第33話:政府への反逆
馬車はようやく街へ辿り着いた。
馬車から降りた俺は違和感を感じる。
まだ昼過ぎ位だ。だというのに、何故こんなに人が居ないんだ……? いつもなら、もっと沢山人が歩いてる筈なのに……。
「父さん……今日って、何かある日だっけ?」
「いや……普通の日だ。皆どこに行ったんだ?」
どうやら父さん達にとっても異常な光景な様だ。いったい何が起こってる?
俺達に少し遅れてズィーブントが到着する。
「どうしたんだ?」
「おかしいんだ。皆が居ない。いつもはもっと居るんだ」
「……確かに。何だ……何が起きてる?」
取り合えず誰か捜そう。探し回れば何処かに居る筈だ。
「父さん。俺、ちょっと捜してくるよ。母さんの店で皆で待ってて」
「俺も一緒に捜すさ。明らかに異常事態だ」
「お願い父さん。店で待ってて。異常事態なのは分かるけど、もし全員がやられたら、それこそ困る事になる。だから待ってて」
父さんが不服そうな表情をする。
父さんの気持ちは分かってる。でも、皆がやられたら誰も対処出来なくなる。
そんな父さんを見てか、マティ姉が父さんの肩を叩く。
「あたしがオーアに付いてくよ。それならいいでしょ?」
「マティ……」
「もし何かあってもあたしなら何とか出来る。でしょ?」
出来れば来て欲しくは無い。だが、何が起きてるのか分からない以上、誰かにいて欲しいのは事実だ。腕っ節がいいマティ姉なら大丈夫かもしれない。
「待ってマティ姉! 私も行くよ」
ピールが声を上げる。
しかしマティ姉はそれを止める様に頭を撫でる。
「ピールは親父達の側に居て。あんたはあたしとは違って能力がある。何かあっても大丈夫でしょ?」
「でも……!」
「しーっ……父さんと母さん、それにヘルちゃん。三人を守れるのはピールだよ? 何かあっても大丈夫、でしょ?」
母さんがピールを側に寄せる。
「ピール……今は二人を信じましょう。大丈夫。大した事じゃないわよ」
「……うん。気を付けてね?」
「おうともよ!」
マティ姉はいつもの様に元気に笑って見せた。
そうだ……大した事じゃない筈だ。もう、敵はトリスメギストスだけじゃないか。
「オーア……何が起きてるのか俺にはまだ分からんが、一緒に行こう。何かあれば力になろう」
「……悪い」
「いいさ。今まで迷惑掛けた分は返すさ」
俺達は消えた人々を捜すために走り出した。
まず俺はグーロイネ先生の病院へと向かった。もしも何かあったのなら、ここに怪我人が運ばれてくると考えたからだ。
扉を開け中を見ると、いつもは受付に居る人の姿が見当たらなかった。しかし、奥の方に人の気配があるのを感じる。
俺は二人と共に病院の奥へと進んでいった。
そこにはグーロイネ先生と負傷しているマルデダやあの力を奪われた青年、街の人々が居た。
「先生っ!」
俺が叫ぶと先生はこちらへ振り向いた。
「来たかい」
「どうしたんですかこれ……」
マルデダは体中に包帯を巻き付けており、包帯の下では血が滲んでいた。
こいつがここまでやられるなんて、何があったんだ……普通じゃないぞこれは……。
「マルデダ……」
ズィーブントが心配そうに近付く。
「待ちな。あんた、知り合いかい?」
「あ、ああ。そんなところだ」
「ならこいつの容態が悪化しない様に見てな。あたしは他の患者も見なくちゃならないんだ」
そう言うとグーロイネ先生は足早に他の人々の所へと移動した。
俺は後を追い、先生に話し掛ける。
「先生、何があったんですか? こんなの普通じゃ……」
「……暴動が起きたんだよ」
「暴動……?」
「街の人間が政府に対して暴動を起こした。止めはしたんだけどねぇ……言う事聞かない奴が多かったよ」
マティ姉は先生の治療を手伝うためか、近くの棚から包帯を取る。
「ねえ先生……何が原因なのさ? 今までこんな事無かったでしょ?」
「最初はある新聞だった。結構前に配られた新聞さ。あれに政府の行った悪事を告発する内容のものがあったんだ」
新聞……? そういえば、いつだったかマカフシさんとミノリを助けた後に新聞に政府がやろうとしていた事が書いてあった事がある。もしかして、あれの事か?
「新聞の部数自体は少なかったから、その時はそこまで問題にならなかったんだよ。ただ……この辺じゃ見ない人間が配ってたのは気になるけどねぇ……」
「それで何が……? あの時は何もならなかったでしょ?」
マティ姉が先生に包帯を手渡す。
「……数時間前の事さ。この辺じゃ見ない奴が現れて、街の人間を扇動したんだ。それを合図に街の人間……ホームレス達までもが一斉に暴動を起こした」
まさか……ハッコウダみたいな能力を持ってる奴が他にもいるのか? 市民を一斉に煽るなんて、普通じゃないぞ……?
「じゃあマルデダは……」
「ああ。暴動を止めようとした。こいつが特殊な力を持ってるのはあたしも知ってたからね、大丈夫だと思ったんだよ。それに、この小僧も一緒に出て行った。止められなかった……」
「何で……そんな……」
グーロイネ先生は溜息をつく。
「言ってたよ。この街の人達が傷付いたらあんたは自分のせいだと感じるだろうから、あんたには迷惑を掛けたから、その分は助けるってね……」
マルデダ……俺のために戦ってくれてたのか。それにあいつも……。……クソ! 俺がここに居れれば、助ける事が出来た筈なのに……!
