第3話 まず先に彼を知ること
学院長が言うように学校の話をするにしても彼が気を許してくれる存在になる。それが、前提になる気がする。
だから、ジェネシスは取り敢えず無理のない程度に彼の家に通うことにした。ついでに、今日出たレポート課題について聞いてみることにする。
案外、ストレートに尋ねるのがいいのかもしれないなぁとは思った。
彼の家を訪ねると、彼らの執事であるハワードさんに迎え入れられ、彼の部屋へと向かった。
「坊っちゃんは、言葉数は少ないですが、優しい人なのでよろしくお願いします」
「分かっているわ」
初老過ぎの執事さんは、優しく微笑む。穏やかそうな彼にそう言われる彼は確かに優しいのだろう。
彼の部屋にノックをして本を読んでいた。あたりを見ると、前と変わらずに、机に本が積み上げられている。エルトン学院長が言っていたことが本当ならこの積み上げられた本は理解しているのだろう。
どんな本を読んでいるのか、と。思えば、魔法理論だった。
「忘れてはいけないものだから」
「そうね、確かに大切な知識ね」
彼はその本を置くと「そのソファー使っていい」と言ってくれる。その言葉の通りに従った。受け入れてくれたので今日は少し彼に踏み込んでみようと思う。
「精霊に愛されると、何か見え方が違うの?」
「……。人には見えない状態の精霊が見える」
彼は、質問をすると素直に答えてくれる。精霊について、続けて尋ねると彼もソファーに座った。乱雑にまとめられた髪はボサボサだ。ちゃんと、髪をまとめてあげたいと思う。つまり、たぶん……彼は自分で着替えて髪をまとめているのだろう。
使用人に任せればいいのに。ちゃんとみれば、彼らはノクティルカを嫌ってはいないのが分かるのに。そうしないのは、何か理由があるのかないのか。
「契約をしなくても、力を貸してくれる」
「精霊は契約者以外への対応は素っ気ないと聞くけど」
「興味津々、好奇心旺盛だよ」
寝ているエラは可愛らしい寝息を立てている。その様子を眺めて彼はわらった。
「そうなの? じゃあ、本当に気に入った人としか契約しないのね」
「そうみたいだね。今日はどうして来たの」
「貴方を知りたくて、私を知って欲しくて来たのよ」
彼は自分の足を見て「そうか」と、呟いた。来てほしくなかったのだろうか。それに、少し不安になり、素直に尋ねてみる。
「嫌だったかしら?」
「今まで、いや七歳のあのとき以降かな。家の人以外あの事件を知ってしまった人は、ボクを得体のしれないものとしか見ないんだ。だから、意外」
彼は首を振り、素直に答えてくれた。
「そう……。それは、辛いわね」
だけど、人から直接言われて社交界にでない。その判断だけになっている彼は相当優しいのではないかと思う。
だって、人を、国を恨んだとしてもおかしくはないんだろう。そう、私は感じてしまうから。それでも、まっすぐに生きている彼がすごいと感じた。
「ん……。ボクの力を疑う人や、魔王に魂でも売ったんだろうと言う人がいる。魔王もまた精霊なんだという説もあるのにね」
「そうなの? 魔王って、確か緑の目をしてるとか言われているわね」
「ここら一帯の、闇の精霊王が緑の目をしているらしいね。他国では赤い目を持つ子らもいるらしい」
魔王は闇の精霊王であるという一説はあるが、それが本当に近いらしいと聞き驚く。しかし、今はこの話ではないのだ。
「……。貴方は心無いことを言われてきたのね」
「お前が馬鹿で考えなしだから、こんな事になった。そう、王妃には言われたよ。陛下は止めてくださったんだけど……辛かったな」
自分の足を見て、しょんぼりと言われた言葉に、ジェネシスはどうしていいのか分からない。何か言わなくては、と思って焦ってしまう。
「そんなこと……」
「王妃に言われたのか、いくつかの貴族も同じ事を言ってきたよ」
素直にここまで話してくれる。靴を脱ぎソファーの上で小さく丸まってしまった。それは、まるで自分を守ろうとしているのか、自分の世界に入り込もうとしているような仕草だ。
「だからかな、いろんな知識を得ても得ても、足りないように思えるんだ。ボクが馬鹿で考えなしだから」
「……。だったら、誰かと学んで本当にそうなのか、見てみたら良いんじゃない?」
