返す。
エルヴィラも呪文詠唱で、先程の氷の壁を出現させて、悉く浮浪者の謎の攻撃を防いでみせる。下手に近づくこともできず、防戦一方のエルヴィラはこの状況を脱する秘策を模索する。
そんな二人の攻防をキョウヤはただ見ているだけしかできなかった。それに炎に包まれるケヴィンをチラリと一瞥する。既に肉の塊と化した死体が未だに燃えて、人が焼ける嫌な臭気が辺りを充満していた。鼻孔に突き刺す臭いにキョウヤは耐えられず、口元を押さえて吐き気が込み上げてきた。
「――っ」
キョウヤの中で嫌な予感がふつふつと沸き起こり、体が恐怖で震え始める。
ケヴィンは死に、そして今度は……エルヴィラが――死ぬ?
そんなキョウヤの中で最悪な悲劇を想像して、最悪な予感をキョウヤの脳裏に過ぎってしまう。そうなると最終的にシャルリーヌや村の人達へ狂気が向けられる。
「お、俺はどうすれば……、た、助け……? 誰に? 分からない。……このままだと」
再びケヴィンへ助け欲しいと視線を向けるが、見るも無惨な姿となったケヴィンの死体にキョウヤは目を背けて絶望する。
ケヴィンに対して申し訳ないと思いながら、気分は悪く、吐き気が納まらず、ケヴィンの死を悼む余裕がなかった。
歯がガチガチと震えと共に鳴らして、無力なキョウヤはどうすることもできずエルヴィラと浮浪者へ視線を向ける。
エルヴィアは少し押され気味で、余力を残している浮浪者が優位に立っている光景が目に映す。このままではエルヴィラもケヴィンのように炎に包まれ死ぬ。
「ど、どうすれば……、どうすればいい……?」
キョウヤの剣を持つ手は恐怖で揺れ、足は一歩も踏み出せず、ただ見ているだけしかできなかった。ケヴィンが死に、今度はエルヴィラに死の危険が迫っている。
また……またキョウヤは何もせず、見ているだけなのか?
「…………お、俺は何のために剣や魔法を覚えた……?」
それはシャルリーヌを守るため身に着けた力。
その力を使うのは一体いつ?
このままではエルヴィラも異常な浮浪者に殺される。
「……っ、ケヴィン……」
キョウヤにとってはいい兄貴分だった。今更ながらケヴィンの死に実感が伴い、涙がこぼれ落ちる。胸中でケヴィンの死を悼むと、前を向いたキョウヤは、少しだけ恐怖心はあるが、震えは残っているが、決意を新たにエルヴィラと浮浪者の方へ顔を向ける。
浮浪者が何度も指を鳴らしている謎の攻撃――恐らく近代魔法を、エルヴィラは氷の壁を何度も発動させて防いでいる。しかし、無尽蔵な魔力を有する近代魔法で、有限な古代魔法に勝てない。いずれ魔力が尽きて防ぐ手当ても無く、エルヴィラまで浮浪者に殺される。
「それだけは、させるかよ。【我に集いし風よ、駆け、飛弾せよ】――ウェントュス!」
左の掌から緑色の幾何学模様が出現すると、風の弾が勢いを増して浮浪者へ放たれる。
エルヴィラに嗜虐の笑みを浮かべていた浮浪者が、キョウヤが放った風の魔法に眉を潜めると、その場から後退して避けられる。
すると浮浪者のテンションは下がり、キョウヤへ憤怒の形相で睨み付ける。
「おいおいおいおいおい!! 人がせっかくいい気分で、あと少しであの美女の肉が焼ける姿を、拝めるってのに……。あんたさぁ? 卑怯だと思わない? 横から魔法ぶっばなすとか卑怯だろ? 幸い大した威力のねぇー弱っちい魔法だが、だけど僕はそれがムカつくんだよ。弱いのに立ち向かう無謀な雑魚。マジであれ何なの? 雑魚は雑魚らしく、強者に淘汰され、黙って死んで欲しいんだよ。あ~あんたのせいでいらつき始めた。お前・・・…燃え苦しみ死ねよ?」
「う、うるせぇ! 確かに俺は弱いが、何もしないよりかはマシだ! 行動を移しててめぇを必ず倒してやる!」
「弱いほどよく吠えるとはこのことだな」
浮浪者はキョウヤに向けて指を鳴らした。その謎の攻撃にキョウヤは咄嗟にその場から離れる。
数秒、何も起こらず疑問符を浮かべるキョウヤ。
一体この攻撃はいつ襲ってくるのだろうか?
