最後のムラ④
一勝負終えた後は、普段通りの営業に切り替わった。何もなかったように、万事屋としての時間が過ぎていった。ビリっけつだったことは別に気にしないようだ。皆でババ抜きができたことが嬉しかったのだろう。
「ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、な~。」
仕事しながらずっと歌っていた。
あと5分で16時。ラビの封印を解くと宣言した時刻だ。ラビの勤務終了の時刻でもあるが、今日はお迎えが16時45分まではやってこない。ぼちぼち始めるか。
ババ抜きが終わってラビが麦茶を運んでいる時に、運び屋が全くもって当たり前の質問をしてきた。浮かび上がって然るべき疑問。
黙ってラビの封印を解くこともできたと思いますが、どうしてわざわざ宣言したのですか?」
「さぁ、どうしてだろう。自分でもよく分かりませんね。」
止めて欲しかったなんて思いはない。もしもそうだとしたら、イカサマなんかしない。下手したらトップを逃していたとしても封印を解いていたかもしれない。何が何でもラビに聞かなくてはならないことがあるから。じゃぁ、わざわざどうして、となる訳だが。蓑口さんと運び屋に知っておいて欲しかったのかもしれない、俺が過去を知ったということを。
「ラビ、お疲れ~。運び屋の奴がまだ来ていないから、中の椅子に座って待っていてくれ。」
「あれれ~。柳さん遅刻ですか。珍しいです~。」
「そのうち来るだろう。」
そう言って店頭にいたラビを店の奥へと移動させた。そしてラビと入れ替わりで俺は店先へ移動し、看板を『CLOSED』にひっくり返した。本日は閉店、と。久しぶりに看板をじっくりと見た。俺の自作の看板だ。古ぼけてきたかな。アラタヤードに来てからは客も少ないし、ラビと一緒に作り直すか。のこぎりは危なくて触らせられないが、やすり掛けで怪我はしないだろう。それとOPENとCLOSEDの文字も塗り絵みたいにしてやろうか。色はラビに任せて―やめた。とんでもない色遣いになりそうだ。七色にされても困ってしまう。黒だけにしよう。
僅かな間、思い出に浸り未来を描き、店の中へ戻った。黙って、意識して足音を消してラビに近付き、お行儀良く座って待つラビの首からマジックポーションを外した。
机を挟んでラビのやや斜向かいに俺も座った。外した用済みの封印石を左ポケットに突っ込み、右手でポケットの上から新しいマジックポーションの存在を確認した。さて、始めようか。
「如月とか言ったな―何の用だ。柳達は一緒ではないのか。」
声も見た目も変わらないのにどうしてこうも威圧感が出てくるのだろう。一瞬で胸がキュッと締め付けられて、緊張して汗ばむのが自覚できる。あれだ、きっと、喋り方と声の出し方が違うのだ。喋り方が汚いというのに加えて、声の出し方に気配りが感じられない。発声が乱暴で雑で投げ槍だから愛嬌がないんじゃないかな。あと、無感情で話すしボディランゲージも皆無。強弱がなく、一本調子で抑揚なし。だから怖いんだよ。
「とりあえず、俺の話を聞いて下さい。とても大切で、ラビ・・・貴方にしか相談できないことなんです。」
効力を失ったマジックポーションは今、俺の左ポケットに入っている。そして俺の左手がそこに捻じ込まれている。石を握ったまま抜くことができずにいた。お守りにすがるように、そうすることで心の安寧を手に入れていた。
「お前独りか?蓑口でも呼んで来た方がいいんじゃないのか。オリベイラはすぐ近くなんだろう。」
「蓑口さんを?何故ですか?」
「私がお前を殺すかもしれない。店を燃やすかもしれない。ここから逃走するかもしれない。」
もう、いきなり怖いことを言うもんな。緊張が一層高まってしまった。
「俺の話を聞いた後はどうぞ、煮るなり焼くなり好きにして下さい。」
「フッ・・・お前を殺した所で私には1ルナの得にもならん。さっさと要件を話せ。くれぐれもつまらん話はするなよ。」
静まり返った店内に、面白みを一切合切削り取られた会話が流れる。分かっていたことではあるが、どうしてすぐに主導権が移っちゃうかな~。話せとは言ってくれたが本当に聞いてくれるのだろうか。作戦は練ってきた。勝機はあると思っていたのだが、急激に自信が無くなってきた。
前回はマジックポーションが切り札だった。伝説人とまで称される一行にとってもマジックポイントを回復させる道具は超がつくほどに貴重品なのだ。もしくは戦闘中、魔法に頼る割合がかなり高いパーティーなのかもしれないが。どちらにしろ前回は、俺が場を仕切ることができた。けれども今回、こちらに明確な切り札はない。が、有効と思われる武器は持っている。初っ端にコイツを使ってラビの出方を窺う。うまくいけば現状打破に繋がるとは思うのだけれども。武器を使い、そして道具屋らしく道具を活用していく。
