第34話:共通の敵
役所に到着すると、そこには何人もの人々が倒れていた。街の人間や警備員達が相打ちになったらしく、地獄絵図といった感じだった。
「何でここまで……」
「オーア、中に急ごう。ここでこれなら、中はもっとまずい事になっている可能性がある」
俺はズィーブントの言う通り、役所の中に走っていった。
中に入ると、やはり外以上に人が倒れており、辺りは血塗れになっていた。
だが、俺の目を引いたのはもっと違うものだった。
「……そこで、何してるんだ」
俺の目の前に立っていた人物がこちらへ振り向く。
「お久し振りです。オーア様」
そこにいたのは、かつて母さんの店に来たオートマタ……オーレリアだった。
何故彼がここに居るんだ……? この暴動に関係があるのか? いや、それよりも……。
「……久しぶりですね。ここに居るのは……あなたのマスターからの命令ですか?」
俺から質問を受けたオーレリアは役所の二階を見上げ、返事を返した。
「いいえ。現在、私のマスター……つまりトリスメギストス様には私に命令する権限は残っていません」
「どういう事ですか? あの時あなたは……彼の事をマスターとして扱ってたじゃないですか」
「……システム上の問題です。トリスメギストス様は重大な問題を起こされました。そういった問題が発生した場合、それを解決する機能が私には内蔵されています」
トリスメギストスが起こした問題……まさか、彼も気付いたのか? トリスメギストスが犯した罪を……。
だが、彼がここにいる理由はまだ分からない。何故、ここの役所を襲撃する必要があるのか。何故彼が暴動に参加しているのか。
「ここを襲撃する事で、それが解決すると?」
「完全な解決は不可能です。ですが、これ以上の罪を防ぐという意味では効果があると考えています」
何となくだが、彼には仲間がいる様な気がする。一人でこういった行動を起こすタイプの性格ではないだろう。さっき二階を見たのも何か怪しい。
俺は階段へと歩き始める。
「オーア様。警告します。これより先は現マスターからの指示により、現在立ち入りを制限されています。お戻り下さい」
オーレリアは俺の前に立ちふさがり、両腕を横に伸ばし、通すまいとしていた。
すると、先程まで黙っていたズィーブントがオーレリアに話しかける。
「君は……彼がした事に気付いたのか?」
「……はい。完全に信じている訳では御座いませんが、様々な証言、記憶との整合性、物的証拠等から、そうではないかと考えています」
「君は、どうするつもりだ? 間違いを正し、解決する方法とは?」
「……お答えする義務はありません」
どうやらオーレリアもまた、どこかで何らかの証拠を掴んだ様だ。
だが、彼には話すつもりは無いらしい。だからといって、このまま放置する訳にはいかない。このままだと、更に犠牲者が出てしまう。
「通してくださいオーレリアさん。俺は……この暴動を止めなきゃならない」
「……オーア様。それは私の任務に支障を及ぼす行為です。お止め下さい」
どうも引き下がる気は無いらしい。しかし、俺は彼の事を傷つけるつもりは無い。
俺は意識を集中させ、視界をリンクさせる事によって、行動を制限させようとした。しかし……。
「っ!?」
どこにもオーレリアの気配は無かった。彼がオートマタだからなのか、それとも何か気配を消す様な魔術でも使っているのか……。
「どうしたんだ?」
「……気配が無い。能力が使えない……」
どうすればいいんだ……。このままじゃ直接俺が攻撃しないといけなくなる。彼の実力が分からない以上、下手に接近するのは危険だというのに……。
「俺が行こう」
ズィーブントは俺とオーレリアの間に立った。
「オーレリアだったよな? すまないが退いてもらえないか。俺も手荒な真似はしたくないんだ」
「手荒な真似……ズィーブント様が持っていらっしゃる能力の事ですか? マスターからお話は伺っておりましたが」
「そうか……それも知ってるのか。なら話は早い。聡明な君なら分かるだろう。俺の能力なら、君も焼き払えると」
やはりというか、オーレリアはズィーブントの事を知っていたのか……別におかしな話ではないか。
「ズィーブント様。もしその能力を使われるというのであれば、私としましても手加減は出来なくなります。宜しいですか?」
「……ああ。俺は、彼に用があるんでな。君に彼を殺されちゃあ困るんだよ」
その直後、オーレリアの胸元に小さな炎が灯ったかと思うと、その炎は急速に増大し、オーレリアを包み込んだ。
「ま、待て! 殺すな! その人は……!」
「分かっている。あのヘルメスとかいう少女とも知り合いなのだろう? だが……」
ズィーブントが話し終わる前に突如炎はまるで何かに弾かれたかの様に辺り一面に飛び散った。
飛び散った炎は急速に勢いを落とし、やがて鎮火した。
「……やはり、この程度では倒せないか」
