第95章:西への切符と、音速の車窓
運命の検索
7月25日。夏晴れの駅前広場。 俺、古田降太は、周囲の視線を一身に集めていた。
「……なんだあの子、エベレストにでも行くの?」 「背中のパネル、ソーラー発電か?」
無理もない。俺の背中には、玄田先輩に見繕ってもらった巨大なバックパックと、展開されたソーラーパネル、そして腰にはシュラフ。 中学生の一人旅にしては、装備がガチすぎる。
「重い……。でも、これが先輩の命綱だ」
俺は駅のベンチに座り(背中が邪魔で深く座れない)、スマホを取り出した。 アプリを起動すると、画面の中の部屋で、櫻子先輩が「魔法の本(検索エンジン)」をパラパラとめくっている。
『さあ、ふるふる君。どっちに行く?』
「俺はどこでもいいですよ。先輩の行きたい方角へ」
先輩は本に手をかざし、今日の運勢とおすすめスポットを検索した。
『そうねぇ……。東の「スカイツリー」も捨てがたいけど……』
先輩が顔を上げた。
『西に行きましょう! 今日のラッキー方角は西よ!』
「理由は?」
『ネットの記事に、「本場のたこ焼きは宇宙」だって書いてあったから!』
「食い気ですか……。了解です、進路は西! 大阪へ!」
俺は券売機のボタンを押した。 行き先は、天下の台所・大阪。 修学旅行(京都・奈良)とは被らないエリアだ。
初めての新幹線
改札を抜け(改札機にリュックが引っかかりかけた)、ホームに滑り込んできたのは、白く輝く流線型の巨体・新幹線だ。
『わあぁぁ……! なにこれ! 鉄の蛇!?』
スマホのカメラ越しに見る先輩が、目を丸くして驚いている。 49年前(昭和50年)にも新幹線はあったが、今の形とは随分違うだろう。
「乗り込みますよ。……指定席、一番後ろの広い席を取りました(荷物置き場確保のため)」
座席に座り、リュックを下ろすと、背中が軽すぎて宙に浮くかと思った。 動き出す車体。 グンッ、とGがかかる。
『速い! 速いわふるふる君! 景色が飛ぶようよ!』
窓の外を流れる景色が、ありえない速度で後方へと消えていく。 先輩は窓(画面)に張り付いて大はしゃぎだ。
『地縛霊の移動速度(龍脈流し)より速いんじゃないかしら!? 人間ってすごいのね!』
「科学の力ですよ。……あ、先輩。はしゃぎすぎるとバッテリーが……」
『Warning: Battery -2%』
出発して10分で減り始めた。 やはり、高速移動と画像処理の負荷が高いらしい。
「ふっふっふ。想定内です」
俺はリュックから、弁当箱サイズの「ポータブル電源」を取り出し、コンセントに接続した。 頼もしい駆動音がする。 これで、先輩は新大阪までフルパワーではしゃげる。玄田先輩、ありがとう。
車内の黒い影
新横浜を過ぎたあたりで、俺はふと違和感を覚えた。 車内の空気が、少しだけ澱んでいる。
(……なんだ?)
俺の「視る目」が捉えたのは、通路をフラフラと歩いてくる「黒い影」だった。 人ではない。足がない。 サラリーマンの肩に乗ったり、旅行客の荷物に憑いたりしながら、移動している。
『……ふるふる君。あそこに、嫌なのがいるわね』
スマホの中の先輩も気づいたようだ。画面越しでも、彼女の霊感は健在だ。
「あれは……『疲労喰い(ひろうぐい)』ですね」
長距離移動の疲れや、サラリーマンのストレスを餌にする、下級の浮遊霊だ。 害は少ないが、憑かれると肩が重くなったり、せっかくの旅行で気分が悪くなったりする。
影は、前の席に座っていた疲れ切ったOLさんの肩に乗ろうとしていた。
(……見過ごせないな)
俺は「一日一善」のボランティア部員だ。 俺はリュックのサイドポケットから、祖母に持たされた「清め塩(業務用)」の小瓶を取り出した。
「すみません、落とし物ですよ」
俺は立ち上がりざま、自然な動作でOLさんの足元にペンを落とすフリをして、その背後に塩をパラリと撒いた。
ジュッ!
「ギィッ!?」
影が悲鳴を上げて弾け飛んだ。 OLさんは気づかず、「あら、ありがとうございます」と俺が拾ったペン(自分の)を受け取った。
「ふぅ……。なんだか急に、肩が軽くなった気がするわ」
OLさんが首を回している。成功だ。
『やるじゃない、ふるふる君。スマートな除霊ね』
画面の中で先輩が拍手している。
「祖母仕込みですから」
俺は席に戻った。 学校の外でも、俺の力は通用する。 それが少しだけ自信になった。
新世界への到着
「まもなく、新大阪です」
アナウンスが流れる。 あっという間の旅路だった。ポータブル電源の残量もまだまだ余裕だ。
駅に降り立つと、そこは熱気と喧騒の渦だった。 飛び交う関西弁。派手な看板。そして、ソースの匂い。
『すごい……! これが大阪! エネルギーが違うわ!』
「行きましょう先輩。まずはたこ焼きです!」
俺はスマホを掲げ、重装備のバックパッカーとして人混みの中へと歩き出した。 校長からの宿題、「広い世界を見る」。 その第一歩は、粉もんと活気に満ちた、食い倒れの街から始まる。
俺とデジタル先輩の、珍道中が幕を開けた。




