第122章:雪のグラウンドと、エースのプロポーズ 雪中行軍
12月下旬。終業式が終わった放課後。 東京には珍しく、大雪が降っていた。 校庭は一面の銀世界だ。
「さむぅ……」
俺は帰ろうとしていたが、スマホにメッセージが入った。
『グラウンドに来い。絶対だ』
差出人は、赤城烈兎。 嫌な予感しかしない。
グラウンドに行くと、雪かきがされたマウンドに、赤城が一人で立っていた。 半袖のアンダーシャツ一枚。湯気が出ている。
「よう古田。付き合え」
赤城は俺にキャッチャーミットを投げ渡した。
「……お前、こんな雪の中で投げるのか?」
「雪だから投げるんだよ。足場が悪い中で体幹を鍛える。基本だろ?」
理屈は通っているようで通っていない。 俺は観念して、防具をつけた。 俺たちは、雪の降る静かなグラウンドで、ただひたすらボールを投げ合った。
バシッ!
重い音が響く。 赤城の球は、夏よりも速く、重くなっていた。 この一年、こいつはずっと投げてきたのだ。
エースの願い
「……ナイスボール」
「へへっ。キレてるだろ?」
赤城は帽子を直し、ロジンバッグ(滑り止め)を雪に叩きつけた。 そして、真っ直ぐに俺を見た。
「あとな、古田。……頼みがある」
「なんだよ、改まって。金なら貸さんぞ」
「ちげぇよ。……来年の夏。俺にくれ」
「……は?」
プロポーズかと思った。 雪の中で、男二人。シチュエーションがおかしい。
「俺は、本気で全国(全中)を狙う。そのためには、お前の『目』と『データ分析』が必要なんだ」
赤城は真剣だった。 俺は野球部の正規部員ではない。あくまで「名誉捕手」という名の助っ人だ。 ボランティア部もあるし、実行委員もやらされる。 だが、赤城は俺を、対等のパートナーとして必要としている。
「3年生になったら、お前も忙しいのは分かってる。受験もあるし、お前……なんか『別のこと』でも忙しそうだしな」
赤城は、俺の「裏の事情(櫻子先輩のこと)」を詳しくは知らないが、何かを背負っていることには気づいている。
「それでも、俺はお前とバッテリーを組んで、てっぺんを取りたいんだ! 俺の背中を預けられるのは、お前しかいねぇ!」
最後の夏への約束
熱い。雪が溶けそうだ。
俺には、来年(3年生)、やるべきことがある。 先生の体調は、日に日に悪くなっている。いつか来るかもしれない「別れ」の予感。 そして、櫻子先輩の蘇生。絶対に成功させなきゃいけない、人生最大のミッションだ。
激動の一年になるはずだ。 野球なんてやっている暇はないかもしれない。
でも。 こいつの、この真っ直ぐな瞳を裏切ることはできない。 俺たちは、補習合宿で背中を預け合い、数多の修羅場をくぐり抜けてきた戦友だ。
「……分かったよ」
俺はミットをパンと叩いた。
「俺でよければ、付き合うよ。俺の『目』で、お前を日本一のピッチャーにしてやる」
「おう!! 約束だぞ!!」
赤城が満面の笑みで、今日一番の剛速球を投げ込んでくる。
ズバンッ!!
痛い。でも、心地よい痛みだ。 2周目(やり直し)の冬。 俺は、前回見落としていた「仲間たちの想い」を、しっかりと受け止めていた。
来年の夏は、忙しくなりそうだ。 俺は雪空を見上げ、武者震いを感じていた。




