第8話 大切に思われる婚約者
声をかけてくれた彼を知らない私にアーサーさんが誰かを教えてくれる。ジェネシスはそばにいるかれがほっと息を吐くのを見て、知っている人なのだろう。
「プレストン・カリタスさん、魔法省所属の魔法警察隊の魔法医だ。治療と結界術が得意って聞くよ」
「どうも、君がルカの婚約者のジェネシスかな?」
「はい、ジェネシス・ブレアチェスターです」
彼は「触れていいか?」と、尋ねて彼の腕を取る。そして、様子を見てポケットの中から魔法薬を取り出し、ラベルを見て、ノクティルカに見せてからその薬を飲ませる。
「ありがとう、助かった」
「いやぁ、来てよかったよ。まさかね……」
プレストンさんは呑気に笑っている。しかし、その笑みを消すのはこちらに来ようとする王妃と王子を見ていた。
「先生、ボク……いやだ」
「うん、そうだけどねぇ。こっち、完全に見てるんだよねぇ」
帰りたいと言うかのように彼の服を引っ張るノクティルカの背をゆったりと撫でる。落ち着いた声で、彼に話しかけていた。普段通りなのだろう、間延びしたようなお気楽な人のように感じる。
「怖いねぇ、でも。私がそばにいるよ?」
「うん……」
「私もそばにいるわよ?」
「本当?」
「もちろん。だって、ほら……」
疑うような信じたいような、そんな声にジェネシスはすぐに頷いた。そして、それを追いかけるテオドールさん達を示す。
「貴方のお父様たちも、貴方のことが好きなのよ」
「……そうかな」
照れたように、下を向いて彼のローブにくっついてしまった。
「あらあら……かわいいなぁ。でも、どうして来るんだろうね?」
彼はそう、言って。彼を背に立った。さっきと変わらぬ穏やかでわんぱくそうな笑みは王妃へと向けられた。
気の強そうなつり目気味の
「王妃様、ご機嫌麗しゅう」
「あら、カリタス家のお気楽息子じゃない。その後ろの馬鹿な子どもを出してちょうだい」
「僕、この子の主治医なのでその指示には従いませんよ。全ては、この子が決めることです」
彼は突き放すそうな言い方だが、彼が断れば。
「あっ、やっ」
「キュイぃ」
いつの間にか出てきていたエラが何かに威嚇した。いつもより大きい、彼の肩に乗る程度の大きさから彼の身長ぐらいには大きくなっていた。
「エラ、おいで。威嚇はダメ」
彼がエラを呼ぶ。呼ばれたエラはほんの少し小さくなり、彼の腕に収まる。が、でかい。
「何か、御用ですか?」
のんびりとノクティルカは彼の横に立つ。彼は素直に「いい子だ」と、褒められていた。
「貴方のせいで、アルフレッドが精霊を変えることになったのよ!!」
「契約は互いに理解し合えて続くものです……」
彼は震えながらも答える。ノクティルカが私を引く腕はじっとりと汗をかいていた。
「ボクは、精霊王が自分とはまだ結べないからと、この子を預けてくださいました……。それを、この子も許してくれている」
「そうね、最初はお願いされただけだけど。貴方、放っておいたら、勉強部屋にこもるものね」
「うっ……」
エラに叱られて、ノクティルカはまた喉に言葉を詰まらせていた。これからはちゃんと勉強部屋から引っ張り出してあげないといけないと考え込む。
しかし。今はそれどころじゃない。
「お前のせいだろ!? 契約を切ったのは、お前だ」
「望んだのは精霊です。精霊が望まないとボクは、切れない。それが、精霊の愛し子ですから」
今度は王子までが言ってきた。彼は、目を釣り上げて自身の精霊の首をつかんでいる。キツネの精霊は、何処か諦めているように見える。
痛々しい、そんな感想が心に残った。
「そうなの? そりゃそうよね」
「まぁ、うん……お父様のときは精霊がふざけて、切りたいのかとボクが勘違いして……」
テオドールさんも「あのときはヒヤッとしたな」とため息をついている。
「今はエラにどう精霊と話すべきか関わるべきかを教えられて、どうにかなっているんですよ。貴方もちゃんと、精霊と話すべきではないですか」
「ふん、お前の話なんか聞いてやるものか!!」
エラは「精霊が望まれなければ、この子も切れないわ。望めば、この子がそれを受け入れれば、簡単に切れてしまうけれどね。その子、どう思ってるのかしらね」と、腕のなかで言った。
「この僕に何を言うんだ!! 黙れ」
彼は、精霊とノクティルカを指を指した。
「あら、私が従うべきはご主人様だもの。あと、精霊王かしらね。私はこの子が大切だもの」
「ありがとう、エラ。ボクの大切な精霊」
優しく言葉を紡ぐ彼は、エラのことを信頼しているのだろう。だからこそ、彼はいつもこの精霊を抱きしめている。負けている自信があるからこそ、信頼されたいという気持ちがわいてくる。
「ふん、お前は学校になんか来れないもんな」
ノクティルカは私の手を握り、「貴方が来るなと言ってるだけでしょう」と、声を絞り出すように言う。
ジェネシスは「貴方が行きたいと思うなら、行けばいいのよ」と、組んだ腕を外し背中を撫でた。
彼は、驚いたようにこちらを見る。
「だって、ここ近年は情報格差を無くし、貴族は優秀な教師の下で教育を受け、その知識と技術を国のために行使すべし。そう、国は言っているわ。それなのに次期魔法大臣に学校に行かせないなんて、言わないわよね?」
「貴方、誰に楯突いているのか、分かっていて?」
「えぇ、ですが。この意見は国務省の意見ですわ」
ふふ、と笑ってジェネシスは笑う。この国では、教育機関は国務省及び魔法省の管理下にある。魔法教育を行う場合は魔法省との合同管理なのだ。