浮浪者が放つ攻撃を何度も目にしたけど、未だに原理不明の謎の攻撃。
そんなキョウヤの怪訝な顔に、浮浪者は嘲笑い、言葉にする。
「あんたさぁ? それで避けたつもりなのか? その場に立っていいのか? けけけ、何も分かってねぇな。まあこれから死ぬ奴に何を言っても仕方ねぇーしな。ほら……当たるぞ?」
浮浪者の言葉に顔を強ばらせたキョウヤは横を向いた。
目には見えないが直感する。何かが迫ってきていると。
「――っ」
余計な事をして、狙われてしまえばどうなるか分かっていたはずだ。だけどエルヴィラを助けるためにはキョウヤ自身も戦うしか選択肢は無かった。
キョウヤは死を覚悟した。すると走馬燈のようにシャルリーヌとの過ごした日々が脳内で流れる。シャルリーヌに一目惚れし、会話し、勘違いから想いを告げて、過ごした日々は楽しく悪くなかった。
そして……徐々に近づいてくる死の香り。
するとエルヴィラが目の前に、キョウヤを庇うように、長髪がふわりと舞ってキョウヤの鼻孔に優しい香りを嗅いだ。
「エ、エル、ヴィラ……さん――?」
ダメだ。このままではエルヴィラが――。
「キョウヤくん! この場から離れて逃げなさい!?」
咄嗟に呪文詠唱するが、それは既に手遅れだということをキョウヤは直感で察し、エルヴィラに逃げるよう言葉を掛けようとした。
「けけけ」
悪魔の嗤いがキョウヤの耳に届くと、顔を蒼白に焦り始め、手を伸ばそうとする。
しかしそれは――何もかも手遅れであった。
ジリッという音が聞こえた瞬間――キョウヤの目の前で、エルヴィラを呑み込む最悪の炎がキョウヤの瞳に映した。
「――――――――ッッッッッッッッッ!?!?!?!?!?」
「え、……エ、エ、エルヴィラさんっっ!?」
暗闇の森の中で轟々と赤く燃え上がる炎が、天高く勢いを増してエルヴィラの命を徐々に削り取っていく。
膝を着いて決して絶叫を上げずに苦しむエルヴィラ。呪文を唱えることもできず、炎を消す手段が見つからず、徐々に自身の肉が焼けるのを待つのみの最悪の状況。
キョウヤの目の前で。今度は二度。無力で何もできないキョウヤを嘲笑うかのように。スルリと手から簡単にこぼれ落ちる。
「エルヴィラさん!? エルヴィラさん!? どうして!? どうして……俺なんか……どうしてエルヴィラさんが!?」
無力なキョウヤはただただエルヴィラが燃える様を見ているだけしかできず、助けることができない。そんな自分が情けなく、涙が溢れてくる。
「けけけけけけけけ!!! 予定外だがいいねーいいねー! 美女が燃える姿は綺麗で、儚く、無様で、美しい! 欲を言えばもっと泣き叫ぶ声が聞きたかったが、それは贅沢ってものだろう。すんすん。おーひひひひ! この美女が燃える香しい臭いはさいっこうっだぜ! あんたもそう思わないか? なんせ特等席付きで美女が燃える瞬間に立ち会えるんだ。僕も是非とも、その瞬間をお目に掛かりたいが如何せん、僕にはそれが無理なんだ。感想でいいからあんたの口から聞かせてくれないか?」
浮浪者の哄笑が暗闇の森を響かせて、エルヴィラの燃える様を恍惚とした異常な目で身悶えていた。
「あ……あ……どうして……どうしてだよ……」
「……――」
エルヴィラは地面に倒れ、キョウヤへ視線を向けると、何やら言葉を発していた。しかし、今の絶望したキョウヤにはその言葉が届かなかった。ただエルヴィラに「どうして」と何度もキョウヤを助けた事を問いかけて放心状態となっていた。
「ぁ……な、んで……ど、うして…………おれは……何も――え、エル――ひっ!?!?」
キョウヤはどうしていいのか分からず、答えを求めようとエルヴィラに目を向けた瞬間、顔を強ばらせた。
燃え続けるエルヴィラの皮膚は醜いほど溶けて、端正な顔立ちが今やゾンビのような醜い姿へと変貌し、既に息絶えたエルヴィラだったその肉の塊と化した瞳が、キョウヤをジッと見つめていた。
それを目にしたキョウヤはそれを”恐怖”と認識し、エルヴィラに責められ、恨まれていると考えてしまった。
『あなたのせいで死んだ』『あなたが余計な事をしたお陰で苦しんで死んだ』『あなたと関わったのは不幸だ』『みんなあなたのせい』
そんなエルヴィラの怨嗟の声が幾つもキョウヤの脳内で響く。
――違う!? エルヴィラさんはこんなこと言わない!?
