第5話 ルカと父との約束ごと
精霊契約破棄、それを求められた時にノクティルカ・シルヴァブライトの見えていたもの。
ノクティルカの世界は、実にカラフルだ。
風の流れは淡い緑色で見えるし、水の流れは淡い青色でわかる。火が焚かれると、炎を模写するように赤色が見える。土には淡い黄色の魔力がふわふわと漂うし、草木にもその色がある。
ノクティルカは生まれたときから、自然を魔力の色で理解していた。本当の意味で理解したのは、三歳から五歳の間だったような気もする。
そして、精霊たちもたくさん寄ってきた。
そんなボクが、自分の特性が特別であることを理解したのは五歳の時だった。
五歳に行われた精霊神殿での精霊呼笛の儀、ノクティルカには不思議な色の精霊が現れたのだ。
水に見えて、水ではない。淡い青色ではなく、昼間の空の色であった。
そんな色を持つ精霊、それは光属性の上位属性と言われる【空属性】の持ち主だった。
その属性は精霊王とそれに準ずる存在しか、保持できていないと言われるものだ。そういうのはお父さまが簡単に砕いて砕いて教えてくれた。
そして、人型だった。人型の精霊は、王のみとされている。この国ではその存在こそが【神様】であると定義付けられる。
「我の愛し子よ、君の成長を待っている。今しばらくは、彼女と共に成長するが良い」
不思議な不思議な色の目を持つ精霊王は、美しく優雅で人ならざるものとしての気品さがあった。そしてその場に精霊王により自ら呼ばれたのが彼女だった。
彼女がこの場に来たときには、精霊王は消えていた。
「あなた、空の素質を持つものを与えられるなんて、随分と愛されているわね」
エラ、そう名付けられた精霊が、契約を終えたあとにそう言ったのだ。
五歳頃なのに、今でも鮮明に思い出せる。
「空属性を持つものは自然と精霊から愛される存在である」
司祭長がボクに告げた言葉はこの後も続く。
「それは、精霊と人とを繋ぐ。大いなる役目を持つ者であることを示している」
ゆめゆめ……精霊を愛することを忘れるなかれ。
さすれば、どんな困難に対面しようとも、自然と人からも愛され、人に支えられるであろう。
そんな言葉を、ノクティルカは聞いた。
だからこそ、王子との悲劇があってからも。ノクティルカは、今もなお精霊を愛し続けている。
だからこそ、かの精霊の様子には少し不安を感じた。
相性が悪い、と言うことはない。しかし、魔力が彼女の適応量を遥かに超えたのだ。彼の魔力が彼女を縄で縛るかのようにガチガチに縛りつけようとしていたのだ。精霊の適応量よりも魔力が多いとなってしまう現象だと理解している。
その場合、常時展開の魔法を使用する。何かに魔力を蓄積させる。など、対策を練る必要がある。
だけど、彼女の場合、切ったほうがいい。
なにせ、こんなにも彼女を縛り付けているのだから。他の子と結んだほうがいいだろう。
そう思った時、口は簡単に「先生、何をお望みですか」と、前向きな言葉を発していた。
今日の自分の行動を振り返っても、人のためというよりも精霊のためだった。もし、精霊のためになるなら、自分はきっとまた……王子にさえ突っかかっていってしまうのだろう。
自分の性格を理解しているからこそ、怖かった。また、王子の精霊契約を切ってしまったら?
こんどそこ、父や母まで殺されてしまうのではないか。その瞬間を予想しては、想像しては、ふるふると頭を振ってきた。
「やっぱり」
その続きを飲み込み、ノクティルカは本を読み続けた。取り敢えずは、翌日……彼女が来てくれることを祈って。
でも、彼女の側に居られたら、どんなに喜ばしいことか。と、思わなくもなかった。
ただ、帰宅した父によって、執務室に呼び出された。ハワードが珍しくおずおずと「テオドール様がお呼びです」と、いってきた。だから、執務室に行く。
ノックし返事が来てからドアを開けると、父は明らかに怒っていた。パシッと杖をトントンと手の平に軽く打ち付けている。昔から父の怒っている時の仕草だった。
「ノクティルカ、ここに来なさい」
「……はい」
父の机の前まで行くと父は盛大にため息をつく。
「マーリンから、今日はルカは授業を受けていないと聞いた。事実か?」
「……本当だよ」
「どうして、受けない? お前は、授業をすっぽかすならば学校に行く約束を私としなかったか?」
「うっ……」
ノクティルカはすっかり、それを忘れていたのだ。喉に言葉が詰まるような感覚がある。どう、言い訳をすればいいのか。
「……。した」
「いい子だ、ノクティルカ」
「精霊の契約の破棄と締結をしたんだ。それで、もう今日は人と関わるのが嫌だった」
「それでも、勉強はするべきだったのではないか?」
「……。ごめんなさい」
約束は約束だ、行かなきゃいけないのかもしれない。でも……いやだ。
「学校の事は、もう一度ちゃんと考える。勉強だってちゃんとする。もう、やらないなんて言わない。だから、お願い、お父様」
「私は約束は約束だと言いたいんだがな」
ノクティルカは父の厳しい言葉に俯いた。自然に握った手が震える。
