第31話:狂痛回路の真実
目の前で燃え盛る炎はどんどん広がっていた。
本来なら迂回できるほどの広い平原を移動しているにも関わらず、炎が横に大きく広がっているせいでそれすらも不可能な状況だった。
このままだとヘルムート王国に迎えないどころか、この場で命を落とす事になってしまう。俺だけならまだしも、家族もだ。
俺は急いで鞄を漁り、中からペンを取り出す。自分の部屋に置いてあったペンだ。
「ど、どうしたのオーア兄?」
「皆、ちょっと伏せてて。御者さんもこっちに来てください」
「は、はい」
俺は皆を荷台の上で伏せさせると自らも伏せ、ペンを逆手に持つ。
本当はこんな事をするのは可哀相で心が痛むが、こうしないと全員死んでしまう。仕方が無い……。
俺は馬に意識を集中させ、上着を捲くるとそのままペンを脇腹に突立てた。
その瞬間、馬から悲鳴が上がり、馬車は大きく動き出した。
馬はその痛みから逃れようとしてか炎に真っ直ぐに突っ込み、そのまま通り抜けた。
これで、取りあえずは何とかなったか……?
「ちょっと何してるの!?」
母さんが痛みで震える俺の体を支える。
「ご、ごめん。でも、これが一番早いかなって……」
「動かないで。今治すから」
そう言うと母さんは自分が持ってきていた鞄から消毒液や包帯を取り出し、治療を始めた。消毒液はともかくとして、包帯はいらない様な気もするが……。
その横でマティ姉が周囲を見ながら口を開いた。
「……やっぱ、さっきのってアレだよね。あたし達が見たのと同じ……」
「うん。多分そうだと思う」
「だとしたら、追跡されてるって事か……御者のおっちゃん、運転に戻って」
「は、はい……?」
御者さんはマティ姉に促されるまま元の位置に戻り、運転を再開した。
でも、どこから攻撃してきたんだ? この辺りには隠れる事が出来そうな場所なんて無い。追跡されてたらすぐに気付く筈だ。
「オーア、何か知ってるのか?」
「あのね父さん、前に採掘場で父さん達が襲われたよね? あの時の敵が、誰かに口封じとして燃やされたんだ。火種も無かったのに一瞬で燃え上がった。今回のはそれに似てる気がするんだ」
「火種も無く……それは妙だな」
「でしょ? 明らかに普通の発火現象じゃないよね」
治療が終わった俺はその場に座り直す。
マティ姉は周囲を見渡し続けているものの、まだ何も発見出来ていないらしい。やはり普通には見つけられないという事だろうか?
俺は目を閉じ、なるべく広範囲に意識を飛ばす。
一帯を索敵してみると虫や小動物の気配がほとんどだった。しかし、明らかに一つだけおかしい気配があった。
その気配は離れた場所にある岩の後ろに存在し、その場で止まっていた。気配の形的に馬だとは思うが、そこに何か人間の様な気配が重なっている様な気がする。恐らく、馬の上で身を低くして馬の気配と同化しているのだろう。
そして、そこから動かないという事は、次の遮蔽物を見つけている最中という事だろう。
ここで問題なのは奴の能力の射程距離だ。もしもこれだけ離れていても能力を使えるのなら、逃げ続けるのは得策じゃない。こちらから近寄って一気に倒すべきだ。
俺はマティ姉の肩に手を置く。
「マティ姉、居たよ。後ろ、150メートル位かな?」
「……どこ? 見ないけど」
「あそこの岩……あるよね? あの後ろに隠れてる」
マティ姉は目を凝らし、俺が指差した方向を見る。
「まぁあたしにはよく見えないけど、オーアが言うんならそれを信じるかな。さて、どうやって倒すか……」
俺達が話していると父さんが口を開いた。
「おい、危ない事はするなよ? 父さんが代わりにやる」
「いや、父さん特に変な能力とか持ってないんでしょ? だったら父さんの方が危ないよ。」
「おいおい、マティだってそうだろ? 父さんを仲間外れにするなよ」
言われてみればそうだ。マティ姉は俺みたいな能力を持っていないのに、一緒に戦ってくれている。
「……分かったよ。でも、無理だけはしないでね?」
「父さんはお前に一番それを言いたいよ」
俺は再び後ろを向く。
さて、この距離一気に近付くにはどうしたものか?
