第10話 彼の決断と私への気持ち
朝、侍女に起こされて支度をしてから食堂に行くと普段と変わらない彼のご両親がいた。
私が席につくと、プレストンさんが食卓に訪れて「起きたよ」と言ってくれる。
テオドールさんとフォルティスさんは事前に聞いていたらしく、うなずくだけだ。
「彼は普通に話せているよ。でも……いや、これは本人から聞いてねぇ」
「分かりました。ありがとうございます」
お礼を言うと彼はにこやかに笑ってくれる。そこまで彼はひどい様子ではないらしい。
「ふふ、いいんだよ。じゃあ、私は家に帰るから。また、夕方には来るよ」
「悪い。でも、助かった、ありがとう」
「どういたしまして。だって、私は彼の主治医だからね。いつだって、何処にだって行くよ」
テオドールさんの感謝の言葉に手を振る彼は、すぐに家へと帰っていった。
「食べたら、あの子のもとにいってあげてほしい」
「そうですね。わかりました」
彼は一人で食べているらしいので、食べ終わりすぐに向かった。彼の部屋をノックすると「入って」と、聞こえたので入る。
なかに入り、ベッドに近づくと。
ボサボサの髪をなんとか適当に結んだ彼がいた。何処か、少し落ち着かない様子で布団を握りしめているけれど。
「体調はどう?」
ノクティルカに声を掛けると、彼はへにゃりと口元を緩めた。
「……。元気とは言えないけど、動いてもいいとは言われてる」
「そう、ねぇ……。貴方は、あの時のこと覚えているの?」
ノクティルカはため息をつき「ほんの少し」と、言った。目を指して来て、どういう切っ掛けなのか察してしまう。
「どうにもボクは魔王だとか、言われたみたいでね。それを確認してみようとボクに魔法を放とうとしたとか。それを精霊が怒ったんだと聞いている、その時にはエラがもう側にいたから……それはうっすらとあるんだけど、その後のことは全く」
「そうなのね。それは、間違ったことだものね」
「そうだよ」
魔王だと人が生まれ持った特徴で決めつけて傷つけるなんて、よくないことだ。ノクティルカは悪くはない。先に手を出したほうが悪い。
「正直、ずっと。怖かったんだ、お父様もお母様も、叔父様達も本当に何かあった時、ボクを捨てるんじゃないかって。でも、今回守られて……」
王子相手、王妃相手だからこその彼が抱く不安なのだろう。私にもわかる。
「お母様もお父様もあなたのことが大切なのよ」
「うん……それに、君も守ってくれた。ねぇ、ジェシー。ボクね、学院に行ってみようと思う」
彼は、彼なりに考えていたのだろう。だからこそ、不安でも立ち向かうことを決めた。
「三年への飛び級、そう決めたよ」
「えぇ、頑張ったわね」
「ん……頑張った。これから、きっと……たくさん、頑張らなきゃね」
へにゃりと笑う彼は、何とか受け入れたらしい。でも、きっとまだまだ怖いのだと思う。
「プレストンも、ね。ボクを助けてくれるって約束してくれたし。学院に行ったら少し診察の頻度は増えるみたい」
「それは、その方がいいと思うわよ。慣れたら、減らしてもらえばいいわ」
「うん。ありがとう」
彼も手を貸してくれるなら、これほど嬉しいことはないわね。なにせ、この子の主治医なんだから。きっと、学院長では手が出せないところを支えてくれる。
「王子は絡んでくると思う、それでも、ボクが学院に行くことを望んでくれた人がいるから。頑張ろうと思うよ」
「素晴らしいじゃない、私は嬉しいわ」
心に問題を抱えていても、頑張ろうとする彼をジェネシスは支えようと思った。
「ふふ、ありがとう。だから、ボクね……無事に飛び級できたら、やってみたいことがあるんだ。この力をちゃんと、使いたい」
何をしようとしているのかは分からないが、ノクティルカを支えると決めたのでなんてことはない。
「じゃあ、外国語も勉強しましょうね?」
「ジェシー、誰かに聞いたでしょ?」
「さぁ、知らないわ。飛び級時の試験項目にあるわよ、合格できなくていいならしなくていいわ」
彼は苦い薬草を噛み締めたような顔をした。しかし項垂れながらも「わかったよぉ」と同意する言葉が喉から嫌々渋々発せられていた。
「君と、一緒に学院で過ごしてみたいと思ったんだ」
「それは、嬉しいわね」
「なんだか、君といると懐かしい気がして……」
ジェネシスは前にあったことがあったかと、首を傾ける。が、思い出せないでいる。
「でも、ボクも思い出せないからね。それでも、君と一緒にいろんなことがしたいと思えたんだ。だから、もう一度やり直させて」
ノクティルカは、布団を跳ね除け立ち上がり鍵を取った。そして、その鍵で日記帳が入っている棚を開ける。
「これ……。君に」
小さな箱を手渡されて、素直に開けると。
その中には、婚約指輪が入っていた。
「ボクが、本当に渡せるようになったら渡しなさいって言われてたんだ。婚約、受け入れてくれるかな」
「えぇ、えぇ。勿論よ」
その指輪を受け取って、はめると魔法でぴったりになる。彼の手を取って、はめてあげればキョトンとした顔をした。
「ふふ、やっぱり可愛いわね」
「う、うるさいよ……」
顔を赤らめた彼は何処か楽しそうで、悪い記憶なんか忘れてしまえばいい。そう、感じていた。
「君となら頑張れるって思ったからね」
「ふふ、嬉しいわ」
「ジェシーのこと最初は拒絶してごめんなさい。これから、沢山のこと学びたいと思ってる。だから、ボクが間違えたことしたら、叱ってね」
「えぇ、勿論よ。たくさん褒めて叱ってあげるわ」
「ん、ありがとう」
側で、エラが楽しそうに尾びれを振っている。遊んでいるのだろうか。
「ボクなりにがんばるよ、君に愛してもらえるように」
柔らかな笑みを向けてくれる彼は、眩しかった。最初の弱々しい感じよりも今のほうが素敵だ。
「えぇ、期待しているわ」
ただ、吹っ切れた彼により振り回されるとは、今このときは微塵にも思っていなかったのである。
一章【完】




