第三話 息を吸って吐く。生きる。
どれだけの時間が過ぎた?
ぼんやりとこうしている内に。一体、どれだけの。
私がこうしている内にもこの世界には何かが起きているのかな。
誰かの幸せや悲しみが満たされているのかな。
そう思う自分もまた不思議で。
机に置いた手から雫を伝って、何かが落ちた。ポタリと何かが。
落ちるようなもの、何もないのに。
目を移せば、赤かった。それは血だった。私の手首から垂れた一筋の。
いつの間にか、切れていた。パックリと。鋭利な刃物で横一筋に切られたように。
(一体、どうして、)
そう思うのも無理はなかった。まるで、意味が分からなかった。
風で切れた?
けれど、窓は閉めた。
痛くはない。苦しくはない。
けれど、何か巻くものが欲しかった。
それは包帯のような。ふと、目に映る。窓にかかるカーテンを、ビリビリと破り、手首に巻いた。そこで気づく。私の手は長かった。いや、正確にはその手の爪が。
長く、先が尖る。触れるもの全てを傷つけそう。まるでカッターの刃のようで。
とても馴染み深かった。それどころか懐かしくすら感じた。
それに、なぜだか処置をする手捌きが手馴れていた。
まるで、前もこうして生きていたかのように。
窓の向こうに私が映る。その目は赤く燃えていた。流れる血のように。
ゆらゆらと揺れるルビーの瞳。手をついて、瞼を手で広げて、深く覗き込む。まだ自分の手というか爪の様子に慣れていないからおっかなびっくりだけれど。下手をしたらこんな柔肌など切り裂いてしまう。だから、最低限、慎重に。
右目は遠くから見たように赤々と煌めき、左目には深淵が広がっていた。
それも不思議な事に左目だけなのだ。そこにはドロドロとどす黒い何かが渦巻いていた。自分でも見通すことのできない闇だけがただ。
不気味に思った。しかし、どうしようもなかった。
こうした身を与えられるのは意味があるのか。それとも、ただの神様の悪戯なのか。
窓辺で空を見て、夜に思う。
ここから分かる事。私は人間ではない事。
この左目には、憎しみが。そして、この手は誰をも拒絶する。
繋ぐことすらままならない。少なくとも、私にはそう思えた。
ただ、ため息を一つ。
シーツが僅か、汚れてしまった。
今の問題。それを見て、憂鬱そうに瞳を伏せる。
ふと、視線を上部へ。
月が奇麗だった。丸くて大きい。欠ける事ない月が。
そして、一言。
「お姉ちゃん。会いたいな・・・。」
ふとした呟き。何処とも知らない場所で。私が何かも分からない存在で。また、記憶だって朧気だ。自分がなぜそんな事を呟いたのかすら、曖昧。
そして、そのまま眠ってしまった。まるで体から糸が切れたかのように。




