第127章:暇を持て余した地縛霊と、地下のガラクタ弄り
4月の停滞
3年生の4月。新学期が始まって数週間。 俺、古田降太は、放課後の屋上から裏世界の園芸部へ通うのが日課になっていた。
「お邪魔します……」
ドアを開けると、そこは相変わらずの「聖域」だった。 宇多川先輩の絵の力で、埃ひとつないピカピカの校舎。窓の外には永遠の夕暮れと花畑。 平和だ。平和すぎる。
「あら、いらっしゃい。今日も早いのね」
櫻子先輩が、プランターの手入れをしながら迎えてくれた。 彼女の仕事(悪意の浄化)は、聖なるバリアによって自動化されてしまったため、今の彼女は完全に「有閑地縛霊」だ。
「部活(ボランティア部)も、キティ先輩たちが卒業して新体制になったばかりで、まだ暇なんですよ」
俺は椅子に座り、ため息をついた。 3年生。受験生。 現実世界では進路相談だの模試だのが始まっているが、ここに来ると時間が止まったような錯覚に陥る。
幽霊の筋トレ事情
「……暇だ」
テラスの方から、低い唸り声が聞こえた。 加藤先生(25歳姿・幽霊)だ。 彼はハンモックの上で、腹筋運動をしようとしていたが、体が透けていて上手くいかないらしい。
「くそっ! 筋肉に負荷がかからん! エクトプラズムの密度が足りないのか!?」
「先生……死んでまで筋トレしなくても」
「バカ者! 魂の強度は筋肉の強度と比例するんだ!」
先生は悔しそうに空中に浮いた。 足がない。完全な幽霊スタイルだ。 先月の卒業式で劇的な大往生を遂げたはずなのに、この世界に弾かれて成仏できなかった男。
「それにしても、退屈だ。この世界は頑丈すぎて、壁にヒビひとつ入らん。冒険の余地がないぞ」
先生は、ピカピカの校舎の壁をコンコンと叩いた(音はしない)。 宇多川先輩の「聖なる防壁」は、中の住人にとっても強固な檻となっていた。
地下の秘密基地
「そういえば先生。最近、地下の配管室に籠もってますよね?」
俺が尋ねると、先生はニヤリと笑った。
「おう。暇つぶしに、あそこのガラクタを整理しているんだ」
「ガラクタって……まさか、七不思議ですか?」
「そうだ。以前回収した『人体模型』や『多言語ラジオ』、それに『鏡の破片』……。あいつらが埃を被っているのが忍びなくてな」
先生は、子供のようなワクワクした顔で言った。
「ちょっと『改造』してやろうと思ってな。安中(野球部前キャプテン)のくれたバットや、溝渕(ボランティア部前副部長)の空き缶プレス機のパーツも組み込んでみた」
「……何を作ってるんですか?」
「名付けて『全自動・除霊マッスル・マシーン』だ! これがあれば、俺が動けなくても自動でトレーニングができる(かもしれない)!」
嫌な予感がする。 七つの呪物と、生徒たちの想いがこもったアイテムを混ぜ合わせるなんて、ろくなことにならない気がする。
「あ、そうそう。お前が見つけた『8インチフロッピー(コア)』も、回路に組み込んでおいたぞ」
「えっ!? あの重要アイテムを!?」
「OSとして丁度よくてな。あれを入れたら、ガラクタたちが意思を持ったように動き出したんだ」
先生は楽しそうに笑う。 俺と櫻子先輩は顔を見合わせた。
「……大丈夫かしら。あのフロッピー、私の魂のデータが入っていた器よ?」
「変な化学反応を起こさなきゃいいですけど……」
嵐の前の静けさ
「まあ、気にしすぎるな。この世界は『聖域』だ。爆発なんて起きんよ」
先生は楽観的だ。 俺たちは、淹れてもらったハーブティーを飲んだ。 静かな午後。 現実世界では、新しい校長先生(真面目そうな人)が赴任し、学校は落ち着きを取り戻している。 裏世界も、こうして平和な時間が流れている。
けれど、俺の「視る目」は、地下の奥底から微かな「駆動音」が響いているのを感じていた。 ヴォン……ヴォン……。 それは、まるで巨大なエンジンが目覚めの時を待っているような、力強い鼓動だった。
「……5月になったら、また何か起きそうですね」
「そうね。……でも、あなたがいれば大丈夫よ」
先輩が微笑む。 俺たちはまだ知らない。 先生の暇つぶしの工作が、とんでもない「鋼鉄の救世主」を産み落とそうとしていることを。
3年生の春は、嵐の前の静けさの中で過ぎていった。




