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第121章:聖人の飢餓と、禁断の球根取引


満たされないキャンバス


12月中旬。 俺は、美術室の前で立ち止まっていた。 中から、うめき声のようなものが聞こえる。

「……違う。これじゃない。光が足りない……!」

ドアを開けると、そこには頭を抱える宇多川茂麻呂先輩がいた。 いつもの後光が消えかかっている。 目の前には巨大なキャンバス。しかし、そこは真っ白なままだ。

「古田くん……!」

先輩は俺を見るなり、縋り付いてきた。

「助けてくれ。描けないんだ。……『真理』が見えない!」

「どうしたんですか? いつも胡麻クッキーで安定してたじゃないですか」

「胡麻じゃダメなんだ! 今度、美大主催のライブドローイングがある。そこで僕は、世界を救済する絵を描かねばならない。……だが、胡麻のエネルギーでは、筆が『天』に届かない!」

先輩の目は血走っていた。 聖人化した彼を支えていたのは、マイルドな霊力(胡麻)だった。 しかし、ここ一番の大作を描くには、もっと重く、ドロドロとした、根源的なエネルギーが必要なのだ。

「欲しいんだ……。あの、脳髄が痺れるような『死の味』が! そう、『球根』だ! 球根をくれぇぇぇ!」


交渉人・古田


禁断症状だ。 彼は俺の胸ぐらを掴み、涎を垂らしている。 このままでは、彼は芸術と共に自滅してしまう。

「……分かりました。聞いてみます」

俺は屋上へと走った。 ドアノブを回し、裏世界の園芸部へ。

「先輩! 宇多川先輩がヤバいです! 球根クッキーを欲しがってます!」

櫻子先輩は、紅茶の手を止めて眉をひそめた。

「ダメよ。あれは劇薬だわ。普通の人間が食べたら、精神が崩壊しかねない」

「でも、あいつはもう普通じゃないです! あれがないと、描けないって……!」

「……ハァ」

先輩はため息をつき、棚の奥にある「厳重に封印された瓶」を取り出した。 中には、ドス黒いオーラを放つクッキーが入っている。

「一枚だけよ。……その代わり、条件があるわ」

「条件?」

「そのライブドローイングで描いた絵……一番良い部分を切り取って、私に奉納させなさい。この裏世界に飾るわ」

櫻子先輩は、宇多川の絵が持つ「力(現実改変能力)」を評価していたのだ。

「分かりました! 伝えます!」


芸術の爆発


俺は美術室に戻り、クッキーを渡した。 宇多川先輩はそれをひったくり、貪るように食べた。

ガリッ、ボリッ……!

瞬間。 部屋の空気が凍りついた。 先輩の瞳孔が開き、口元が三日月型に裂けるように歪む。

「……キヒッ。……キヒヒヒヒヒ!!!」

ドオォォォォン!!

先輩の背後から、黄金色を通り越して漆黒に輝くオーラが噴き出した。 狂気と聖性が融合した、完全なるトランス状態。

「視える! 視えるぞ! 宇宙の産声が! 魂の叫びが!」

シュババババッ!!

先輩は筆を握り、キャンバスに向かった。 描かれていくのは、地獄のような、天国のような、見た者の脳を焼き切るごとき「救済の図」。

「約束だぞ、宇多川先輩! 完成したら、一番いいところを櫻子先輩に渡すんだ!」

「ああ! 喜んで! 僕の魂ごと捧げよう!!」

数日後。 ライブドローイングは大成功(観客の半数が失神するほどの感動)を収めた。 そして、裏世界の園芸部には、切り取られたキャンバスの一部――「微笑む天使(櫻子に似ている)」の絵が飾られることになった。

宇多川先輩は燃え尽きて一週間寝込んだが、その顔は満足げだった。


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