「……行きたくないわけじゃないんだ」
「あぁ」
それでも、父はボクの言葉を聞いてくれる。いつだって、頭ごなしには父は叱らない。
「ジェシーと一緒に通えるのは、楽しいと思うんだ。彼女は先輩だけど」
「あぁ」
「でも……貴方やマーリンに迷惑をかけるのが、怖いんだ。今度は、ジェシーにもかけることになるし」
不安を言葉にして伝えれば「分かった」と、父は言う。どういう意味か、分からなくて。父を見た。
「行きたくないわけじゃない。その言葉を信じて良いんだな? もう一度考えてくれるんだな?」
「……うっ、うん」
父の期待の目が僕には痛い。だけど「頑張るよ」とノクティルカはもう一度言葉にした。
「よし、なら……わかった。見守っている。だから、お前がお前らしい判断をできるように、信じている」
「約束破ってごめんなさい」
素直に謝れば「お前なりに今日は頑張ったんだな」と、優しい言葉がかけられた。
「私は、お前を傷つけたいわけじゃないからな。ただ約束を守ってほしかっただけだ」
「うん」
「さぁ、行こうか。私が教えよう、優しくはしない」
「うぐっ、勉強します」
その日の授業は、ボクの苦手をピンポイントで突いてきて逃げることもできず泣く泣く頑張った。ヒィヒィ言いながら、何とかなった。
「まだまだ、課題が残っているのに学ぶことから逃げるのは許さないからな」
「うっ、わかっていますよ!!」
はぁ、とため息をついた。しかし、お父様は「頑張ろうな」と、励ましてきた。
「……。王子と、一緒の学年にはなりたくない」
「それは、飛び級したら済むことだな」
「王子と、同じ寮には行きたくない」
「お前の家庭教師は学院長だ、あいつの独断で星寮に入れると言われているし。お前の功績もあるだろ」
魔力蓄積装置を軽量化及び中型化したのはボクだ。その功績と学院長が家庭教師としてボクと関わってきたことで人となりは分かっているため、ということなのだろうか。
「……。ノクティルカ、大丈夫だ。何も怖くない」
「星寮は、ジェシーと一緒なんだよね」
「そうだな、だからよく会えるだろう。少なくとも二年生か、三年生に飛び級させることになるからな」
流石に同じ学年には飛び級させられないか。しょげていると「同じ学年にはしないぞ」と、ため息をつけられた。つまり、恋愛よりも勉強ということだ。
「ちゃんと、考えるよ」
「あぁ、期待している」
くしゃくしゃに頭を撫でられてノクティルカは、何だか照れくさかった。
ノクティルカが学院の生徒の精霊契約に干渉した翌日の朝。珍しく父が休みで、父に勉強を見てもらっていた時だった。
もちろん、昨日の続きで苦手をシバかれているんだけど。それでも、嫌にはならない。勉強はきらいではないが、国語と魔法語以外の語学の分野は何故か苦手だ。
ただ、その勉強部屋に持ち込まれたのが問題だ。苦手な科目であれば、何とかなるのだ。やり方を変えたりして頑張ればいいし、支えてくれる人もいる。
だけど、こればかりはどうしょうもないもの。
なぜなら、王宮から手紙がよこされたのだ。
ノクティルカは最初に受け取った父から渡された手紙を持ちワナワナと震えていた。怒り、恐怖。それらがふつふつと湧き出てくる。なにせ、この国の国章が使われる手紙なんて、意味ははっきりとしている。
「国王の名前で呼び出されている以上、必須だな」
「お父様、どうにかならないの?」
「どうにもならない。お前は婚約者もできたし、ダンスも踊れるだろ? 何を怖がることがある」
お父様は鼻で笑うだけで取り合ってくれず、ノクティルカは逃げる事を考える。
「私がそばにいてやるから、大丈夫だ」
「うっ、うぅー」
ヘンテコな声を出し、拒絶しながらも結局は頷くしか無かった。
なにせ、国王陛下からの手紙で、二週間後に開かれる定期的なパーティへと赴くことに決まってしまったのだ。
ノクティルカは「嫌なんだけど」と、呟き続ける。が、精霊たちが口々に「荒そう」と言い出したので、愚痴を言うのは辞めた。
分かっていたはずなのに、どうして言葉にしてしまったのか。ズーンっと気持ちが落ち込むのが分かってしまう。
「なら、王宮を荒らしてあげようかしら」
「ダメだよ……したら駄目だよ」
「いいじゃない。別に」
エラにそう言われてしまい「行きますから、行く意思がありますからぁ」と、吐き出すように言った。
「うぅ……」
「精霊たちには手を焼かされるな」
とにかく、パーティローブは準備しなくては。と、父に言えば彼はすぐに贔屓の服屋に連絡を手配した。
「ジェネシスくんにも連絡を入れておこう。お前が書くようにな」
「はい、わかりましたよ……」
ジェネシスへと手紙を書くことになり、父から渡された便箋にパーティについて書き封筒に入れ、ハワードに託した。
そういえば……そろそろ、アスター魔法学院への入学試験への応募をする時期じゃないか。と、思い出してまたより一層心は沈む。
ため息をついて、ふて寝をしようとソファーに寝転ぶ。しかし、それは手厳しい父により「座学」という短い言葉により中止された。




