第7話 社交界の場で震える彼
王城に到着し馬車から降りる時、震えていた彼は深呼吸を繰り返して絞り出した声を出した。
「お、お手をどうぞ、ジェシー」
「ありがとう、ルカ。お上手よ」
手を差し出してくれた彼にお礼を言うと、ルカはぎこちなく笑う。それでも、何とか令息らしくあろうとする姿が健気に思った。
それを、彼のお父様とお母様が見守っている。とても、温かい家族だ。彼自身はもしかしたら、それを疑っているのかも知れない。きっと、温もりのある家庭だと離開しながらも、疑っているのだろう。
「ルカ、お前なら大丈夫だ。私はお前を信じてる」
「そうよ、エラもそばにいるでしょう?」
お父様のテオドールさんはライオンのレオ、お母様のフォルティスはハトのリルを連れている。彼らもそばにいるようだ。
「そうよ、愛し子くん」
「我らもそばにいる」
「ほんと、そうよ」
潤む目は、シュンと垂れ下がっている。何処となく庇護欲を掻き立ててくるのが困る。トクトクと胸が高鳴るような、そんな感情が沸き立ってきた。
「わかってるよ……。あっ、えっと……行こう」
「ふふ、そうね。さぁ、行きましょう貴方」
「よろしい。では、ついてくるように」
テオドールさんの金髪が美しく煌めいている。彼の銀色も輝かしいが、テオドールさんの髪もきれいだ。
「父様ばっか、見ないで」
「あら、嫉妬しているの? かわいいわね」
「年上だからって、子ども扱いしないで」
ノクティルカは、フンッと鼻を鳴らしてテオドールさんとフォルティスさんのあとに続いた。フォルティスさんは「ふふっ、若いわねぇ」と、楽しそうに笑っている。
大広間の前まで来ると受付をする使用人にテオドール手紙を渡した。そして、確認が取れてから大広間のドアが警備隊によって開かれる。
「さぁ、行くぞ」
「行きましょう」
彼のお父様も背中を押すように言葉をかけるので、それに便乗した。お父様に合わせるように、彼も若干遅れて足を出した。
綺羅びやかな世界だが、かなり陰険ないじめや地位の上下関係がはびこっている。
そんな世界を綺羅びやかな魔力灯は、そんな世界を隠すように明るく彩っていた。
「これは、これは……シルヴァブライト魔法大臣」
「あぁ、クレセントポンド外務大臣。お元気そうだ」
淡い茶色の髪を持つ彼は、イテル・クレセントポンド、伯爵だ。テオドールさんと同じように大臣をしている。
近くには子どもたちがいて、三人とも父親そっくりの髪色をしているが、目が違う。彼の長女エミリアは私と同じ学年だ。
「おいで、ルカ……。こちらに来るんだよ」
「はい……」
テオドールさんに呼ばれノクティルカと二人で並ぶ。しかし、うまく彼は話出せなかった。パクパクと魚のように言葉を出せない。
「息子のノクティルカと婚約者のジェネシス・ブレアチェスター、よろしく頼むよ」
口を開こうとして閉じてしまったルカをみて、テオドールさんがすかさずノクティルカの紹介をした。目の前にいる伯爵、イテルさんは頷き意外だなという顔をする。
「ほぉ、あそこの家を選んだのか……君は星寮だったね? ノクティルカくんは、小さい頃に会ったことがあるだろう。覚えているかね?」
「あまりよく覚えていません。が、名前は知っています。よろしくお願いしますね」
こういうときは正直に言うべきだと思い、話す。すると、それが功をなしたか「ふむ、正直者だな」と、彼は納得したように頷いた。
「どうにも、何故かあの時の事件はこの子ははっきり覚えていないというのだよ」
「相当ストレスだったのでしょうね。ケアは?」
問題を知っているような反応だが、彼の心配をしているように見える。優しい濃い青の目はほんの少し彼を慈しむような目に見えた。
「主治医はプレストン・カリタス氏に頼んである。彼は魔法心理も得意だからな」
「あぁ、彼か。腕がいいものな。そうか、そうか……君は社交界には随分と久しぶりだ」
彼は叱られたと感じたのか息を呑む。そして、俯こうとして首を振った。
「私は、出れるような者ではありませんから」
そう話す彼の声はかすかに震えている。不安そうな彼をどう助けてあげればいいか分からない。非力な自分を恥じた。しかし、そっと手を握れば彼は握り返してくれる。
「ノクティルカくん……。君のあれは事故だった。そう、国王陛下からは聞いているよ。堂々としていなさい。それが、君を助けることになる」
「そんな事をしていたら、きっと王子に何を言われるか分かりません。私は、端でひっそりとしています」
弱々しく笑った彼は「でも、ありがとうございます。悪い噂を流す人だけではないのですね」と、つぶやくように言った。
「小さい頃の、優しく明るい君を知っているからね」
「そうでしたか……」
「すまないな、イテル。この子を社交慣れさせたいんだが、誰か適任はいないか?」
