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第21話:鞭打つ病

 俺は大通りを抜け、路地へと入っていき、メルヨーナ時計店の前に辿り着いた。

 試しに扉を開けようとしてみたものの、鍵が掛かっており入れそうになかった。

 建物の横にある狭い路地を見てみると、裏口のような扉があり、そこに呼び鈴が付いていた。

 仕方なくそこへ移動し、呼び鈴を鳴らす。

 考えてみれば、メルヨーナさんは一人暮らしな訳か。それで病気になったら、そりゃ大変だよな……。

 しばらく待っていると、ドタドタと階段を降りるような音が聞こえ、扉が開かれた。

「はいはいはい!」

「あ、メルヨーナさん。おはよう。手紙読んで来たよ」

 何か、思ってたよりも元気そうだな。そこまで重症ではないのかな?

「あ、あれ? オーアさん……?」

「あー、ごめん。ちょっとピールは今日忙しいみたいでね。代わりに来たんだ」

「そ、そうですか……」

 そ、そんな露骨に落ち込まれると傷つくな……。

 まあともかく、家に上がらせてもらおう。

「落ち込みたいのは分かるんだけど、具合が悪いなら休まないと。家に上がらせてもらっていい?」

「あ、はい。どうぞどうぞ」

 俺は案内されるままに中へと入った。

 入ってすぐに階段があり、どうやら生活スペースは2階にある様だった。

 

 2階に上がるとまた扉があり、それを開けると部屋が広がっていた。

 居間の様なものがあり、ちょっとしたキッチンの様なものも見えた。確か、メルヨーナさんはお祖父さんと二人で暮らしていたらしいし、部屋の大きさも二人で暮らすには丁度いい位かな。

 先程は元気そうに見えていたメルヨーナさんだが、足元がふらついており、危なっかしい動きだった。

「あの、大丈夫? 肩貸そうか?」

「い、いえいえ大丈夫ですよ……この位は……」

 そう言った瞬間大きくふらつき、倒れそうになる。

 俺は咄嗟に抱きかかえ、何とか倒れるのを防ぐ事が出来た。本当に危なっかしい……この人は意地を張るタイプの人なのかな……。

「大丈夫じゃないじゃん……」

「あ……れぇ……? な、何かグルグルして……」

 ちょっとこれは俺が思ってた以上にマズイのかもしれない。薬とか無いんだろうか?

「メルヨーナさん? 俺の声聞こえる?」

「うん? 聞こえますよ……?」

「薬とか持ってないの?」

「持っへないれす……」

 これ、本当にマズイんじゃないか? 呂律も回ってないし、顔も赤い。俺の記憶が正しければ、風邪とかではここまではならない筈だ。

 俺はとりあえずメルヨーナさんを抱きかかえたまま、部屋にあるソファーに寝かせた。

「どうしたものかな……」

 ここからだとグーロイネ先生の所が一番近いけど、他の患者さんもいるだろうし……。

 俺は色々と対処法を考えたが、ふとある考えが浮かんだ。

 そうだ。ヘルメスお姉ちゃんはどうだろう? 俺は錬金術の事は詳しく知らないが、もしかしたら薬を作れたりするんじゃないだろうか?

 しかし問題はどうやって連絡するかだ。電話なんて持ってないし…………あれ? 電話? 電話って何だ? ふと頭に浮かんだけど、見た事ないよな……?

 電話の事が気にはなったものの、今はメルヨーナさんを助ける事を優先するため、記憶の片隅に電話を追いやった。

 ……そうだ。もしかしたら、俺の能力を使えば遠くの人間にも連絡が取れるんじゃないか?

 物は試しとばかりに、俺は目を閉じ意識を集中させ、家がある方向に意識を飛ばした。

 確か、彼女は家にいる筈だ。

 しばらく意識を飛ばしていると、覚えのある気配があった。

 今家に居るとなると、彼女しかいないだろう。俺はその気配に自分の意識を重ねる。

 前に入った時よりも、少しドス黒さが無くなっている気がする。少しは彼女も落ち着けてきてるという事だろうか?

