第1話 飛び級試験は突然に来る
二章開始
ジェネシスは苦手から逃げようとするノクティルカをとっ捕まえて、試験勉強をさせていた。机の上に積まれたのは、いつもとは違う本たちだ。
「ほら、貴方が得意な魔法語と変わらないでしょ?」
「うっ、うぅー」
「それに、貴方はお父様たちに捨てられないと思えたのでしょう?」
ノクティルカはずんっと頭を下げて落ち込んでいるが飛び級は簡単なことではない。背中を撫でてあげれば、上目遣いで潤んだ目を向けてくる。
「わかってるんだけど、心が追いつかないよ」
「そうね。でも、ちゃんと飛び級するなら必要よ」
やりたくないのかなと考えていると、過去問の束をノクティルカは取った。
「間違えても、笑わないでね」
「笑ったりしないわよ」
そして、ペンを持ち真面目に取り組み始める。努力をできる子なのか。と、ジェネシスは新たな一面を見た。話は聞いてきたけど、実際勉強をしている姿を見るのは初めてだ。
静かに解き始めて、彼は考え込んだりサラッと何事もなく書き進めたり。
苦手と言う割には、きちんと解けるところは解けているのだろう。時間よりも少し早めに返してくれた。
「笑ったらやらないからね」
「笑わないといってるでしょ?」
疑い深い彼の心を思うと仕方ない面もあるが、こうも疑われると少し心に来る。
解いた問題を答え合わせをしていく。試験勉強を始める時ジェネシスは家庭教師をしている学院長に彼の得意不得意を尋ねた。
彼によれば魔法実技は問題なく、礼儀作法もクリアしている。後は、語学面は魔法語は文法・語彙・発音全て得意だと聞く。ならば、案外うまくいくのではないかと思っていた。
解かせてみれば、雑な部分は確かにある。苦手だと言う証拠に誤字をしている所もある。だけど、文法は得意らしく間違いは少ない。点数をつければ、悪くはない。頑張れば、彼に頑張る意欲があれば合格ラインに乗れる。
「はい、見直してちょうだい」
「うっ、見ない。やだ」
渡そうとしたそれを返されそうになったので、彼の目の前においてあげる。
「悪いわけじゃないじゃない。苦手と聞くから、本当に点が取れないぐらいだと思ったわ」
「酷い、そこまで成績は酷くはないよ。苦手なだけで……」
はぁ、とため息をついた彼は結果をまじまじと見た。
「これでも、頑張ったんだ」
「えぇ、知ってるわ。真剣に解いていたもの」
「まだ、足りないんでしょ」
確かに後、十点ほどは追加で欲しい点数だ。合格ラインには辛うじて乗れているかもしれないが、今回の試験で合格するという保証はない。
「がんばるよ、受かりたいから」
「なら、頑張りましょうね」
語学はテオドールさんから任された。本来、魔法に関することを教えてと言われるんじゃない? と、思ったけれど。
そもそも、魔法理論や魔法倫理そういう基礎科目は、マーリン先生から学んでいるので何ら問題ないそうだ。あと、本人からも試験のためのセットは受け取っているらしく、彼は近くの棚にそれを入れてある。
そもそもこれもマーリン先生が準備したものだ。
彼と共に復習を終えて、これはどうしようか悩んだ時。彼が箱を指で示した。
「……。それは、そこに入れておいて。先生が、確認するって言った」
近くにある箱に確かに何枚か既に入っているので、その箱に入れる。
「ありがとう、付き合ってくれて……」
「良いのよ。だって、貴方が頑張ろうとしているのを支えるのは好きだもの」
「本当は、一人でやろうと思ってたんだ。でも、お父様がマーリン先生が、ジェシーにも付き合ってもらえって」
「えぇ、私は頼ってもらえて嬉しいわ」
彼は迷惑をかけていると思っているのか、首を振ってから「何とか合格できるように頑張るよ」と、自信なさげに笑った。
そんな彼に半ば追い出されるように部屋から出され今日はお開きとなった。外に出ると、学院長が手を振っていて彼の馬車に乗る。
「どうだ、彼の語学は」
「別に悪すぎるほど悪いってことはないじゃないですか。少し、語学の成績が弱い子程度でしたよ」
「まぁな、他が飛び抜けていいから合格はできるだろうが……。私の贔屓で入学したと言われる程度には語学が悪いんだよな」
語学がネックになっているらしい。でも、彼なら大丈夫だろう。
「今まで、語学を学ばなかったのは。彼が何処かの国に捨てられるんじゃないかと疑っていたのでは?」
「フォルティスはそう言っていたな。明らかに毎回逃げる。だからこそ、テオドールが何とか教え込んではいたんだが……それが逆に苦手意識を植え付けた」
学院長は彼の事を「真面目で努力家だ。手を抜くことはあまり得意じゃない」と、評価した。
「本当は学びたかったはずだ。あの子は正しいこと間違ってること、それがはっきりとしている。本当は、努力もせずに逃げること、それは間違ってることと理解している」
「そうなんですね」
学院長のまっすぐな目を見て、ジェネシスはきっと大丈夫だと確信していた。
「もう、飛び級試験は一週間後なんだ。王妃が圧力をかけてきている。どうせ、通らないと思っているらしい」
ジェネシスはその言葉に唖然とした。開いた口が塞がらないというのはこういうことかと実感してしまう程に。その日、あまりに驚きすぎてどうやって寮室に帰ったのか覚えていなかった。
翌日もジェネシスはノクティルカの部屋を訪れた。すると、一生懸命に辞書を開き言葉を覚えようとする彼を見た。分からない単語を調べて、懸命に努力する彼を見た。彼は私に気づくと、ぱちくりと目を瞬く。
「来てくれたの?」
「えぇ、貴方が一生懸命頑張ってるもの。手伝いたいのよ」
何処か張り詰めたようなノクティルカが息を吐く。そして、軽く笑みを浮かべた。
「そう……? なら、また試験見てほしい。語学、分からないところがあるんだ」
「えぇ、勿論よ」
今日は前向きに取り組んでいるようだ。それが、何より嬉しかった。
「今日、学院長が来たんだ。六日後に飛び級の試験があるって。どうしたらいいのか分からないよ」
「ノクティルカ……、貴方なら大丈夫よ」
「信じてくれるの? 最初に酷いこと言ったのに」
学院長や彼のお母様が言うように、駄目なことをしたことをノクティルカは恥じて自分を責めている。
「いいのよ、私が許しているもの」
「うん……ありがとう。頑張るよ」
彼はまた辞書に目を向ける。そして、分からないものを調べては書き写していた。
「なんとか、受からないとね」
自信なさげに笑った彼は、六日間必死にほかの教科を含めて頑張っていた。
等々、その日がやってきた。ジェネシスは、彼をその指定の教室まで案内すること、それだけしかできなかった。突然に時間を変えられた飛び級試験。
そのせいで、今年は受験者がいないという。
「頑張ってくるよ」
「えぇ、頑張ってきて」
彼を見送り、ジェネシスは祈った。
どうか、合格してくれますように。と、ノクティルカの合格を祈っていた。
飛び級試験の場合、一日で終わらせる。なので、そのための体力もなくてはならない。ノクティルカにその体力があるのか、それが一切わからなかった。
ただ、ただ……それが不安だった。




