最後のムラ③
ババ抜き開始。まずはカードを切る。別に急いで切ることはしないし、かと言ってわざわざ怪しまれる遅さでカードを扱うこともしない。落ち着け、冷静になれ。まずは種蒔き。スピードを落とすのはここ、カードを配る時だ。1枚1枚丁寧に、受け手の正面に、散らからないように静かに置いている。そんな風に映ってくれていれば好都合だ。標的は黒点を打った3枚のカード。8、キング、そしてジョーカー。大丈夫、練習では10回やれば7、8回は成功するまで体に染み込ませたのだ。できるはずだ。祈るように眼球をフル稼働させながら慎重にカードを配布した。
自分の手元に8かキング、もしくは両方のペアが出来上がっても敢えて捨てずにキープしておく、という作戦も考えた。序盤は静かに淡々とゲームをすすめれば良いというのが俺の頭の中のシミュレーションだった。このイカサマは終盤でこそ活きる。勝負所、2択、3択の場面でこのイカサマを活用できるような状況下となれば、一抜けの可能性が大幅にアップする。さて、カードを配り終えた。俺の手元には仕込んだキングが1枚。悪くないスタートとなった。
並びは俺から時計回りに蓑口さん、運び屋、ラビ。俺の左手側に蓑口さん、正面に運び屋、右隣がラビ。俺は蓑口さんのカードを引き、ラビが俺のカードを引く。8、キング、ジョーカー、3枚のイカサマカードの行方は掴むことができた。イカサマの8は運び屋に渡り、ペアとして捨てられることもなく彼の手元に収まっている。そしてジョーカーはと言うと、ラビの所に渡って行った。ジョーカーが回ってくるとしても時間がかかる。一方で俺のイカサマキングについてはどうにかしてラビに引かせないでゲームを進めていくのだ。まずまずの初期状態でゲームスタートとなった。手持ちの枚数は皆仲良く5、6枚といった所かな。極端に多い者、少ない者はいない。上面ではほぼほぼイーブンの始まりである。
俺の無神経な発言のせいで真っ暗なババ抜きが展開されるだろうと不安だったが、ラビのおかげで明るく、楽しく、健全なババ抜きができそうだ。
「エッヘッヘー。ど、れ、に、し、よ、う、か、な~です。」
俺のカードを引く度に歌ってくれるものだから、場が和んで仕方ない。俺だけではなく、蓑口さんも運び屋も自然と口元が緩む。のんびりと時間が進むから麦茶を飲む余裕もできる。ホッと一息つくことができる。家族の様だ。同僚ではなく、仲間ではなく、家族。その家族を今俺は、欺こうとしている。迷いなく、計画的に、二の足を踏むことなく。
「いくらでもゆっくり選んで構わないけれど、ババを引いても恨みっこなしだからな。」
「あれぇ、如月さん、ババを持っているですか~?」
「さぁ、どうでしょう?」
「ええ~・・・ッヘッヘッヘです~。」
イカサマに対する罪悪感か、家族を騙していることに対する罪悪感か、ラビへの罪悪感か。どうかこの罪悪感に免じて1位を取らせてくれ・・・もう自分の思考回路が混乱して道理も辻褄も押し潰してしまった。ラビとの会話だって上の空。ラビには申し訳ないがラビに手持ちのイカサマキングを引かせないことしか俺の頭にはなかった。
ゲームは中盤へ。勝負の鍵となるイカサマキングを小手先の足掻きでラビに引かせぬまま、順調にカードを消化していく。イカサマの8はペアとなって捨てられ、ジョーカーは運び屋から蓑口さんの手に渡った。そう、俺がジョーカーを引く可能性が出て来た。自分の意志で管理できる可能性ではあるが。申し訳ないことに、蓑口さんの手札からババが移動することはない。ここまでは計画通り事が運んでいた。ここまでは。
俺の掌の上でゲームは進んでいたはずだった。運も俺に味方し、一言でいえば順風満帆。疑っていなかった。原因はイカサマのシミュレーションばかりに気を取られていたことで、ゲームそのものへの関心が乏しかったこと、というのはあまりに手厳しい。突然だった。
その時の状況としては、ラビの手札だけが6枚だか7枚。俺、蓑口さん、運び屋は3、4枚。ラビだけがひとり遅れていた。
「う~んと、え~と・・・ど、れ、に―」
迷った時も迷っていない時も歌を歌いながら、時間をかけて引くカードを選ぶラビ。決心がつくと、というか歌が終わった時に手の止まっていたカードを勢い良く引く。すると、
「あー!あったです~。」
どうやらペアを作ることができたようだ。それでもラビが後れを取っていることに変わりはない。蓑口さんや運び屋のカードが減ったら焦ってしまう所だが、ラビのワンペアは聞き流すことができた。ラビがパサッと2のペアを捨てた。さらに。そう、さらになのだ。スタート時以外、ババ抜きでさらにはあり得ないのだ。
「あれ~、こっちにも同じ数字があったです~。」
今度は6のペアが捨てられた。ラビが一気に追いついた。横一線という奴だ。
俺の麦茶が一番最初に無くなった。ずっと歌っていたラビよりも先だ。
追い上げ及ばず、最終的にラビは4位だった。俺は、どうにか狙い通り1位を取ることができた。最後はラビと蓑口さんとでカードを引き合い、決着がついた。ラビは、「あ~ん、ラビの負けです~」と嘆いていたが、構ってやるだけの心の余裕がなかった。俺が為すべきことは切り出すこと。俺の頼みをひとつ聞いてもらうことを冗談として受け取られぬよう。では―と一言。言えなければ何も始まらない。イカサマの仕掛けも賭けをしませんかという切り出しも、運良く勝ち取った1位も意味が無くなってしまう。
「じゃあラビ、麦茶を片付けてもらおうかな。」
「わかったです。またババ抜き、できますか?」
「おう、また近い内にやろう。」
ラビに席を外してもらった。
「では・・・本日。ラビの封印を解きます。時間は今日の16時から17時。16時45分には再び封印して17時にはラビを上がらせますので柳さん、お迎えを17時頃にお願いできますか。」
「了解しました。16時45分から17時の間にお伺いします。」
「宜しくお願いします。」




