再会③
その日の朝、運び屋が僅かに遅刻した。いや、もしかしたら間に合っていたのかもしれない。俺も運び屋の到着した正確な時間をこの目で見た訳ではない。とは言え、普段の来店時間よりは明らかに遅かった。ただこの時は、珍しいこともあるもんだ位にしか思っていなかった。
続いて昼。そろそろお弁当を頂こうかな、なんて考えていると突然馬車が降ってきた。けれどもうちの店じゃない。どこだと店を飛び出したが、他に行く場所なんてひとつしかない。運び屋の目的地はオリベイラ。一体どうしたのだろうと観察していると、まずは運び屋が中に入っていった。続いて・・・スキンヘッドの巨大な男?
「嘘だろっ。」
思わず吐き出した感想にラビが近付いてきた。
「どうしたですか?」
どうやってごまかしたかも覚えていない。多分、何でもないをずっと繰り返していたと思うが。
床しいなんて感情は全くない。後ろ姿しか見えなかったので万が一ということもあるが、体が運び屋の倍はあるんじゃなかろうかというガタイ。縦にも横にも。何を食ったら、どんな鍛え方をしたらと聞いてみたい。後ろ姿を遠目でしか見ることはできなかったが、張本人だろうな。何が起きるのか、もしくは起こっている最中なのか。ラビに勘付かれないように脳味噌大混乱している俺に、さらなる圧力がかけられた。
おやつタイムのこと。名付け親は当然ラビ。14時~15時の間にラビが作ってくれた迷菓を食べる休憩時間だ。今週はプリン週間。
「今日のプリンは『バナナプリン』です。」
「おお!ラビっ、今日のはいいじゃないか。美味しそうじゃないかっ。」
「む~~~・・・いつもおいしいです・・・」
「そ、そうだよな。ごめんごめん・・・」
そんな折に蓑口さんが来店した。初めてのことだ。用件はというと、
「ラビちゃんをお借りできないでしょうか?」
「あ~、お姉ちゃんです~。久しぶりです~。」
もう何が何だか分からなくなってしまったが、いいえとは言えなかった。
営業を終えて宿へ戻る。オリベイラの前にはまだ馬車が停まっていて、結局ラビは帰ってこなかった。蓑口さん、運び屋、クソ親父にラビの4人が中にいる。共通点の全く見えない4人が。
「ただいま戻りました。」
恐るおそる中へ侵入。鈴もならない程にゆっくりと扉を開けたが、視線は床から上げられていない。勇気が出ないというか、心が決まらない。もう見間違いとか遠くて分からないとか気のせいとか、そういった類の言い逃れは通用しない。息を止めて顔を上げる。
「お帰りなさい、如月さん。」
そんな蓑口さんの言葉にも反応できなかった。食堂のテーブルに4人が腰掛けている。蓑口さん、運び屋、ラビ、そして。俺を道具屋に導いたマッスルスキンヘッドヒゲジジイ。で、口開いたのがこのオヤジだから嫌になってしまう。
「オゥ、久しぶりだな。しっかり道具屋やってるみてぇじゃねぇか。」
「ええ、お陰様で何とかやっていますよ。それよりも―何事ですか?」
そのまま部屋に消えたほうが身の為だったのかもしれない、俺にとっても目の前の人にとっても。4人の共通点がまるで見えない事、談笑している様子のないことから悪い知らせしか帰ってこないだろうことは予測できたが、聞かずにはいられなかった。一体全体、何事なのだ。
「如月さん、お願いがあります。」
蓑口さんが立ち上がった。
「しばらくの間、ラビちゃんを貸して頂けませんか?」
「理由を教えて下さい。ラビはうちの大切な従業員です。何も知らされずに、はいどうぞ、という訳にはいきません。」
沈黙が流れる。その意味する所は如月に話すべきかどうか、我々の正体を。けれども選択の余地が無かったのだろう、間もなく運び屋が立ち上がった。
「分かりました、お話しましょう。どうぞこちらへ。蓑口さん、如月さんに飲み物を。」
ようやく明かしてもらえそうだ、こいつらの正体を。
蓑口さんが麦茶を用意してくれた。どうもと軽く会釈する。ちらりとラビを見ると、ずっと下を向いていた。今にも泣き出しそうだ。しこたま怒られた後の子供みたいで、どこか可哀想になってくる。
