第30話:旅立ちを阻む業火
俺は鞄に色々な物を詰め込む。
もし、ヘルメスお姉ちゃんが言っていたヘルムート王国の王様が俺をあそこに埋める様に言ったのだとしたら、問い質さなくてはならない。
場合によっては、殺さなくてはならないかもしれない。
やる時は、父さんに見られない様にしよう。もし、見られたら……きっと父さんは俺を止めるだろう。あの時のマティ姉の様に……。
「よし、これでいいかな……」
俺は荷物をまとめ、部屋を出る。
音を立てない様に階段を降り、こっそり一階を覗く。
……誰も居ない。もしかしたら、今の内に出ればバレないかもしれない。それなら誰も巻き込まずに済む。
俺は急いで玄関へと向かい、扉を開ける。
「おう。来たか」
外には父さんが居た。いや、それだけではない。父さんだけでなく、皆が居た。
「……どうして」
俺が困惑していると、マティ姉がこちらに近付き、肩を組む。
「水臭いなぁ~。今までも何回も言ってきたじゃん。あたし達は家族なんだよ?」
「でも、今度のは俺が自分でケジメをつけなきゃいけないんだよ? 父さんが付いてくるのは諦めてたけど、マティ姉達が付いてくる必要は無いよ」
俺の言葉を聞き、母さんが口を開く。
「オーア。私はね、大切な家族が苦しむのは嫌なのよ。例え、あなたと血が繋がってなくてもね」
血が繋がってなくても家族……これは今までも言われてきた事だ。
俺も母さん達の事を大切に思ってる。家族だと思ってる。
「オーア。私は、家族のためなら生きられる」
そうだ……俺だって、家族がいるから生きられる。家族のために生きられる。
今度はピールが口を開く。
「私も家族が酷い目に会うのは嫌だからね。それに、私だって命を狙われた訳だし!」
そう言うとピールは少し怒った様な様子を見せる。
そうだ。この子も命を狙われていた。俺よりは優先度が低かったみたいだけど、それでも狙われていた事には変わりない。
ふと、ヘルメスお姉ちゃんの方を見ると、俯いて涙目になっていた。
当たり前と言えば当たり前かもしれない。
彼女にとっては錬金術は師匠さんから教えてもらった技術だ。それが、自分の知っている人物に悪用されているかもしれないとなったら、とても辛いだろう。
彼女は他の皆よりも大きい鞄を肩から提げていた。
……あの中には何が入っているんだろうか。恐らく、俺には想像出来ない様なものが入っているのだろう。
俺はマティ姉が組んできた腕を外し、ヘルメスお姉ちゃんに近付く。
「無理に付いてこなくていいよ……? 辛いなら、グーロイネ先生の所に居てもいいし、何ならもうル・サンチェ島に帰ってもいいんだよ? 今のヘルメスお姉ちゃんなら、もう大丈夫だと思うし……」
俺としては、彼女にはもうこれ以上抱え込んで欲しくなかった。
彼女は、他の人より純真で、怖がりで、優しい人なんだ。それ故に、自分自身を苦しめてしまう。彼女には……もう苦しんで欲しくなかった。
「だ、大丈夫だよ? 私にとって……錬金術は、人を幸せにするものなの……。だ、だからもしっ……あの人が錬金術を悪い事に使ってるなら、ちゃんと……駄目って言わなきゃ……そうしないと、いけないんだ……」
やっぱりだ。
彼女は自分が何とかしなくてはならないと思っている様だ。無理に彼女がやる必要は無いのに……。
「……分かったよ。でも、約束して欲しい。もしも、どうしても無理だと思ったら、辛いと思ったら、無理せず帰って欲しい」
ヘルメスお姉ちゃんは返事は返さなかった。しかし、静かに小さく頷いた。
なるべく、彼女には無理をさせない様にしないと……。
「オーア。そろそろ行くか?」
「……うん。行こう」
俺は父さんに返事を返し、ヘルムート王国へと旅立った。
俺達は長距離移動に適した馬車に乗り、平原を進んでいた。
周りの景色は俺達の状況など知らないかの様に、綺麗に輝いていた。
俺達が乗っている馬車は、本来荷物を運ぶためのものらしく、俺達がいる荷台部分は家族全員が乗っても問題ない広さだった。
俺は鞄から日記を取り出す。
思い返せば、俺の最初の記憶はあのベッドの上だった。
あの時の俺は不安に襲われていた。自分がどこに居て、自分が誰なのか分からなかったからだ。
でも、今は違う。名前は思い出せないが、自分がどういう人間で、誰から愛されているのかが分かる。
ページを捲る。
これはマルデダに襲われた時の日記だ。
彼は何も知らなかった。ただ上から命令されて俺を殺しに来ただけだった。
今では彼も俺の味方をしてくれている。いや、もしかしたら彼にそういう感覚は無いのかもしれないが……。
今から俺は、彼らを操っていた奴を倒しに行く。もしかしたら、違うかもしれないが。
そうやって日記を見ていると、突然馬車が止まる。
急停止したため。馬車そのものが大きく揺れる。
「な、何だっ!?」
「おい、どうしたんだ!?」
「い、いえ……それが……」
御者が指差した方を見ると、馬車の目の前に炎が燃え盛っていた。どうやらこれに驚いて馬が止まってしまった様だ。
俺には嫌な予感がしていた。
炎……もしかしたら、あの時ムラードを殺したあの炎かもしれない。だとしたら、俺達は追跡されていたという事になる。
馬車の上で、全員に緊張が走っていた。