俺だけなら近付く事は可能だ。恐らく相手は俺の事を知っているだろうし、下手に攻撃したら痛みが返ってくる事も分かっている筈だ。
でも、今は皆がいる。皆を守りながらと考えると、なかなかに難しい。
母さんやヘルメスお姉ちゃんは戦えないから、馬車を狙われたら対処が出来ない。
他の皆もそうだ。火種が発生せずにいきなり燃えるから、対処が出来ない。
やはりここは俺一人で行くしかないか。
「御者さん。停めてください」
俺の言葉を聞き、馬車が停まる。
「お、おいどうした?」
俺は父さんの言葉を無視し、馬車から降りるとマティ姉に耳打ちした。
「マティ姉、あいつには俺一人じゃないと近付けない。だから、俺が近付いて注意を引き付けるからその間に馬車で回りこんで。そこからは協力して倒そう」
「……分かった」
「多分父さんがうるさいだろうけど、ごめんね?」
「あー慣れてるよ。平気平気。任せなって」
俺は気配がする方に振り向き、真っ直ぐと歩き始めた。その後ろでは馬車が走り出す音が響いた。
俺は歩みを止めることなく、真っ直ぐに進み始めた。幸いな事にまだ攻撃は仕掛けられていない。俺にとってはありがたい。いくら痛みを押し付ける事が出来るといっても、負傷をしない訳じゃない。玉砕覚悟の相手だった場合、こちらが不利になってしまう。
そうして歩き続け、ついに俺は岩のある場所に辿り着いた。
俺は、意を決して裏を覗き込む。
「お前は……」
「……久しぶりだな」
そこに居たのは、俺が始めてこの能力に気付いた時に居たあいつ……マルデダの兄貴分だった。確かマルデダはこいつの事をズィーブントと言っていたか。
「俺を、殺しに来たんだな?」
「……それは他の奴に出された指令だ」
「……自分は違うって言うのか?」
ズィーブントが馬から下りる。
「あの人は、今の君を必要としている。君は……失敗作ではなかった」
確か、ムラードもそんな事を言っていた。
「何なんだ……失敗作じゃない? 俺は、道具じゃない……」
「ああ、そうだな。だが、あの人にとっては君も道具に過ぎないんだ」
俺は思わず掴み掛かる。
ズィーブントは俺よりも大柄で、反撃しようと思えば出来た筈だが、何もしてこなかった。
「ふざけるなよ……何が目的なんだ……」
「君の力が必要だ。あの人の願いを叶えるにはな」
「誰だ……ヘルムート王か?」
「違う。だが、彼に会われるのは困る」
こいつが言ってる事を信じてもいいのだろうか? ヘルムート王が違うと言うのなら、まさか……。
「じゃあ、誰なんだ……?」
「君があの人に協力してくれるのなら、教える」
どうするか? あえて嘘をついて聞き出すのもありだが、こいつからは敵意を感じない。よくよく考えてみれば、最初にムラードを燃やした時、俺達を殺そうと思えば殺せた筈だ。
「理由を教えてくれ。何で俺の力がいるんだ?」
「必要だからだ」
「答えになってない……何に使うんだ?」
「…………全ての人間の認識を変えるため、と言ったところか」
全ての人間の認識を変える……? 何を言ってるんだ? 俺の能力はあくまで感覚の共有……。
「あの人の目的を達成するためには、全ての人間の認識を共通のものにしなければならない」
「ちょ、ちょっと待てよ……俺の能力はあくまで身体的な感覚を共有させるだけで……」
ズィーブントは少し驚いた様な顔をした。
「君は……自分の能力を理解せずに使っていたのか?」
「な、何を……」
「君の本当の能力は、『脳細胞を操作する能力』だ」
何……脳細胞? いや、俺のは感覚を……。
「最初はもちろん小さな能力だった。だが、才能はあった。そこであの人はムラードに頼み、君をあそこに埋めて育てたのだ」
「でも、偶然掘り返された……」
「そう。全くの想定外だった。あの人は君がその事を思い出し、復讐に来る事を恐れ、君を殺すように我々に命じた」
「でも……違った……?」
「そうだ。君はあの人の望んだ通りの能力を持っていた」
……理解が追いつかない。脳細胞……操る……俺は今まで普通に使っていた。もしかしたら、無意識に使っていた事もあるんじゃないか……? だとしたら、俺が今まで築いてきた絆は、全部偽者か……? 他人の視界を共有してたのも、本当はその人間の脳細胞の働きを見て、それを自分の脳で再現して映像を作っていただけ……?
混乱している俺の頭の中には、こちらへと近付いてくる馬車の音が響いていた。