「端的に申し上げます。我々はかつて魔王討伐を目指しておりました。蓑口が魔道士、ラビが司祭、クオーダが狂戦士。」
聞きなれないジョブだったが、そんなことよりもやっと名前が判明した。クオーダと言うのか。狂戦士というジョブは聞き慣れなかったが、戦士の上級職だろうか。見た目通りだな。
「ご存知の通り現在は私が運び屋、蓑口が宿主、クオーダが鍛冶屋、そしてラビは如月さんの道具屋でお世話になっています。これが我々の日常で、何事もなければこの生活を続けていくはずでした。元冒険者と言いますか、引退した身と考えて頂いて結構です。」
「クゴートの里―覚えていらっしゃいますか?」
もちろんだ。俺が『道具屋うどんこ』を始めた里。何も分からぬまま薬草を売り、階段を昇って名物のうどんを食べた。里全体がとてつもなく早寝早起きだった思い出がある。
「クゴートの里が魔物の襲撃を受けました。本来は我々の出る幕ではないのですが、現役のパーティーが何組も返り討ちにあったと―」
もう素っ頓狂な話で同受け答えしたら正解なのか全くもって不明。運び屋の説明を鵜呑みにするしかないのだが、ラビがモンスターと戦っている所はどうしても想像できない。
「我々が依頼を受け、私が承諾しました。我々がクゴートの里へ行き、里を襲う魔王軍と戦います。ただラビに関しましては、如月さんのお店の従業員ですので、如月さんの許可を頂いてからと―」
ガタンと、突然ラビが立ち上がった。
「如月さん、フィオを知っているですか?フィオのお家が・・・フィオはラビのお友達で、一緒に遊んで―」
フィオ。クゴートの里で俺に勇者かと聞いてきた女の子だ。俺がクゴートで店をやっている間、1日も欠かさず遊びに来た。誕生日を迎えていなければ5歳。ラビの友達というには年が離れすぎている気がするが・・・丁度いいのかな。
「フィオは俺も知っている。よく店に遊びに来ていたんだ。」
「ラビはフィオを助けたいです。」
「そうだな、ラビ。フィオを助けてくれるかい?」
「はいです。ラビ、がんばるです!」
本当に戦えるのか、ラビが。俄かには信じられないが、わざわざ招集したということはよほど貴重な戦力に違いない。
「では皆さん、ラビのことをお願いします。それと、柳さん―」
俺も自分で立てた仮説を確かめる必要がある。自分の目で確かめなくてはならない。
「俺も一緒に連れて行って下さい、クゴートの里へ。」
「やめとけ、道具屋。」
まず反対したのは筋肉親父改めクオーダだった。そう言えば、この人の真面目な顔を見たのは初めてだ。
「お前ぇが来た所でクソの役にも立たねぇ。大人しく待ってろ。」
クオーダの言い分が正しいことは百も承知しているのだが、何とか説得して連れて行ってもらう。恐ろしいが初めてこの男に異を唱える。
「邪魔はしません。隅っこに引っ込んでいますから、お願いします。」
「バーロー!こちとら突然のことでほとんど準備できてねぇんだ。余計な荷物を持っていく余裕はねぇんだよ。」
「ほら、クオーダ。そんな言い方しないの。顔が悪いのはもう手遅れだけど、言葉遣いは直せるでしょう。」
蓑口さんがフォローしてくれた、毒舌と共に。こういう言い方ができるということは、もう随分と長い付き合いだのだと思う。
「俺は外の世界を知らなさ過ぎるんです。先日、教会で死者が生き返る所に居合わせました。勇者は死んだら生き返らないと聞きました。クゴートの里がモンスターに襲われたと―これが日常なのでしょう。とてもじゃないけれど、話を聞くだけでは理解が追いつきません。この目で見て、ちょっとでも脳みそに理解させないと―」
「如月・・・だったな。気持ちは分からんでもないが、お前さんに何ができる。餅は餅屋だ。俺達は仮にも最終試練まで残ったチームだ。お前さんの周りにいるようなハナタレ勇者共とはレベルが違う。薬草なんか役に立たねぇ。お前んとこで扱っている防具程度じゃ腹の足しにもならねぇんだ。それに準備不足と言っただろう。倒すことが目的じゃねぇ、クゴートから追い返して結界を張り直す。俺達に任せておけ。」