本当にそうだろうか? 実際にエルヴィラから言葉を聞いたわけじゃ無い。それにキョウヤの余計な魔法でエルヴィラが死んだのだ。
当然、恨まれてもおかしくない状況だ。
――俺じゃない!? 違う!? 俺はただ助けようと………………助けようと……? …………おれの……おれの……せい?
エルヴィラから責められ、ケヴィンから責められ、自分自身を責め、キョウヤは悪循環に嵌まる。
「ほら? 肉の焼ける臭いは癖になるぜー? あんたもきっとそう思うさ。間近で、直に嗅いでんだろ? 美女の焼ける臭いがよ? けけけ!」
「おれじゃ……ない……。俺は……俺は……ただ助けようと……」
「あ? 全部お前が招いた事だろ?」
浮浪者が近づいて来て、キョウヤはビクッと肩を揺らし、後退するが思うように足が言うことが利かない。
もたもたしているうちに、浮浪者が目の前まで来ると、キョウヤを虫けらのように見下し、髪の毛を掴まれる。そして、強引にエルヴィラが燃える死体へ近付かせられる。
「ぁ……や、やめ……」
「けけけ、これはお前の余計な事で死体となった。ほら? 人が燃える様はどうだ? 焦げた臭いはどうだ? 最高だろ? 皮膚はドロドロに、醜い姿を晒した無惨な姿」
燃え続けるエルヴィラの死体を無理矢理見せられ、顔を背けようと目を閉じても、浮浪者はそれを許さなかった。
目に焼き付けた醜い姿と化したエルヴィラの死体。キョウヤの脳裏にこびり付いて離れず、呼吸する度に鼻孔に刺激する肉の焼ける嫌な臭いを嗅がされ、顔を歪ませて気分を悪くする。
それをずっと見せられたキョウヤは我慢できず、その場に何度も吐き出した。
次第に瞳は虚ろになって、自分でも気付かないうちに乾いた笑いを上げていた。
「はは、ははは、これは夢……そうだよ……夢だよな? なら早く醒めてくれよ……。これが未来を見せるラプラスの悪魔だって…………」
狂ったように嗤うキョウヤに、浮浪者は怪訝な顔をする。
「おいおい、現実逃避か? この美女が死んだのはあんたを庇ったからだろ? あの男が死んだのはあんたが無力だからだろ? 何を否定してんだ。自分の弱さを棚上げして、自分は悪くない、悪いのは周りだと責任転嫁するのか? そりゃー酷い奴だなあんた。まああんたのこと何かどうでも良いけどね。ただ十分焼ける姿と臭いが堪能できたから僕はあんたに感謝するよ。殺すけどね?」
浮浪者とキョウヤの嗤い声が重なり、森の中全体を響かせて、地面を踏みしめて命を刈る死神が近づいてくる。
「はは、ははは、ははははは」
「こりゃーダメだな。せいぜい僕を楽しませるよう苦しんで泣いて燃えて死ね」
浮浪者のバチンと指を鳴らす音と共に、キョウヤの視界が暗転した。




