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第117章:白い紙の重みと、見えない釣り針


空白の進路希望


2年生の12月。冬休みを目前に控えた放課後。 教室の空気は、期末テストの返却と、ある一枚の紙のせいで少し重かった。 担任の角田先生から配られた『進路希望調査票(予備)』だ。

「……はぁ」

ボランティア部の部室。 俺、古田降太は、真っ白な回答欄を見つめてため息をついていた。

「どうしましたの、古田様。この世の終わりみたいな顔をして」

向かいの席では、3年生の本田キティ部長が、受験勉強の合間に紅茶を淹れている。 彼女は既に、実家の「満腹楼」を継ぐための経営学が学べる大学付属高校への推薦が決まっている(文武両道だ)。

「いえ……進路が、書けなくて」

俺は周りを見渡した。 溝渕副部長(3年)は、リサイクル技術の名門工業高校へ。 1年の安倍清和は、「陰陽師」という家業があるため迷いがない。 クラスメイトの赤城烈兎は、野球の強豪校からスカウトが来ている。

「みんな、すごいですよね。自分の『得意』や『やりたいこと』がハッキリしてて」

俺はペンを回した。

「俺には、何があるんでしょう。勉強もそこそこ、運動も普通。特技といえば……」

「『巻き込まれること』ですわね」

キティ先輩が即答した。

「あと、『空き缶拾い』と『ドブさらい』だ」

溝渕先輩が真顔で追加する。

「……やっぱり、それくらいですよね」

俺はガックリと項垂れた。 ゴミ拾いやトラブル処理は得意になったけど、それは「職業」じゃない。 俺は将来、何者になればいいんだろう。 悶々と考え込み、意識が沈んでいく。

(……俺の取り柄って、なんだろう……)


強制連行(不可視)


その時。 天井から「透明な糸」が垂れてきたことに、俺以外の誰も気づかなかった。 キティ先輩も、溝渕先輩も、紅茶を飲んでいるだけだ。

だが、俺の背中には、確かな「衝撃」が走った。

「ぐっ!?」

見えない釣り針が、俺の魂の根っこをガシッと掴んだのだ。 抵抗する間もない。

「古田様?」

キティ先輩が怪訝な顔をした瞬間。

ヒュンッ!!

俺の意識(魂)が、肉体から引き剥がされ、天井へと高速で引き上げられた。 現実世界では、俺の体は糸が切れた操り人形のように、机に突っ伏した(寝落ちした)ことだろう。

「……あら? 寝てしまいましたわ」 「悩みすぎて知恵熱か……」

遠ざかる先輩たちの声を背に、俺は次元の壁をすり抜けた。


魔女の進路指導室


「……っと!」

着地したのは、ふかふかの腐葉土の上だった。 顔を上げると、そこは裏世界の園芸部。 櫻子先輩が、釣り竿を片手に満足そうに笑っていた。

「いらっしゃい、迷える少年。……眉間のシワ、凄かったわよ?」

「先輩……。予告なしの一本釣りは勘弁してください」

俺は土を払って立ち上がった。 テラスでは、加藤先生(25歳)が焚き火で焼き芋を焼いている。

「よう少年。進路の悩みか? 青春だな」

「先生はいいですよね。冒険家っていう天職があって」

俺はテーブルの席に座り、ここでもため息をついた。

「俺、自分がどう見られてるのか、何が得意なのか、分からなくなっちゃって。……先輩から見て、俺ってどんな人間ですか?」

俺の問いに、櫻子先輩は紅茶を注ぎながら、少し考えてから口を開いた。

「そうねぇ……。一言で言えば、『接着剤』かしら」

「接着剤?」

「ええ。あなたは、バラバラなものを繋げる天才よ」

先輩は指を折って数え始めた。

「筋肉(角田)と乙女(山口)を結びつけ、オカルト(なのは)と野球(赤城)を共存させ、陰陽師(安倍)と妖怪タマを仲良くさせた。……そして、この世(私)とあの世(現実)さえも繋いでいる」

先輩は、真っ直ぐに俺の目を見た。

「あなた自身に突出した才能はないかもしれない。でも、あなたが間に入ることで、周りの才能が輝き出す。……それは、誰にでもできることじゃないわ」

「……!」

「それに、あなたの最大の取り柄は、その『しつこさ(執着)』よ。一度決めたら、テコでも動かない。……私を蘇生させようだなんて、普通の人間ならとっくに諦めてるわ」

先輩は悪戯っぽく笑った。

「自信を持ちなさい。あなたは、私の選んだ『ヒーロー』なんだから」


白紙の地図


「……接着剤、か」

俺は自分の手を見た。 何も持っていない手だと思っていたけれど、この手はたくさんの人と繋がってきた手だ。

「少年。進路なんて、今は白紙でいいんだ」

加藤先生が、焼きたての焼き芋を半分こして渡してくれた。

「地図を持たずに歩くのも、冒険の醍醐味だ。……お前には、私にはなかった『時間』という無限の財産がある。焦ることはない」

先生の言葉には、残り少ない時間を生きる者特有の、優しさと重みがあった。

「……そうですね。ありがとうございます」

俺は焼き芋を齧った。 甘くて、温かい。

「とりあえず、進路希望には『世界を救う(予定)』って書いておこうかな」

「ふふっ。先生に怒られるわよ」

「ガハハ! 担任が角田なら、『よし、筋肉で救え!』って判子を押してくれるかもしれんぞ」

俺たちは笑い合った。 悩みは完全には晴れていないけれど、方向音痴なままでも、もう少し歩いてみようと思えた。


帰還


「さて、戻ります。キティ先輩たちに心配かけちゃうんで」

「ええ。いつでも釣ってあげるわ」

先輩に見送られ、俺は現実へ戻った。 (※帰りはくしゃみではなく、先輩のキックでリリースされる)

ドンッ!

「……はっ!」

部室で目を覚ますと、キティ先輩が俺の顔を覗き込んでいた。

「古田様、おはようございます。……随分と深く眠っておいででしたわ」

「すみません、ちょっと夢の中で進路相談を……」

俺はシャーペンを握り直し、進路希望欄に『未定(探し中)』と書いた。 今はまだ、これでいい。

窓の外では、粉雪が舞い始めていた。 もうすぐ冬休み。そして、クリスマスがやってくる。


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