第32話:罪深き錬金術師
馬車の音はついに俺のすぐ近くまで近寄ってきていた。
しかし今の俺には、そんな事を気にしている暇は無かった。
ズィーブントが言っていた事が俺の頭の中で駆け巡る。
……俺が今まで使ってきた力は、本当に正しい使い方だったのか……?
「オーア!!」
父さんの声が俺の耳に響き、一気に現実へと引き戻される。
馬車から飛び降りた父さんは素早くズィーブントの胸倉を掴み上げる。
しかし、ズィーブントは何も反撃はしなかった。
「お前! オーアに何をしたッ!!」
「……何もしていない」
そうだ。俺は何もされていない。
このままだと間違いなく父さんは殴り掛かるだろう。もしそれにズィーブントが反撃したら……。
「父さん! 俺は大丈夫だから! 頼む、離してやって!」
「な、何言ってるんだ! こいつはお前の命を!」
頭に血が上っている父さんと比べて、ズィーブントは非常に冷静だった。
「お願い……離してくれ」
俺に頼まれた父さんは手を離す。
その間、ズィーブントはこちらを静かに見ていた。
「……君は……優しいな」
「……別に。父さんが攻撃したら反撃したんだろ?」
「いいや。もう殺しの命令は出ていない。俺に下された命令は、君を確保する事だ」
そこが気になるところだ。少し前に言っていたが、何故全ての人間の認識を共有する必要があるんだろうか?
父さんの後ろから母さん達も降りてくる。
「なぁ……何故なんだ? 認識の共有をして何になる?」
「それは、言えない。君が協力してくれるんなら答えるが……」
ここで嘘をつくのもありかもしれないが、やはり敵意の無い相手にそういう嘘をつくのは気が引ける。
すると、馬車から降りてきていたマティ姉がズィーブントに近寄る。
「お前……母さんの店にちょくちょく来てた取立て屋でしょ……?」
「そうだな」
「あたしは今むかついてるんだよ。一発殴る位じゃ済まない程にね。でも、オーアが……あたしの可愛い弟があんな風に言ったから我慢してるんだ」
「……何が言いたい?」
マティ姉が持ってきていたつるはしを取り出す。
「……喋りなよ。あの子が聞いてんだよ。『何になる』って聞いてんだよ。もったいぶらずに答えなよ」
「……言う訳にはいかない。もし言えば、彼はきっと協力しないだろう」
俺が協力しない事は見越してる訳か。だから捕まえる事にしたんだな。
俺はマティ姉の前に腕を伸ばし、制止した。
「お前達がやろうとしてるのは、悪事なのか?」
「悪事、か……難しいな。全員の認識が変えられれば、それは恐らく悪ではないだろうな。誰も気付かないのだから」
……きっとこれ以上聞いても望んでいる答えは返ってこないだろう。
なら、質問を変えてみるか。
「じゃあ質問を変える。ズィーブント、俺達がヘルムート王に会うと何が困るんだ?」
ズィーブントは少しの間沈黙すると葉巻を取り出し、口に咥えた後自分の能力で火を点けた。
「……彼にとっての知り合いだからだ」
「お前の所のボスのか?」
「……ああ」
正直、この答えが返ってきた瞬間、嫌な予感がしていた。もしかしたら、最悪の可能性が当たってしまう可能性がある。
俺の後ろからヘルメスお姉ちゃんが前に出てくる。
「あ、あのっ……そ、その人ってまさか……」
「止めろ! 違う!」
俺は咄嗟に声を上げた。
俺の声を聞いてヘルメスお姉ちゃんは酷く怯えた表情をして黙り込んだ。
彼女には悪いが、きっとこれで良かったんだ。
もしも、仮に俺の予想が当たってたとしても、彼女はこの事を知るべきではない。いくら前よりも精神的に良くなってきたと言ってもまだ不安だ。
「ごめん……大きい声出して」
「う、ううん……だ、大丈夫だよ……?」
そう言うと彼女は俺の手を握り、弱々しく微笑んだ。
「大丈夫だから、ね……?」
その笑顔は弱々しい筈なのに、何故かとても逞しく見えた。
もしかしたら、俺は無意識の内に彼女の事を過小評価していたのかもしれない。彼女は、俺が思っていた以上に強い人だったんだ。
「えっと……ズィーブントさん、でしたよね? その……ぼ、ボスっていうのは……」
「……口を割るつもりは無い」
「トリスメギストスって、名前……ですよね?」
その名前が出た瞬間、ズィーブントの眉が動いた。
葉巻をゆっくりと口から外すと、ズィーブントは葉巻を燃やし尽くした。
「……バレてるのか」
「わ、私が知ってる錬金術師の人はヘルムート様と師匠だけですから……」
「そうか……もう、目星は付いていたという事か……」
やはり……俺の予想は当たっていた様だ。彼女の師匠が……黒幕……。
すると、先程まで黙っていたピールが口を開く。
「でも……何でそんな……ヘルメス姉が言ってた感じだと師匠さんは優しい人だって……」
「……人は、他人に見せている部分が全てとは限らない。時に人は狂気に飲まれる……」
