第119章:沈黙のプレス機と、優雅な紅茶の温度
2周目の部室
11月中旬。 「スリップ・フルーツ」によって時間を巻き戻された俺、古田降太は、2度目の2年生・冬を過ごしていた。 期末テストの問題は全て記憶済み。授業中も余裕しゃくしゃくだ。
「……ふぅ」
俺は参考書を開くフリをして、向かいの席の二人を観察していた。 部長の本田キティ先輩(3年)と、副部長の溝渕福造先輩(3年)だ。
二人はコタツに入り、向かい合って作業をしている。 キティ先輩はベルマークの集計。 溝渕先輩は、空き缶のプルトップの分別。
会話はない。 しかし、そこには濃密な空気が流れていた。
阿吽の呼吸
「……」
溝渕先輩が、無言で作業の手を止めた。 そして、コタツの上のミカンを一つ手に取り、無骨な手で丁寧に皮を剥き始めた。 白い筋まで綺麗に取り除くと、それを半分に割り、スッとキティ先輩の小皿に置く。
「……あら」
キティ先輩は顔を上げず、自然にそれを受け取った。
「ありがとうございます、福造さん。……今日は筋が少なくて、良い剥き具合ですわ」
「……うむ」
それだけだ。 目線すら合わせていない。 だが、その一連の動作は、長年連れ添った老夫婦のような「阿吽の呼吸」だった。
(……名前呼び!?)
俺は戦慄した。 いつの間に「溝渕様」から「福造さん」に進化したんだ。 というか、あの強面の溝渕先輩が、ミカンの筋を取ってあげるだと?
言葉はいらない
キティ先輩が、今度はポットを持ち上げた。
「……少し、ぬるいですわね」
独り言のように呟く。 すると、溝渕先輩が即座に立ち上がり、ストーブの上のヤカンから熱湯を注ぎ足した。 最適な温度。 キティ先輩が一口飲み、ふわりと微笑む。
「……完璧ですわ」
その笑顔を見た溝渕先輩の口元が、わずかに(数ミリだけ)緩んだのを、俺は見逃さなかった。 彼はポケットから、綺麗にプレスされたアルミ缶を取り出した。 今日の収穫の中で、最も美しく輝く「Aランク」のアルミだ。
それを、無言でキティ先輩の前に置く。
「まあ。……まるで銀貨のようですわね」
キティ先輩はそれを愛おしそうに眺め、手帳に挟んだ。 プレゼントだ。 俺たちにはただのゴミ(資源)にしか見えないが、二人にとっては宝石のやり取りなのだ。
(……入っていけない)
俺は教科書で顔を隠した。 この部室には、俺と、そしてこの「完成された二人」しかいない。 完全に邪魔者だ。
彼らはもうすぐ卒業する。 別々の進路へ進むけれど、この二人の絆は、アルミ缶のように決して錆びず、プレスされたように強固に結びついているのだろう。
俺は、窓の外の寒空を見ながら、少しだけ温かい気持ちになった。 これが、大人の(?)恋なのかもしれない。