「ラビ、ラストダンジョンへ戻りませんか。」
早速アイテムその1を発動。『エポックストーン』。この道具は敵の血圧や脈拍、体温の変化や発汗状態から、次のターンの攻撃が直接攻撃か間接攻撃か、もしくは道具の使用や逃走などのそれ以外かを、確率8割で予測できる道具である。別に攻撃される心配をしているわけではない。知りたいのはラビの感情の変化。思った通り、否、思った以上の反応をエポックストーンが示した。自分が嫌になる。自己嫌悪という奴か。悪ラビの急所はラストダンジョン―
「おい如月。貴様どこまで知ったのだ?」
「全部、と考えて戴いて構いませんよ。」
「お前・・・少し痩せただろう。」
意外だった。いつも一緒にいるラビも気づいていないことを指摘されるとは思わなかった。いつも一緒だから気付かないものなのかもしれないが。その通りだった。俺の目的達成の為に道具を考えたりイカサマを考えたりで精神的にちょっと参った所があって、どうも食欲がなかった。
「俺の目的の為に、協力して下さい。」
「いいだろう、訊いてやる。話してみな。」
「まずはあなたの記憶を完全に復活させます。記憶と法力を取り戻すということですね。」
「できるのか?」
「調べはついています。その為に必要な道具も既に申請を通しています。ラビも何度か参加しているはずですよね、ローグライク・ミーティング。もちろん、魔導士会議の方でですが。」
「どうやら本気みたいだな。」
「はい。機会を見つけてお話ししますが、どうしても助けたい友人がいるのです。その為に、力を貸して下さい。」
アイテムその2は使用済み。『モンスター図鑑』。これを持っていると出会った奴のステータスを調べられるという便利な道具。原則、レベルを見れば強い、弱いが判明すると考えていたのだが、そういうわけでもなかった。モンスターによって、レベル30でもさほど強くない敵もいれば、レベル5でも超絶な力を持つ奴もいる。だからしっかりとステータスの中身、数字を確認することが大切なのである。具体例を見てみようか。魔王直属部隊の『ダークプリースト』。こいつのレベルは5だった。だがしかし、である。ヒットポイント33,333。魔法攻撃力が333。比較対象がいないのでうまく伝わらないが、その名、役職に恥じぬ、目を疑いたくなる程に高いステータスを誇っている。
ヒットポイント527。マジックポイント730。魔法攻撃力393。これがラビのステータスの一部である。ヒットポイントとかマジックポイントは勇者側と魔王側で仕様が異なるのだが、着目すべきはラビの魔法攻撃力。他を圧倒する力。自分に全く関連のないものであれば恨みに結びつくことはないからはっきり言うが、羨ましい。魔王直属のモンスターを凌ぐって、どういうことだ。伝説人と呼ばれるまでの強さを手に入れると、こうなるのだろうか。
ちなみに、もともとはラビの能力を調べるためにモンスター図鑑を手に入れた訳ではない。数多の試練を乗り越えて最後の村であるアラタヤードにたどり着いた勇者一行の能力はいか程か知りたかったからだ。とあるパーティーの魔導士系のステータスはこうだ。マジックポイント204、魔法攻撃力は150、ヒットポイントは300くらいだったか。他のパーティーの奴等も大体似たり寄ったり。要はラビが化け物だということだ。何故、クゴートの村であれ程までに絶望していたのか訊いてみたいくらいだ。魔王直属の部隊とも十分渡り合えるステータスだと思うのだが。
あの時と比べて随分と逞しくなったじゃないか。そう感じてもらえていたら嬉しい。自分でも湧いてくるとは思っていなかった感情だ。ただ誤解しないで欲しいのは、頼られたいとか、立派になったという風に思われたいんじゃない。平等な立場というか、同じ土俵に上がりたかった。
政樹が大魔王であることを知ってから、やっぱり苦しかった。記憶が飛ぶまで酒を飲んだり、気持ち悪くなるまで食事をやめなかったり、煙草を間隔開けずに何本も吸ったり。湯船に潜って喉が枯れるまで大声を出したり、枕を殴り続けたり、鉛筆を折ったり、発注票を破いたり。そしてある時から俺は勇者一行に尊敬の念を抱くようになる。もしも俺が魔法を使えたら大なり小なり物に当たっていただろう。もしかしたら動物、そして人に。その行動は魔王軍と何ら違いはない。俺の壊せる物が鉛筆とか紙切れで良かった。




