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第115章:百鬼夜行の掃除夫と、薄れゆく存在


トリック・オア・ワーク


10月31日、深夜。 裏世界の園芸部前は、ハロウィンらしい賑わいを見せていた。ただし、それは地獄の残業風景だった。

「ヒャアアアッ!」

紫陽花の根元の「綻び」から、黒いモヤのような魑魅魍魎ちみもうりょうが次々と這い出してくる。

「急急如律令! 滅せよ!」

安倍清和が呪符を投げ、青白い閃光で雑魚を散らす。

「くそっ、キリがないですね! 何匹いるんだ!」

「文句を言うな安倍! 働かざる者食うべからずだ!」

隣では、加藤先生(25歳)が巨大なジャック・オ・ランタンを被り、マチェットを振るっている。 俺、古田降太も、言霊の鞭で応戦していた。


巨大なカボチャの亡霊


その時。 穴の奥から、ズズズ……と巨大な気配がせり上がってきた。

「……親玉か!?」

現れたのは、直径3メートルはある巨大な腐ったカボチャの怪物だった。 冥道の澱みが凝縮され、ハロウィンの概念を悪食した成れの果てだ。

「グォォォォ……!」

怪物は、俺たちの攻撃をブヨブヨの体で吸収し、無効化してしまう。 さらに、口から毒々しいガスを吐き出し、園芸部の花畑を枯らし始めた。

「あっ……!」

テラスにいた櫻子先輩が、悲しげに顔を曇らせた。 彼女の大切な庭が、汚されていく。

ブチッ。

俺の中で、何かが切れる音がした。

桜色の質量兵器と、代償

「……よくも」

俺はムチを収めた。 こんな奴には、ムチの一撃じゃ生温い。 俺の胸の奥から、熱い塊がせり上がってくる。 先輩の居場所を守りたい。先輩を悲しませたくない。 その純粋で、重苦しいほどの「執着」を、魂ごと燃やす。

「俺の庭(先輩の場所)を、汚すなァァァッ!!」

ボォォォッ!!

俺の全身から、鮮やかなピンク色の付箋が、桜吹雪のように爆発的に噴き出した。 一枚一枚が、鋼鉄の硬度と、想いの熱量を持っている。

「なっ……!?」

安倍くんが目を見開く。

「術式も、詠唱もなしに……!? ただの『感情』を、ここまで高密度の物質に変換しているのか!?」

「行けぇぇぇッ!!」

俺が腕を振るうと、数千枚の付箋が嵐となって怪物に襲いかかった。

ババババババババッ!!

「グギャアアアッ!?」

付箋は怪物の肉を削ぎ、燃やし、その存在を「否定」していく。 物理攻撃と概念攻撃の同時爆撃だ。

「すげぇ……。陰陽術の理屈を超えてる……」

安倍くんは戦慄しながら見ていた。 だが、次の瞬間、彼の顔色が青ざめた。

「古田先輩!? 体が……透けてますよ!!」

「え?」

俺は自分の手を見た。 向こう側の景色が、うっすらと透けて見える。 大量の付箋を生成した代償として、俺の「存在力」がごっそりと持っていかれたのだ。 視界が霞む。体が、空気のように軽い。

「消えろッ!!」

俺は最後の力を振り絞り、怪物を粉砕した。 光の粒子となって消える怪物を見届けると同時に、俺の意識もフッと途切れた。


補給と、畏怖


「……っ!?」

倒れかけた俺を、冷たくて柔らかい手が支えた。 櫻子先輩だ。

「馬鹿な子……。またそんな無茶をして」

先輩は、懐から「魂の胡麻入りクッキー」を取り出し、俺の口に押し込んだ。

「食べなさい。早く!」

「……んぐっ」

クッキーを飲み込むと、体の奥から熱が戻ってきた。 透けていた手が、徐々に実体を取り戻していく。

「……はぁ、はぁ。すみません、先輩」

「もう……。私の庭なんかより、自分の身を案じなさい」

先輩は怒った顔をしていたけれど、その瞳は涙で潤んでいた。 俺が「消える」ことを、誰よりも恐れているのは彼女なのだ。

「合格やな」

テラスで見ていたニャルラトホテプが、パチパチと拍手をした。 彼はパチンと指を鳴らし、裏口の綻びを修復した。

「ほな、ワテはこれで。……あ、このクッキー美味いな。貰ってくで」

彼は嵐のように去っていった。


宴のあと


「……寿命が縮まりました」

安倍くんが地面に座り込んでいる。 俺も隣に座った。加藤先生もカボチャ頭を外して息をついている。

「お疲れ様。みんな、かっこよかったわよ」

先輩が、バスケットを持ってきてくれた。 中には、とっておきの「カボチャのタルト」が入っていた。

「……ふるふる君。ありがとう、守ってくれて」

先輩が、俺の頭を優しく撫でる。 その感触を確かめながら、俺はタルトを頬張った。

隣で安倍くんが、タルトを食べながらボソッと呟いた。

「……古田先輩。僕、一生先輩には逆らいません」

「え? なんで?」

「……自分の魂を削ってまで戦うなんて、正気の沙汰じゃありません。アンタ、優しそうな顔して、一番クレイジーですよ」

安倍くんは、本能的に悟ったのだ。 この先輩の「執着(愛)」は、時として自分自身すら燃やし尽くす、美しくも恐ろしい炎なのだと。

こうして、俺たちのハロウィンは幕を閉じた。 俺の体が消えかけた恐怖と、それをつなぎ止めてくれたクッキーの味は、忘れられない記憶となった。


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