「笑われるだけじゃないか。行かないからな」
プイッと、顔を背けて彼はため息をつく。それでもここから逃げていないのが、こうしてちゃんと関係を築こうとしてくれているんじゃないかと、前向きになる。
「マーリン先生もお父様も、学校に通ってほしい。そう思ってくれているのはわかるんだ。でも、二人に迷惑掛けたくないんだよ」
じっと待っていると、彼は本心を話してくれた。少しだけ、顔は桃色に染まっていて、恥ずかしいのだろう。
「貴方は優しいのね」
「臆病なだけだから、放っておいて。どうせ、貴方もボクのこと嫌いになるよ」
吐かれた弱音に、ため息が出る。
そりゃ、彼のお父様も婚約者でも与えて変化を出したいと思うはずだ、と。
「嫌いにはならないわよ、こんなにもあなたのことが知りたくてたまらないんだから」
「……。変なやつ」
「変なやつでごめんなさいね」
ふふっ、と笑ってあげると彼は「何故笑うのかよくわからない」と、返してきた。
「でも、来てくれてありがとう。嬉しいよ」
「ふふ。こうして、受け入れてくれてありがとう」
彼は驚いたように目を見開いて少年のような無邪気で明るい笑みを見せた。
「貴方の好きなものは何?」
「この部屋を見ればよくわかると思うよ。さほど、自室と変わらないからね……精霊はあまり口に出すと取ってこようとすることがあるからさ」
なるほど、と頷き彼の勉強部屋を見る。
「レディは、男の子の部屋にはいるのを嫌がるだろ」
「あなたの部屋なら別にいいけど」
「辞めておきなよ、本当に差はないよ」
本はどちらかというと魔法関連の技術書や領地経営や政治関係の本、語学の本が多い。小説は少しある。
机のうえには万年筆や羽根ペン、ガラスペンがあり勉強用の紙が積まれている。
「私は、お菓子とかも好きだけど。本が好きだわ、図書館とかよく行くもの」
「それは、いいね。ボクは、家の書庫にいることが多いよ。あまり、外に出るとバレたときに嫌なことが起こるし」
そういえば、この部屋は片付いているし植物も置いてある。それを素直に尋ねると「精霊が好むからね」と、納得できる事が返ってきた。
ほんの少し彼を知れた気がした。彼が、立ち上がりふと一つのノートを取る。そこに書いてあるのは、馬車を別のものに作り替えたものだ。
それを、開発社は【魔法車】と名付けた。
これを実用化するとき、法整備も含めて魔法省がやり、初期の製品ということで格安で売ったのだ。
もちろん、正規の値段も明記したうえで。
そのため、かなりの数が売れたという。うちは、必要ないと買わなかったが今回のこの婚約で譲り受けることになった。
魔法車とは整備され認可された土地のみ使用できる、馬の力を使わない魔力で動かす車のことだ。しかし、馬の力でも動かせるような仕組みがある。魔力蓄積装置が別にあり人や空気などから収集して溜め込み魔力を溜めたカセットをセットすれば、動くらしい。
たしか、これはそれこそシルヴァブライト公爵家の魔法具開発研究社のものだったはずだ。だからこそ、魔法省が関与している。
テオドールさんは魔法大臣として働きながらも、こういう研究にも積極的に投資を行っていると聞く。そして、自身もかなり開発者として関わっている。
魔力蓄積装置の発展が、色んな所に影響を与え始めているところだ。
素晴らしい力があるので、これから楽しみと言われている。
「ボク、こういうのにも協力はさせてもらったりはしてるんだ……紙だけで、こういうのは使えないかって提案するだけだけど」
「それ、あなたも関わっていたの?」
「うん、関わってはいるよ」
それには、凄いわね……。と、言うしか無かった。案外、魔法知識はそこそこ上位に位置するのではないか。
「……そこの、研究者にも。学校には行きなさいと言われているんだけどね」
「行けばいいのよ」
彼は「……そもそも、受け入れてもらえるのか」とため息をついたのだった。
まだ、ジェネシスは何も言えなかった。まだ、信頼されていないような気がして。
「どうせ、受け入れてくれないさ」
ただ、諦めている。その感情が、すんっと笑みを消した彼の表情に表れている気がした。
もう、既に学校の話をできるような雰囲気ではなかった。