彼の言葉からはどこか悲しみの様なものを感じ取れた。
「その言い方からすると、お前もあまり乗り気じゃないんだな」
ズィーブントは背を向けると、馬の頬を優しく撫で始めた。
「俺は昔、あの人に救われた事がある。まだ子供の頃だった。あの日俺は腹を空かせて倒れていた。俺の住んでいた村で飢饉が起きたんだ」
飢饉……俺はこの人達に助けられたからこうして元気に生きてるが、下手すれば同じ様に倒れていたかもしれないな……。
「意識が朦朧としている中、あの人が俺の前に現れた。あの人は俺にパンを渡してくれた。どこにでもある普通のパンだったが、今まで生きてきた中であれ程美味いパンは他に無かった」
「し、師匠はパン……好きでした……」
ヘルメスお姉ちゃんが静かに喋った。どうやらトリスメギストスは普段からパンを持ち歩いている様だ。
「……彼は他の人間にもパンを配って回った。その後、彼は村にしばらく滞在した。まるで英雄だったよ。皆から尊敬され、感謝された。だが彼は決して驕ることは無く、謙虚に振舞った」
ここまで聞けばただの良い人だ。だが、俺はその人に利用されそうになった。
「彼は数日後に村から旅立った。だが、旅立つ前に一つのジョウロを置いていった」
それを聞いたヘルメスお姉ちゃんはハッとした表情をする。
「『恵雨のジョウロ』……ですね?」
「そういう名前なのか……。あれには不思議な力があった。あれを使って畑に水を撒くと野菜がすくすくと育ったんだ。それだけじゃない、小麦も育った。あの飢饉が嘘の様だった」
「……『恵雨のジョウロ』には土の栄養を高める力があります。でも……」
「ああ。君の思ってる通りだ。数年はもった。しかし、ある年から、めっきり植物が育たなくなった」
制約があるって事か……。
「そう、ですよね……あれは土の栄養を高めますけど、その反面、普通の倍の速さで土を枯らしてしまうんです……」
「……もうどうしようも無かった。俺は何とか生き残ったが、多くの人間が死んだ……あの時のツケが回ってきたかの様に」
酷い話だ……救いの手を差し伸べてる様に見せて、余計に苦しめている……。
母さんが口を開く。
「酷い……話ですね……」
するとズィーブントは自嘲気味に笑った。
「そうでもないさ……あれはあの人がくれたチャンスだったんだ。本当は土が枯れるまでに土を豊かにする方法や他のもので食っていく方法を学ぶべきだったんだ。だが……人間は一度便利な物に慣れてしまうと、もう前の生活には戻れなくなる。悪いのは自分達を自制出来なかった俺達なんだ」
本当にそうなんだろうか……そりゃ、対処法を考えなかったのは駄目だったかもしれないが、そうだとしても、そのジョウロの効果を知っていながら渡した方にも問題がある気がする。
「じゃあ、お前が従うのは……」
「ああ。恩がある。結果はどうあれ、助けてもらったのは事実だ」
それは、本当にこいつの本心なんだろうか? 俺には違う様な気がする……。
「他にも聞きたい。いいか?」
「ああ。もう……隠す事も無い」
「他のメンバーはどうなんだ? どんな理由で従ってたんだ? 知ってるんだろ? お前は多分、最年長だろ?」
ズィーブントはまだ馬を撫で続けている。
「まず八甲田。あいつはニキタマ国の出身だ。あの国はしょっちゅう内戦をしてる国でな。八甲田はそこで小さい頃から兵士として戦ってたらしい。その時、怪我をして死にそうになってる時に助けられたらしい」
「じゃあ、あいつにとっても命の恩人って事か」
「俺もこの目で見た訳じゃない。だが、あの人なら薬も作れるだろうな」
ハッコウダは人を支配下に置いて操る能力を持っていた。確かにあれは戦争で役に立つだろうな……。
「日ノ本は……?」
「あいつも同じく幼い頃から兵士だったらしい。だが、あいつは彼に恩義を感じてるというよりは、八甲田に恩義を感じているという感じだったな」
そうだ。確か、初めて認めてくれたとか言ってた気がする。
「いつだったか、俺に話してくれた事があった。あいつは元々特殊な力を持ってたらしい。それも戦いに適した能力をな」
俺も実際に戦ったから分かる。彼女の能力は正に戦うための能力といった感じだった。
「彼女の両親は彼女の事を戦場に送りたくなかったらしい。彼女の意思に反してな。そんな彼女にとって、自分の力を認めて必要としてくれた八甲田は救い主だったんだろう」
そうか……彼女もまた、孤独だったんだな……。
「あの……水みたいな奴は?」
「水無月の事か? あいつもニキタマ国の出身だったな。あいつは元々違う組織の所属だったんだが、クビになったらしくてな……そこでウチに流れて来たって訳だ」
ま、まさか……あいつ、馬鹿過ぎて前の組織でもヘマやらかしてクビになったんじゃ……。
だが、謎な部分もある。何故あいつは八甲田を殺したんだろうか? ピールに主導権を握られてるとは言え、そこまでするだろうか?
