第126章:鉄壁の聖域と、新任の地縛霊教師
3年生の春、変わってしまった世界
4月。新学期。 加藤校長の葬儀から1ヶ月が過ぎ、学校は深い悲しみから少しずつ立ち直りつつあった。 俺、古田降太は、3年生になった。 そして今日から、再び裏世界(園芸部)へ顔を出すことにした。
「……先生がいなくなって、あっちの世界は大丈夫だろうか」
校長の死=世界の維持者の消失だ。 裏世界が崩壊して、ただの花畑に戻っているかもしれない。あるいは、不安定になって嵐が起きているかもしれない。 俺は覚悟を決めて、屋上の「どこでもドアノブ」を回した。
ガチャリ。
「……えっ?」
扉を開けた俺は、絶句した。 そこには、かつてないほど「堅牢で、美しい校舎」が聳え立っていたからだ。
ボロボロだった木造校舎は、新築のようにピカピカに輝いている。 空気は清浄すぎて、埃ひとつ舞っていない。 まるで、神殿か何かのようだ。
「なんだこれ……。前よりグレードアップしてないか?」
失業した魔女
俺は園芸部へ向かった。 そこには、櫻子先輩がいた。 しかし、様子がおかしい。彼女はプランターの前で、シャベルを持ってイライラしていた。
「……硬いわ。硬すぎるのよ!」
「先輩? 何してるんですか?」
「あら、ふるふる君。……見ての通りよ。土が硬すぎて、花が植えられないの」
先輩が地面を指差す。 花壇の土は、まるでコンクリートかダイヤモンドのようにカチカチに凝固しており、スコップが刺さらない。
「宇多川先輩の絵のせいよ」
先輩は旧校舎の美術室の方角を睨んだ。 そこにある「聖・放課後ティータイム図(キャンバスの壁)」が、現実世界だけでなく、この裏世界にも強力すぎる「聖なる結界(固定化)」を及ぼしているのだ。
「あの絵が『この学校は平和で完全である』って定義しちゃったせいで、世界の構造がガチガチにロックされちゃったの。おかげで、私はプランターでしか花を育てられないわ」
「そんな弊害が……」
さらに、先輩は窓の外を指差した。
「それだけじゃないわ。見て」
校庭の真ん中。 そこには、生徒たちの悩みやストレスから生まれた「悪意」が、黒い霧となって漂っていた。 本来なら、先輩がそれを吸い上げ、園芸部で花にするはずだ。 しかし。
ポンッ! ポンッ!
悪意の霧が、その場で勝手に浄化され、綺麗な花となって校庭に咲き乱れていく。
「……自動化されてる」
「そう。あの絵の聖なるパワーが、私の仕事を奪ってしまったの。今の私は、ただの『暇な地縛霊の女の子』よ」
先輩はガックリと肩を落とした。 悪意を浄化し、花を育てる。それが彼女の存在意義だった。 それが失われた今、彼女は自分がここにいる意味を見失いかけている。
新任の地縛霊
「……全くだ。困ったものだな、芸術というのは」
その時、テラスから聞き覚えのある声がした。 ハンモックが揺れている。
「……え?」
俺は恐る恐る近づいた。 そこにいたのは、タンクトップ姿の筋肉質な青年。 25歳の姿の加藤先生だった。
「せ、先生!? 生きてたんですか!?」
「バカ言え。死んだよ、先月」
先生は起き上がり、自分の体を指差した。 その体は、以前のような実体感はなく、うっすらと透けている。 そして、足元がない。
「正真正銘、幽霊だ」
「なんで……成仏しなかったんですか?」
「しようとしたさ! あの素晴らしい葬式で、私は満足して空へ昇ろうとした!」
先生は悔しそうに拳を震わせた。
「だがな……弾かれたんだ」
「弾かれた?」
「宇多川の絵が張った『聖なるバリア』が強すぎてな。私の魂が『この学校の守り神(一部)』として認識され、外に出られなくなってしまったんだよ!!」
「マジですか……」
なんという皮肉。 宇多川先輩が、先生や俺たちへの感謝を込めて描いた「守りの絵」。 それが強力すぎて、先生の魂をこの世に(正確には裏世界に)縫い止めてしまったのだ。
奇妙な共同生活、再び
「というわけで、私は今日から『新任の地縛霊』だ。よろしく頼むぞ、先輩(櫻子)」
先生が敬礼する。 櫻子先輩は、深いため息をついた。
「はぁ……。まさか、死んでからもあなたの世話をすることになるなんて」
でも、先輩の口元は少しだけ緩んでいた。 仕事(浄化)はなくなったけれど、話し相手が戻ってきたことは、やっぱり嬉しいのだ。
「まあ、いいわ。プランターでの栽培も、極めれば奥が深いかもしれないし」
「私も、幽霊としての筋トレ方法を開発する必要があるな。エクトプラズム・マッスル……」
二人は、予想外の「余生(?)」に順応しようとしていた。
俺は、ピカピカに固定された校舎と、二人の地縛霊を見渡した。 悲しみは癒えたわけではないけれど、このシュールな光景を見ていると、涙も引っ込んでしまう。
「……とりあえず、3年生も賑やかになりそうですね」
俺は、持ってきたお供えの饅頭(現実で買ったやつ)をテーブルに置いた。 先生はそれを(線香の煙として)美味そうに吸い込み、先輩はプランターに土を入れ始めた。
鉄壁の聖域と化したこの裏世界で、奇妙な共同生活が再び始まる。 今はただ、この少し歪で温かい日常が、続いていくことを願うだけだった。