「精霊と契約破棄をさせる、こんな奴と一緒にいたくない!!」
「だからこそ、星寮に入れると私は申しております」
テオドールさんが口を挟む。
「この度、私どもは魔法車を開発しましたが、その起点となったのはこの子が魔力蓄積装置とそのカセットを中型化に漕ぎ着けるアイデアを私に渡してくれたことがきっかけです」
その言葉に、注視していた人達のざわめきが起こる。そう言えば、関わったと言っていたのは、そのことなのだ。
「空想が実現した、その切っ掛けは我が子です。この装置の中型化をしたことで、価格も下げられ、その装置に紐づく魔力灯や魔力式冷蔵庫などの装置を効率的に動かすことができるようになりました」
ノクティルカは父が今ここでそれを言うとは思っていなかったのか、固まっている。
「その功績を持って、私……テオドール・シルヴァブライトは、星寮三年への飛び級を提案しています。未だに、我が子には許可をもらってませんが」
テオドールさんがノクティルカを見る。周りは、ざわついていた。
それも「その功績で、学校に通わせないのは」という声や、「王立なのに力のある子を通わせないのか。他国に取られても何も言えないぞ」という声まで聞こえる。
そんな様子に王妃と王子は顔を赤らめていた。自分たちが噂される立場になったと理解したのか。怒っているのか、よくわからない。
「なぁ、ノクティルカ……。私の愛おしい子、まだ、嫌か? 怖いか? お前が一歩を踏み出してくれたこと、私は嬉しい。だから、もう一歩、もう一度踏み出してみないか?」
学校に来るなと言う王子がいる、彼もノクティルカも違う意味で顔が引きつっている。
「ボク、ボクは……。一人は、嫌だ……誰か、と。一緒がいい。ジェネシスと一緒の寮がいい」
ノクティルカは私が次は、四年生だと知っている。だからこそ、一人は嫌なのだろう。友人が欲しいと、彼は訴えた。
それでも、ジェネシスは一緒にいたいと言われて、嬉しくなった。
「つまり、友達が欲しいのか?」
彼が頷くことで、欲求を示す。そして、それに「なら、私の息子はどうだ?」と、応じたのはパトリックさんだった。
「会わせたことはないがうちの子なら、大丈夫だろ? お前の伯母様の子どもだし。今日は仕事だったから連れてきていないけどさ……星寮はあいつ、嫌がって選ばなかったんだけどな。学院長に相談できるなら」
「確かにそうだな、うん……いいかもしれない。ノクティルカ、どうだ? まずは、会ってみるか?」
「……。学院長が、許すなら。受ける」
テオドールさんとプレストンさんは、お互いに頷き合う。既に、決まってしまったらしい。おそらく、あのお気楽な学院長は決めてしまうのだろう。受け入れてしまうのだ。なにせ、学校にいかせたいとずっと言っていたから。
「じゃあ、今日……マーリンに会いに行くか。来てないらしいしな」
「突撃すればいいだろ? まぁ、でも……私は今日はお前の家に泊まるかなぁ。一緒には行かない、交渉は頼んだ。熱を出さないといいけどなぁ」
プレストンさんはノクティルカのおでこを触れる。少し仄かに顔がほてっている気がするが、どうなのだろうか。
「微熱ぐらいはありそうだ」
「こまったな……。では、王妃殿下、王子殿下。風邪をひいてる可能性もあるので下がらせていただきますね」
「えぇ、さっさと何処か行ってちょうだい!!」
その王妃の言葉をきっかけに、漸くされると思った時。ノクティルカは、前に倒れ掛けた。なんとか、彼が顔を打たないようにと、引っ張れたがすぐにプレストンさんが抱え込んだ。
そして、テオドールさんが先導するかたちで外に出る。
「心理的な負荷が強かったんだねぇ」
仕事用の口調からもとに戻したらしい彼が、のんびりと言った。
「取り敢えず、今日は……私も家に泊まるよ」
「そうしてくれ……。学校は、難しいのか」
「分からないけどね、行きたいと言えたなら大丈夫」
彼は穏やかに言葉を紡ぐ、癒す医者としての力かもしれない。
「大丈夫、大丈夫。怖くないよ、起きておいで」
「お前は、のんきな奴だな」
のんきな奴だな、そう言うテオドールさんの表情はとても優しかった。
フォルティスさんは、私の手を取って歩いてくれている。
「貴方がいたから、あの子は社交界に立てたのよ」
「そうでしょうか、ルカを家族の皆さんが愛しているからだと思います」
「でも、あの子はあの時から人を信用しなくなったのよ。使用人も、あまり寄せ付けなくなってしまった。でも、何とか根気強く接して、今のあの子があるの」
フォルティスさんの優しさが、私にも届く。
「貴方が、あの子を知ろうとした。あの子を頼って、来てくれた。それが、あの子の力になったのよ」
「ありがとうございます」
国王陛下には会えていない、でも……。国王陛下はあの子に対して何を思ってるのか、少し不安だった。
それに、私は何もできていない。彼のことも知ろうとしているけど、知ることができているわけじゃない。
まだ、まだ……何も、役に立てない。
約束だって、国王陛下からの無理やりの手紙が来たから。彼は社交界に出た。
あんなに、震えて、怖がって。
それでも、彼は自身の恐怖心に立ち向かった。私は側にいるだけだった。それが、支えてもらえていると彼に思ってもらえたのか。
少し、不安だった。
「あの子が、一緒にいたいと思ったのなら。それで、十分よ。なにせ、あまり言葉にしない子だものね」
ノクティルカのお母様の言うことを、信じてもう少し彼を分かろうと思った。