「適任……? そんな事を言われるとなぁ、難しいぞ?」
どうにも、この二人幼馴染っぽい。気安い感じがある。考え込んだ彼は「ローズフィールド家は?」と、応えた。
「あぁ、あそこか。確かに。じゃあ、行ってくる」
「気をつけていけよ……」
ジェネシスは少し伯爵から離れた時に、テオドールさんに尋ねる。
「そもそも、今日のパーティってどんな意図があるんですか?」
「今回は、第一王子の入学時の友人や先輩との交流を目的としていると来ているが……」
そっと、一番奥を目線で示されて動かすと確かに国王陛下と第一王妃と第一王子がいた。
「うちとしては、どちらかというと第二王妃のエミリー様と仲が良くてね……本来は第二王子のリアム様と友人関係を結ぼうと思っていたら、第一王子にと言われたんだよ」
「そうなのよね、第二王子なら何ともなかったのかもしれないのよ。これが、困ったことになったのよね」
はぁ、とため息をつくご両親にジェネシスも困惑する。
「結局、リアム様には会わせていないのよ。この子が逃げてしまうようになったから」
「うっ……」
「まぁ、この子の今の性格だとしても、リアム様のほうが合うだろうな。困る……今回は来ていないと聞いているしなぁ」
彼はもう既に黙りうつむいてしまっている。だけど組んでいる手を引けば「行くの?」と、尋ねてきた。
「王子には会わないで、私たちだけで行こう。その代わりに、ほかの人達には挨拶をするように」
「はい、分かりました」
彼を、連れてローズフィールド家のアーサーさんのところに連れていく。すると、向こうから声をかけてきた。
「やぁ、テオドール様。景気いいね」
「まぁ、そうだな。いい売り上げを誇ってくれた」
魔法車のことだろうかと首を傾げると、アーサーさんが答えてくれる。
「魔力蓄積装置とそのカセットだよ。前のよりも効率もいいし、使いやすいんだ」
そういえば、あれは彼が関わっているのか。そう考えていると、アーサーさんもノクティルカに気づく。
「久しぶりに社交界に出てきたね。久しぶり、会ったことがあるけど、覚えてる?」
「あまり覚えていないんです」
彼はシュンとして、応えた。それに、テオドールさんが「あぁ」と、言ってつけ足した。
「どうにも、ストレスであの時付近の記憶が曖昧になってるらしくてな……治療は受けさせてるんだが」
「なるほど、。アーサー・ローズフィールドだ。侯爵家だな、息子のセオドアと娘のレイラだ。ジェネシスは前のパーティぶりだな。婚約したのか」
アーサーさんは、隣にいる子たちの紹介をして私に声をかけてきた。素直に「えぇ、婚約しました」と、伝えると「羨ましいな」と、素直な感想がセオドアから聞こえた。
「おめでとう、そうだ。あまり、第一王子には近づかないほうがいい。どうにも、新しく契約した精霊が厄介だとか」
「あ? そういえば、結局……あの後精霊がいつかないとか聞いたな」
「そう、神殿の力を借りて契約と破棄を繰り返している。だから、あまりこの子を近づかせないほうがいい」
その言葉を聞いて、あまりいい噂を聞かないのか。と、考えてしまった。
「私は、挨拶を終えたから……そばにいさせよう。挨拶をしてくるといい」
「そうしよう。すまないが、預かっててくれ」
「了解した」
ご両親を見送り彼は少しぎこちなく私をみてくる。何をしてほしいのか、分からない。
「大丈夫よ、確かセオドアは来年度三年生よね?」
「三年生になるね。君も入学するだろ?」
ノクティルカが「うっ」とまた言葉を喉に詰めている。ジェネシスが背中を撫でてあげると涙目でこちらを見てきた。ペリドットのような目が輝かしい。
「まだ、決めていないんだ」
「そうか……。でも、君の叔父は学院長だろう。来てほしいんじゃないか?」
「言われているけど、王子と同い年でしょう?」
上目遣いでアーサーさんにルカが言うと、彼はあっけらかんと「君の功績なら、飛び級してしまえばいいのでは? あれ、作ったの君だろ」と言い放った。
「あれ、知っていらっしゃるの?」
「あの時、珍しく酔っぱらったテオドールが話してたぞ」
ただ、その時に、何を言われたのかとアーサーさんや他の出席者さえ王族がいる方へと顔を向けた。
「うちの子は、また精霊を変えることになったのよ! 貴方の息子のせいで!!」
第一王妃が、声を荒げていたのだ。その前に、何と言われたのか聞いていない。
ただ、息を荒げて彼は今まで以上に震えていた。
「おっと、ローズフィールド侯爵、この子をお借りしても?」
震える彼の背中を撫でてあげていると、声をかけられる。顔を上げると紅茶にミルクを垂らしたような髪色をした男の人だった。長い髪をくるんとまとめるようにくくっていた。
彼は一体だれだろう。




