番外編5:クールな秘書の暴走と、仁義なきドライブデート
システム管理者の憂鬱
11月某日。文化祭が終わったあとの休日。 街の喧騒から少し離れたカフェのテラス席に、一人の女性が座っていた。
加藤 菫。28歳。 この春、父である加藤校長に頼み込まれ、途中採用で赴任した情報処理科の教師だ。 黒髪をきっちりとまとめ、休日はタイトなパンツスーツではなくシックな私服(黒のライダースジャケット)を着ているが、その知的な眼鏡と冷ややかな美貌は、「できる秘書」あるいは「女殺し屋」の雰囲気を漂わせている。
(……はぁ。平和ですわね)
彼女はエスプレッソを飲みながら、道ゆくカップルを眺めた。 先日の文化祭で、同僚の山口先生(30歳)が、あの筋肉ダルマ・角田先生と結ばれたのを見て、彼女の心は少しささくれ立っていた。
(私も、そろそろ素敵な出会いが欲しいものですわ。……できれば、『高倉健』や『菅原文太』のような、不器用で男気のある方と)
彼女の趣味は、渋すぎた。 令和の世に、そんな昭和の任侠スターのような男がいるはずもな――
「おい姉ちゃん! 一人? 茶ァしばかへん?」
その時、彼女のテーブルに影が落ちた。 チャラついた格好の男二人組だ。タチの悪いナンパである。
「……結構です。連れがいますので」
菫は冷たくあしらったが、男たちは引かない。
「ええやんかー! ちょっと遊ぼうや!」 「ほら、行こうぜ!」
男の一人が、菫の腕を掴もうとした。 その瞬間。
仁義なき救出劇
「……おい」
地獄の底から響くような、ドスの効いた声がした。
「ヒッ!?」
男たちが振り返ると、そこには漆黒のダブルスーツ(私服)を着た、身長190cm近い巨漢が立っていた。 顔には古傷(に見えるシワ)、眼光はナイフのように鋭い。
「その人、俺の連れなんだが……。何か用か?」
与市 星一先生だった。 彼は、ナンパ男の肩に手を置き、ギリリと握りしめた。
「い、いえ! 人違いでしたァッ!!」
男たちは悲鳴を上げて脱兎のごとく逃げ出した。 与市はフンと鼻を鳴らし、すぐに姿勢を正して菫に向き直った。
「失礼しました、お嬢。……いや、加藤先生。怪我はありませんか?」
「……与市先生」
菫は、サングラスの奥で目を輝かせていた。 (か、かっこいい……! まるで映画のワンシーン! 昭和の銀幕スターそのものですわ!)
彼女はかねてより、職員室で一際異彩を放つこの数学教師(元ヤクザ風)に目をつけていたのだ。しかし、奥手な彼女は話しかけるきっかけを掴めずにいた。
「助かりましたわ。……あの、お礼をさせてください」
「いえ、同僚として当然のことをしたまでです」
与市は不器用に頭を下げ、去ろうとする。 逃してなるものか。 菫は立ち上がり、勝負に出た。
「あの! ……もしお時間があれば、これからお茶でもいかがですか? 郊外に新しくできたショッピングモールに、美味しいコーヒーがあるそうですの」
「郊外……? 『イオンモール〇〇』ですか?」
与市は困った顔をした。
「あそこへは、ここから電車とバスを乗り継いで1時間はかかります。今日はもう夕方ですし、やめておいた方が……」
彼は、あくまで紳士的に(そして少し鈍感に)断ろうとした。 しかし、菫は口元に不敵な笑みを浮かべた。
「移動時間なら、心配いりませんわ」
彼女はポケットから、愛車のキーを取り出した。 指先でクルクルと回す。
「足なら、あるよ」
そのセリフは、完全に『走り屋』のそれだった。
羊の皮を被った狼
「……こ、これは」
コインパーキングに案内された与市は、絶句した。 そこに鎮座していたのは、深緑色に輝く、旧車中の旧車。
『トヨタ・カローラレビン(TE27型)』。 通称、ニイナナ・レビン。昭和の名車だ。 しかし、オーバーフェンダーは太く張り出し、車高は極限まで落とされ、マフラーからは只者ではないオーラが漂っている。
「父(校長)の趣味で買ったポンコツを、私が少し『調整』しましたの」
菫はボンネットを愛おしそうに撫でた。 彼女は、学校のシステム「櫻の樹」を作り上げた天才エンジニアであると同時に、重度のメカニック(改造魔)でもあったのだ。
「乗りな。……飛ばすよ」
菫が運転席に座り、キーを回す。
ドゥルンッ……!! ヴァァァァァァァン!!!
爆音。 それは、本来この車に積まれているはずの2T-Gエンジンの音ではなかった。 もっと現代的で、凶暴な、ラリーカーのような咆哮。
「お嬢……? このエンジン音、まさか……」
「ええ。『G16E-GTS(GRヤリスのエンジン)』に換装済みよ。300馬力オーバーですわ」
「バケモノか!!」
与市は顔面蒼白で助手席に乗り込み、シートベルトを両手で握りしめた。
首都高の華
「行きますわよ!」
ギャアアアアアン!!
タイヤが白煙を上げ、レビンがロケットのように発進した。 Gが体をシートに押し付ける。
「ちょ、速っ!? ここ一般道ですよ加藤先生!?」
「すぐに高速に乗りますわ!」
ETCゲートを突破し、首都高速へ。 ここからが、彼女のステージだ。 菫は、普段のクールな表情のまま、ハンドルを的確に、そして攻撃的に操った。
「あのアウディ、遅いですわね」
ウインカーもそこそこに、高級外車をインからブチ抜く。 ヒール&トゥ。シフトチェンジの衝撃。 彼女のドライビングテクニックは、プロ級だった。
「うおおおおおっ!?」
与市先生(元ヤンチャ)ですら、この加速には悲鳴を上げている。 しかし、菫には聞こえていない。 彼女の脳内では、任侠映画のBGMとユーロビートが混ざり合い、最高に高揚していた。
(隣には憧れの彼。足元には最高のエンジン。……最高にキラキラしていますわ!)
夕暮れの首都高。 ビル群の灯りが流線となって後ろへ飛び去っていく。 菫は横目で、必死にアシストグリップを握る与市を見て、愛おしさを感じた。
「先生。……私の運転、いかが?」
「……命の危険を感じるが、悪くない。……あんた、いい女だな」
極限状態の吊り橋効果か、それとも諦めか。 与市がボソッと言った一言に、菫の胸キュンメーターが振り切れた。
「……ッ! アクセル全開ですわーッ!!」
「やめろォォォォ!!」
モールでの安らぎ
30分後。 郊外のショッピングモールに到着した頃には、二人は心地よい疲労感(と動悸)を共有していた。
「……生きててよかった」
「ふふ。楽しかったですわね」
フードコートでコーヒーを飲みながら、二人は笑い合った。 周りから見れば、「ヤクザ風の男」と「ライダースの美女」という、近寄りがたいカップルだ。
「しかし、意外でした。先生の娘さんが、あんなじゃじゃ馬だったとは」
「父には内緒にしてくださいね。……また、乗ってくださいますか?」
菫が上目遣いで聞くと、与市は苦笑いして、少しだけ頬を染めた。
「……ああ。命の保証があるならな」
帰り道は、少しだけゆっくりと走った。 夜の帳が下りる中、TE27レビンのテールランプだけが、二人の恋の始まりのように赤く輝いていた。




