↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

第四話 夢とともに。

現実世界のどこか。ある病院。冷たい夜。そして、ある部屋の一室。

無機質な部屋。味気ない部屋。つまらない部屋。言い出したら、キリがない。テレビとベッド、個別トイレはあるけれど。でも、それだけ。まるで病院食のように薄い部屋。灰色の世界。


それが今の私の全て。気づいた時から私に与えられた環境。

私は今日も、ここで生きる。この狭い世界で一人。俯いて、膝を抱えて。


病院から与えられる無地の服。着やすいけれど、薄手で少し肌寒い。

無音。


ふと、顔を上げる。外では雪が降っている。冬の夜空に、白く、ポツポツと降り注いでいく。

(ああ、通りで)

「肌寒い訳だ」と。

渇いた唇を動かす。


辺りはもう夜で、暗闇に包まれていて。外から見ればこの部屋だけはどこか浮いていて。真っ白な照明に私は照らされて。その明かりをぼんやりと見て、今日ももう終わりだと実感する。何も変わらない。


今日が何曜日だとか、明日は何時に起きようだとか私には関係ない。だって私に許されるのは今日も明日もここで過ごす事だから。おおよそ、社会とは断絶されたこの場所で。


体が弱いばかりに私はここにいる。一人では生きる事が出来ないから。少なくとも今はそうなっている。

病的なまでに真っ白な肌。その手首には、今はもう辞めたけれど、傷跡が幾重にも刻み込まれている。私はもう、体と共に精神もおかしいみたいだ。


医療という名の科学。その力を借りないと私は生きる事すら出来ない。そんな私は笑ってしまう程に情けない。


私はいつまでこの生活を続ければ良いのだろう。

ふと思って。ため息をついて。窓に雪の結晶が張り付いて。駆け寄って。垂れる雫に手を這わせて。

その結晶はやがて私の手に触れる事無く、儚く消えていく。

私の命もいつか儚く切なく消えていく。

「そうだよね」

一人、呟く。消え入りそうな声だった。窓にかかった吐息が白く曇る。


私はもう限界だった。この世界にもう未練はなかった。

 ここではない何処かを願った。

私ではない何かを願った。


声にならなくとも、この体を捨てて走り去りたくなった。そんな事出来ないけれど。

窓ガラスに私が映る。部屋の明かりに反射して。

しばらくの間、自分を見つめる。やがて、瞳からは雫が一筋。頬を伝い、床に落ちる。

驚いた。

この曇りガラスのような眼からも流れる涙があることに。私がまだ生きている事に。

痛い。冷たい。苦しい。ここは何処?

 自分が分からなくなった。

ただ、腹立たしくて。


窓を叩いた。バシンとうるさい音が響いた。暴れた勢いで点滴の注射針が抜けた。血が流れた。窓ガラスが割れた。破片が飛び散る。気持ち悪い。床に吐瀉物を吐いた。胃の内容物を吐いた。赤かった。それを見てハッとした。

今度は怖くなった。そのまま立てずに耳を塞いでいた。


部屋にナースコールが響き渡る。この音は嫌い。うるさくて、耳に響いて。

私はそのままでいた。

すぐに看護師がやってきた。私は寝かされた。運ばれた。呼吸器を付けられた私は何処へ行くのだろう。


ああ、きっといつもの部屋だろう。

どこか他人事のようにそう思いながら。諦めて身を委ねて。


「もうダメだ」と肩をすくめて。


辺りの雰囲気は重苦しい。多くの人に囲まれている。「どうしたの!?」、「落ち着いて」と騒ぎ立てられている。後ろには電話で誰かを呼んでいる者もいる。こんな事初めてだ。

けれど、私はその中で一人。

ああ、もうすぐ私は、なんてそう思って。そうして目を閉じて受け入れようとしたけれど。

「ハユ、ハユ!」

私を呼ぶ声がする。この世界に繋ぎ止める誰かがいる。

「しっかりして!」

なんて涙に濡れながら。学校を慌てて抜け出してきたのか、制服のままで。息を上げ、髪も乱れて。色素が抜けたかのように真っ白な、私とは対称的な黒い髪。

「おねぇ、ちゃん」

ゆっくりと呟いた。手を伸ばした。その綺麗な顔に。

お姉ちゃんの瞳からは涙が絶えず零れている。


その目で私は見つめられている。その瞳が揺れている。

「ハユが死んだら、私、私・・・どうすればいいの」

なんて震えたように。

嬉しいなぁ。そんな風に思ってくれるなんて。そうまでして私を好いてくれるなんて。好かれるような事、一欠けらも私にはないのに。でも、私の事をこの世界でただ一人、愛してくれた人。

でも、ごめんね。

そして、

「ありがとう。お姉ちゃん」

私の大切な人。呼吸器の中。苦しいけれど。これだけは伝えたくて。

じゃあね。そう、別れを伝えたくて。


私はそっと目を閉じた。佐藤(さとう)ハユの人生が幕を閉じた。お姉ちゃんのぬくもりが、声がいつまでも部屋に響いていた。


最後に私は幸せだった。心からそう思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。