「……なあ、あいつがハッコウダを殺したの知ってるか?」
「ああ。あいつはウチでもよくヘマをして、八甲田から殴られたりしてたからな……その怨みもあったのかもしれない」
そういう事か……確かにいかにも厳しそうなハッコウダとは相性が悪かっただろうな……。
あの戦いの後、川から逃げていったが、逃げられただろうか……敵ながら少し心配になってしまう。
「ムラードはどうなんだ? あいつは重要人物な気がするんだ」
「……あいつは、あの人の錬金術の技術を見てそれに入れ込んだ医者だ」
医者だと……? あいつは医者なのに、あんなウィルスをばら撒いて人を傷付けるような事をしてたって言うのか……?
「あの人は君の能力を成長させるために専用の道具を作っていた。だが、人間に使うのは前例が無かったらしくてな。そこで人体に詳しいあいつに頼んだという訳だ」
……グーロイネ先生が聞いたらどんな反応するだろうか? 悲しむだろうか、怒るだろうか?
いずれにせよ、医者が……いや、人がやっていい事じゃない……。
「後、あいつは……名前が分からないが……」
「あの少年の事か? あれに関しては俺も分からない。ほとんど会った事も無いしな」
そうか。ズィーブントも知らないのか。あいつはいったい何なのだろう? 日ノ本はあいつの事を知ってる感じだったが……彼女はもういない。ハッコウダの後を追ってしまった。
「最後にマルデダだ。あいつは?」
「あいつは単純に俺の弟分だ。街で絡まれた時に殴り合いになってな。それ以降、兄貴だとか呼んで付いてくる様になった」
なるほど。一番何も知らないのはマルデダだったんだな。まああいつは、完全に悪い奴って感じじゃないしな。
聞きたい事を聞き終えた俺は決意を固めていた。
ヘルメスお姉ちゃんには悪いが、彼女の師匠でもあるトリスメギストスを倒す。
最初は純粋に俺が酷い目に遭ったから、倒そうという考えだった。だが今は違う。ズィーブントの話を聞いて気が変わった。
あいつは……倒さなくてはならない。許されてはならない。あいつは、多くの人間の人生を狂わせた。
ズィーブントの住んでいた所の人達も救おうと思えば救えた筈だ。ハッコウダもそのまま国から出して普通の人間として生活させる事だって出来た筈だ。日ノ本だって、ハッコウダが選んだ道なら付いていった筈だ。ミナヅキは……まあ馬鹿ではあるが、悪い奴じゃない。普通に暮らせる道もあった筈だ。名前も知らないあいつも、能力を与えられたりしなかったら、あんな風にはならなかった筈だ。ムラードは擁護は難しいが、それでも錬金術に魅入られたりしなければ、あそこまではしなかった筈だ。
……許す訳にはいかない。
「ズィーブント……教えてくれ。どこにいるんだ? 俺があいつと決着をつける」
「そうか……」
ズィーブントは俺を止めようとはしなかった。彼も内心では分かっているのだろう。あいつが間違った事をやろうとしている事を。
「ここで話すのもなんだ。一旦、街に戻らないか?」
「分かった」
マティ姉が睨む。
「逃げんなよ」
「逃げないさ。もう、戦う理由も逃げる理由も無くなった」
俺達は馬車に乗り込み、街へと戻っていった。
俺は荷台から馬に乗って俺達に追走しているズィーブントを見る。
彼が仲間になってくれるのなら心強い。それに、マルデダも喜ぶだろう。
「何笑ってるの?」
母さんが笑顔で俺の顔を覗き込む。
「え? 笑ってた?」
「ええ。笑ってたわよ」
……そうか。笑ってたか。自分の事ながら、意外だな。敵の事で喜ぶなんて。
「あはは、何でもないよ!」
俺は少しいたずらっぽく笑い、誰からも見えない様に後ろを向いた。
……倒そう。こうやって、ずっと笑い合える様に。