先生と話していると、マルデダが目を覚ます。
「ん……! あ……? 兄貴……?」
「……すまないマルデダ。俺を許してくれ……」
マティ姉は俺の肩い手を置き、マルデダの所へ行く様に顔を動かす。
俺はマルデダに近寄る。
「あ……? おう、テメェか。遅かったじゃねェか」
「先生から聞いたよ。戦ってくれてたんだな。ありがとう」
「あ!? あの野郎言いやがったのか!? クソ……気分悪いぜ……」
何だか少し安心した。思ってたよりも大丈夫そうだ。心配し過ぎだったかな。
「まあいい。それより、何で兄貴が居るんです? 俺を殺しに来たんスか?」
「いや……そうじゃない。俺は彼の手助けをするために来たんだ」
「組織、抜けたんスか……?」
「マルデダ……よく聞いてくれ。俺はお前に組織なんて言ってたが、実際は組織って程のものじゃないんだ」
ズィーブントはマルデダに全てを説明した。組織なんてものではない事。俺が狙われていた理由。トリスメギストスが何をしようとしているのか。包み隠さず、全て話した。
「そ、それじゃあ……」
「ああ……あの人は、彼を利用しようとしていたという事だ」
マルデダは俯き、頭を掻き始める。
「……その、トリスメギストスって奴は、何をしようとしてんですか?」
「そうだな……話すか」
ズィーブントは俺の方を向く。
「オーア……だったな?」
「ああ」
「あの人は、自分の娘を復活させようとしているんだ」
復活? まさか死んだ人間を蘇らせるって事か?
「それは……死んだ人間をか?」
「……ああ。彼は若くして娘を亡くしたらしい。それが……どうやら蘇らせる方法を見つけたらしい」
「ちょっと待てよ。そこに俺がどう関係してくるんだ?」
「もし完全に蘇らせる事が出来たとしても、過去に死んだという事実は変わらない。そこで必要になるんだ」
ズィーブントは俺を指差す。
「君の能力なら、人間の認識を書き換えられる。死んだ人間を生きているものとして認識させる事が出来る」
「それは……じゃあ、こういう事か? 俺の能力を使って、全ての人間にその娘の存在を植え込んで、最初から生きていた様に見せるって事か?」
「そうだ。だが……恐らく彼が必要としているのは君の能力だけだ。もし彼の下に行けば、君は能力だけを盗られて殺される可能性が高い」
俺は近くの空いているベッドに腰を下ろす。
ちょっと俺の理解を超えている。理解が出来ない……死んだ人間を蘇らせて、他の人間に生きていたものとして認識させる? それは本当に、『生きている』と言えるのか?
「大丈夫か?」
「あ、うん……大丈夫だ……」
そういえば、ピールも狙われていたが、あれはどういう事なんだろうか? 彼女は何も関係ない筈だ。
「なぁ、ピールの事分かるよな?」
「あの女の子の事か?」
「ああ。何であの子まで狙うんだ? 俺だけでいいんだろ?」
ズィーブントは腕を組み、難しそうな顔をする。
「俺も詳しくは分からないんだが……何でも、復活用の体を作る際に丁度いいとか……」
「まさか……ピールの体を奪うって事か!?」
「いや……そういう感じではなかった。確か、彼女の能力は体をヒモみたいに解体する能力だったな?」
「あ、ああ。ヒモというよりも、果物の皮を剥いてる感じに見えるが……」
「……俺も記憶に自信が無いが、何でも全てはヒモで出来ているというのが彼の持論だった筈だ。支持者はいなかったが……」
全てはヒモで出来ている? 何を言ってるんだ? 言っている意味がさっぱり分からないぞ……。
「ヒモが高速で振動する事で、様々な形をとってるとか何とか……」
「よく分からないな……」
「すまない。俺もこの話だけは何度聞いても理解出来なかったんだ」
トリスメギストスの持論についてはよく分からないが。ピールを利用しようとしていたのは事実だ。
俺はマルデダの方へ向く。
「今回の暴動はそいつのせいなのか?」
「分からない。……マルデダ、何か違和感は感じなかったか?」
「いや……俺は何も感じなかったと思いますが……」
もし今回の暴動がトリスメギストスの起こしたものじゃないなら、先生の言っていた見知らぬ人物が怪しいな。暴動を起こす理由が何なのかは分からないが……。
俺はベッドから立ち上がる。
「どうするんだ?」
「俺が何とかするよ。まずは暴動を止めないと、トリスメギストスはその後だ」
目的は不明だが、危険なのは間違いない。放っておいたらどうなるか分からないんだ。皆を守るには暴動を止めなければ。
「君が行くなら俺も同行しよう」
「待ってくれ! 俺も行くぜ……!」
立ち上がろうとしたマルデダをズィーブントが止める。
「お前はよく頑張った。しばらくは体を休めてくれ」
「ですが兄貴!」
「マルデダ……きっとあの先生だけで患者の相手するのは大変だろう。お前が居るだけで大分変わる筈だ」
そう言われたマルデダは大人しくベッドに座った。
「……オーア」
「何?」
「テメェ兄貴に迷惑掛けんじゃねェぞ?」
「分かってるよ」
俺の方が散々迷惑掛けられたと思うが、黙っておく事にしよう。
俺はズィーブントと一緒に、こっそり病院を後にした。
本当はマティ姉に伝えるべきだとは思ったが、今回はマルデダでも負傷する様な事が起きてるんだ。そんな場所に連れて行きたくない。
一応マルデダや先生が居るからマティ姉が外に出ようとしても止められるとは思うが、念のために早めに終わらせよう。
「行こう」
「ああ」
俺とズィーブントは暴動を止めるため、役所へと急ぐ事にした。