「・・・・・・」
返す言葉もない。が、はいそうですかと引き下がりたくはない。咄嗟に出た俺のセールスポイント。
「マジックポーションはどうですか?」
「何だと?」
クオーダの目付きが変わった。手応えアリだ。
「柳、コイツの店にマジックポーションが置いてあるのか?」
「ありますよ、福引きの景品として。」
「柳、テメエ、何で黙ってやがった。」
「聞かれなかったので。」
何やら分からんが、運び屋に一杯喰わされたのだろうか。
「如月、いくつ持っているんだ?」
「店に6個程・・・発注数が限られていてなかなか在庫を持てないので。それと薬草は約200個。うまく使えば回復魔法を節約できませんか?俺を連れて行ってくれれば荷物持ちくらいはできますよ。」
「全く・・・そんな情報どこで仕入れやがった。」
クオーダが煙草を取り出しながら吐き捨てた。無論、酒場だ。何とパーティーによっては仲間として道具屋を連れて行く勇者もいるとか。道具屋以外は道具の所持数が限られているが、道具屋は―全く意味が分からないが、記憶しておいて良かった。
「おい、柳。マジックポーション、いくつ要るんだ?」
「ふふふ・・・愚問ですね。多ければ多い程。最低でもラビの封印にひとつ。」
「チッ。」
舌打ちが心地良く響いたのは初めてだった。
「黙って道具全部よこしやがれっ言っても無駄だろうな。」
「武器、防具も合わせて10個でしたっけ。」
「ふん、その通りだ、畜生が。いいだろう、その代わり隅にいろよ。お前ぇの役割は道具の提供だ。」
「分かりました。ありがとうございます。」
こうして俺の同行が決まった。
「それじゃあ、ラビの封印を解いてしまうわね。」
そう言った蓑口さんはラビの背後に立って、首に掛かったマジックポーションのネックレスを外した。如月さん、驚かないで下さいね、という警告を添えて。
「チンタラすんな、掛けたり外したり面倒なんだよ。クゴートだろ、出掛けるぞ。柳、蓑口、お前達の魔法で行くんだろう。さっさと連れていけ。」
「ラ・・・ビ・・・・・・?」
蓑口さんにネックレスを外された途端、喋り方が180度変わった。がさつかつ乱暴で、愛嬌の欠片もない。驚くなという方が無理だ。そして、
「ん?誰だ、お前は。」
封印の前後で記憶が分断されるとのこと。つまり今のラビは俺のことを知らないし、道具屋勤務の記憶もない。足を滑らせて腰を強打したことも、掛け算ができずに悩んでいることも、別次元のお話。目の前のラビは、圧倒的な方力で仲間のヒットポイントやステータス異常を回復する司祭。ちょっと想像がつかないが、回復や補助魔法を唱えさせたら、歴代の魔導師の中でも5本の指に入るという。一説によると、魔王軍から水を向けられたこともあったそうだ。ただしラビは好き放題にその能力を使える訳ではない。条件付き。その代償として与えられたのは記憶の分断。司祭の記憶は幼子の君にはほとんど残らないし、幼子の君の記憶は司祭には全く持ち込まれない。そして、ラビが司祭としてその法力を保っていられる時間は、最長でも6時間。
クオーダは運び屋の馬車で空へ飛んで行った。バビューン、と。俺とラビは蓑口さんに連れられて。そっと肩に手を置かれ、蓑口さんがどこの言語かも俺には分からない呪文を唱えると、目の前の景色が、色が青から緑へ移ろいだ。この感覚はそう、転送陣だ。間違いない。間違えようがない。鋼シリーズを2階から下ろす際、毎日使っているのだから。ということは、次、目の前がはっきりしたらそこはクゴートの里なのだろう。懐かしいな、俺の初めての店舗。
ああ、そうか。蓑口さんの移動手段が分かった。宿から宿へと魔法を使ってテレポートしていたのか。俺が運び屋に運ばれる先には必ず蓑口さんが待っていた。必ずオリベイラのフロントには蓑口さんが立っていた。どこかに転送陣があるのかしらと考えたが、ようやく答えが見えた。転送陣なんか要らないのだ。すっきりしたよ。