オーレリアを見ると、背中の部分から機械で出来た金色の羽の様な物が生えており、その羽は電気の様なものを帯びているためか、その見た目をより神々しく輝かせていた。
「戦闘システム、起動しました。これより、任務に支障を及ぼす存在を制圧します」
オーレリアは重力に逆らう様に空中に浮かび上がると、体中から電気を放出し、周囲にばら撒き始めた。
俺は近くにあった机の裏に隠れ、ズィーブントは自分の前に炎の壁を展開し、防御していた。
これがオートマタ……明らかに人智を超えた力だ……。
「オーレリアさん! 待ってください! 俺達もトリスメギストスを倒そうとしてるんです! 手を組みましょう!」
「アクセス不許可。現在、この素体へのアクセスは禁じられています」
彼の声は以前よりもより機械的になっていた。
どうやら、今の彼は俺達を無力化する事が第一目標の様だ。今何を言っても、きっと止められないだろう。
だったら……力づくで倒すしかない。
机の影から見ると、ズィーブントは電撃の力が弱まった隙を見計らって、炎の壁を直接オーレリアに飛ばしていた。
オーレリアはそれを避けるでもなく防ぐでもなく、自らの体で受け止めた。
彼の体は炎に包まれたものの表情に変化は無く、肌にも火傷の様なものは見られなかった。
しかし、よく見ると左翼の関節部分が少し溶け始めているのが確認出来た。
どうやら炎の火力が上がっているらしい。それで機械の体を溶かしているのだろう。
やがてオーレリアはバランスを崩し、高度を下げ、地面に落下した。
俺はこのチャンスを逃すまいと飛び出し、オーレリアの下へ一直線に走っていった。
俺の考えを理解してか、ズィーブントが炎を消す。これでもう大丈夫だ。覚悟も決めている。
「すみません! オーレリアさんっ!」
俺は走った勢いに任せる様にオーレリアの顔に拳を叩き込んだ。
触れた感触は人そのものだったが、拳がめり込んだその奥から明らかに人のものでは無い感触があった。
俺の拳はその無機質な何かによって破壊された。
拳に鈍い痛みが走り、やがてその痛みは腕を駆け上ってきた。
「っく!」
俺はオーレリアが倒れこむのとほぼ同じタイミングで後ろに飛び退き、すぐさま左手で右手を触った。
触るだけで凄まじい痛みが走り、手が明らかに腫れ上がっているのが分かる。
恐らく、骨が折れたのだろう。
「大丈夫か!」
「だ、大丈夫……それよりもオーレリアさんを……」
俺は駆け寄ってきたズィーブントに返事をし、左手でオーレリアを指差す。
「……いや、その必要はねェよ」
俺の耳が捉えたのは女性の声だった。
階段の方を見ると、睫毛の長い女性が降りてきた。
「そいつが迷惑掛けたな」
「な、何だ……誰なんだ、あんた?」
「答える義務はねェな。もう目的も達成したしな」
女性はオーレリアを抱え上げると、そのまま出口に向かって歩いていった。
「ま、待て! 何なんだ……っ!」
俺は痛みで震えそうになる声を抑えながら、声を上げる。
「……悪い事は言わねェ。この一件から手を引きな。これはガキが首突っ込んでいい話じゃねェ」
女性はこちらを振り返りもせず、そのまま出て行ってしまった。
「クソ……! ズィーブント! 後を……後を追わないと……!」
「いや、それよりも君を病院に送り届ける事が先決だ」
ズィーブントは俺を抱えると、病院へと走り出した。
抵抗しようにも、痛みのせいで上手く体が動かせず、頭も上手く働かない。
「もう……暴動は終わったのか? まだなら……」
「恐らくもう終わっている」
「何でそう言える……?」
「気が付かなかったか? 彼女の服……胸元の部分に血が付いていただろう?」
まさか、この国の統治者が殺されたって言いたいのか?
「そんなの……暴動が起きてたんだし……」
「あの血は黒く、少しベッタリとしていた」
「それが何だよ……?」
「心臓の辺りを刺すなりしないと、ああいう血は出ない」
俺は何も言い返せなかった。
何も専門的な知識を持っていない俺にとっては説得力を感じる話だった。
「あのままあそこにいるのは危険だっただろう。君が犯人として捕まる可能性がある」
「何でだよ……俺はここの統治者の顔すら知らないんだぞ?」
「記憶喪失、不可思議な能力、正確な身元不明……犯人としてでっちあげるには最適だろう」
何を……俺は父さんや母さん達の家族だ……そりゃあ元々この世界の人間じゃなかったかもしれないけど、でも……今は間違いなくメイ家の人間だ……。
「君が悪い訳じゃない。だが、あのままあそこに居たら、間違いなくそうなるだろうな」
「何で……」
「人々を協力させるのに最も効率がいいのは、共通の敵を作る事だ」
何も言い返せなかった。
確かに彼の言う通りだと思う。きっと人間は俺が思っている以上に複雑で……単純なんだ。
俺は止まらない痛みに耐えながら、病院へと揺られていった。




