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第106章:蔦のハンモックと、漏れ出す灯火 園芸部の昼下がり


9月上旬の放課後。 俺、古田降太は、屋上のドアノブを使って裏世界の園芸部に顔を出していた。 手には、文化祭の企画書(案)の束。

「また実行委員になったんですね。お疲れ様」

櫻子先輩が、少し呆れながらもお茶を淹れてくれた。 今日の茶葉は、秋の訪れを感じさせるキンモクセイの香りがする。

「ええ。角田先生に指名されまして……。でも、やるからには頑張りますよ。今年は『お化け屋敷』じゃなくて、もっと平和なやつにしたいですし」

「ふふ。期待してるわ」

俺たちは穏やかに談笑していた。 しかし、いつもと違うのは、テラス席の様子だ。

「……先生、寝ちゃいましたね」

テラスには、櫻子先輩が植物のつたで編んだハンモックが揺れている。 その中で、25歳の加藤先生が眠っていた。 いつもなら筋トレをしたり、冒険の話をしてくれる時間帯なのに。


隠しきれない消耗


「最近、起きている時間が短くなったわ」

先輩の声が少し沈んだ。

「あっち(現実)の校長としての仕事も忙しいのでしょうけれど……。こちらの肉体にまで、疲れが滲み出ている」

俺は、眠る先生の顔を見た。 25歳の若々しい顔立ちだ。でも、その肌の色が、以前よりも少し透き通って見える気がする。 時折、体全体にテレビの砂嵐のようなノイズが走る。

「……櫻子先輩。先生の寿命、あとどれくらいなんですか?」

俺はずっと聞きたかったことを、口にした。 先輩はティーカップを置き、静かに俺を見た。

「……分からないわ。でも、そう長くはない」

先輩は、先生の寝顔に視線を移した。

「私が焼いた『魂の胡麻入りクッキー』や、滋養強壮のハーブティーを飲んでもらっているけれど……。まるで、底の抜けた器に水を注いでいるような感覚なの」

「底の抜けた、器……」

「いくら生気エネルギーを足しても、魂そのものの器が摩耗して、そこからポロポロとこぼれ落ちてしまっている」

先輩は寂しげに言った。

「昔ね、この学校にいた用務員のおじいさんも、同じような状態になったことがあったわ」


用務員さんの記憶


「用務員さん?」

「ええ。今の『校長室(校庭のプレハブ小屋)』に住んでいた人よ。霊感があって、私の話し相手になってくれた優しい人だった」

先輩は49年間の記憶を辿るように語った。

加藤先生は校長に就任した際、立派な新校舎の校長室を使わず、あえて校庭の隅にあった古いプレハブ小屋をDIYで改造し、そこを「校長室」として使っている。 生徒たちの声が一番よく聞こえるからだと言っていたが、そこはかつて、先輩の友人でもあった用務員さんが住んでいた場所だったのだ。

「あの方も、ある時期から急に影が薄くなって……。私が何をしても、元気が戻らなくなってしまったの。そして、この『ノイズ』が見え始めてから、半年も経たずに……いなくなってしまったわ」

半年。 その言葉が、重い鉛のように俺の胸に落ちた。 加藤先生の寿命は「あと2年」と聞いていたけれど、それはあくまで最大値だ。 もし、この状態が「終わりの始まり」なのだとしたら……。

「……先生は、知ってるんですか?」

「ご自分の体のことだもの。私たちが言うまでもなく、感じているはずよ」

先輩はハンモックに近づき、垂れ下がった蔦を直した。

「だからこそ、焦っているのかもしれないわね。『自分が消える前に、この世界(学校)と私をどうにかしなければ』って」


眠れる獅子の覚悟


加藤先生が寝返りを打ち、うっすらと目を開けた。

「……ん? なんだ、二人して辛気臭い顔をして」

先生はニカっと笑ったが、その笑顔もどこか儚げだった。

「少年。文化祭、楽しみにしてるぞ。……私は、特等席で見せてもらうからな」

「はい! もちろんです!」

俺は元気に答えた。 不安を見せてはいけない。先生が安心して眠れるように、俺は俺の役割(日常を守ること)を全うしなければならない。

「……おやすみ、先生」

俺はそっとテラスを離れた。 帰り道、屋上のドアノブを握る手が震えた。 文化祭、修学旅行、そして冬。 残された季節の一つ一つが、先生と過ごす「最後」になるかもしれない。

俺は唇を噛み締め、夕暮れの校舎へと戻った。 やるべきことは山積みだ。立ち止まっている暇はない。


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