『ヘルメスお姉ちゃん。薬作れる?』

 俺が語りかけると、ヘルメスお姉ちゃんは酷く驚いた様で周囲をキョロキョロしているのを感じた。

『俺だよ。オーア。ちょっと助けて欲しいんだ』

「え!? オーア!?」

 何とか理解してくれた様だ。それにちゃんと聞こえてるみたいだ。初めてこんな長距離でやったけど、意外と上手くいくもんだな。

『あのね? 俺は今、メルヨーナさんの所にいるんだ。どうも何かの病気みたいなんだけど。何か分かるかな?』

「え? え? ちょ、ちょっと待ってね? えっと……症状はどんな感じ?」

 ヘルメスお姉ちゃんは何かの本を開いている様だった。病気に関する本だろうか?

『えっと、足元がふらついてて、顔が赤くて、呂律が回ってない』

「……うーん、それだけじゃちょっと……他には無い?」

『他? ちょっと待ってね?』

 俺は一旦ヘルメスお姉ちゃんから意識を外し、メルヨーナさんの容態を見る事にした。

 かなり苦しいらしく、呼吸が荒くなっている。汗もかいてるみたいだ。

 額に触ってみるとかなり熱く、熱もある様だった。

「メルヨーナさん、俺の声聞こえる?」

「う、はい……何ですか……?」

「何か自分の体でおかしいと思う所無い? ちょっとした事でもいいから」

「え……? 体で……? えっとぉ…………何か、背中が痛いかも……」

 背中……。

「ごめん。ちょっと我慢してね?」

 俺はメルヨーナさんを仰向けにし、上着を捲くる。

 すると、本人が言っていた様に背中にはミミズ腫れの様なものがあった。

 ミミズ腫れは赤く炎症の様なものを起こしており、少し血も滲んでいた。その有様はミミズ腫れと言うよりも、熱した鞭の様な物で強く打たれたかの様なものに見えた。

 傷口に少し触れてみると、メルヨーナさんは小さく声を漏らした。やはりこれが痛んでいた様だ。

 俺は服を戻すと再びヘルメスお姉ちゃんに意識を飛ばした。


『お待たせ』

「どうだった……?」

『熱もあるみたい。それに汗もかいてる。後、これが一番問題なんだけど……』

「な、何?」

『背中に熱した鞭で打たれたみたいな腫れがある。炎症を起こしてて、血も少し出てる』

「……ちょっと待ってね?」

 ヘルメスお姉ちゃんは慌てた様な手付きで本を捲っている。

 やがて一つのページで手が止まった。

「これだ……」

『何?』

「サイアネ症……昔一度だけ流行ったって話だけど……」

 サイアネ症……俺の記憶には無い病気だ。昔の俺は知らなかった……?

『どんな病気なの?』

「症状はオーアが見てる通りだよ。ただ、そのまま対処しないと……死んじゃうって……」

 死んでしまう? メルヨーナさんはずっと我慢してたのか……?

『薬とかは……?』

「一応、私がル・サンチェ島から持ってきた荷物の中に材料があるよ。だから、今から作れば……助かるかも……」

『お願い! 急いで! 出来たら持ってきて! 途中で母さん達の店に寄って場所聞いて! メルヨーナ時計店には裏口から入れる!』

「わ、分かった……!」

 俺は急いで意識を自分の体に戻し、メルヨーナさんを見る。

 容態は変わらず酷いままで、苦しそうにしていた。

 俺はキッチンに移動し、棚を開ける。中に何か使えるものがあるかもしれない。

 中には調味料や恐らく彼女のお祖父さんが保存していた物と思われる酒が入っていた。

 もしかしたら、これで少しは……。

 俺は酒と近くにあったコップを引っ張り出し、メルヨーナさんの下へ戻った。

「メルヨーナさん! 聞こえる!?」

「……何れすか? 今、ちょっと……喋るのも、きつくて……」

 やはり危険な状態だ。このままにしておくと、気を失う可能性もある。

 俺は酒のラベルを見る。俺の記憶が正しければ、これでいける筈だ。

「メルヨーナさん。お酒飲める?」

「分かりまへんよ……お祖父ちゃんはよく飲んでまひはけど……」

 彼女の遺伝に祈ろう……。

 俺は酒をコップに注ぎ、メルヨーナさんの顔に近付けた。

「…………っ! きついです……」

「分かるけど、我慢して。このままじゃ気を失うよ?」

 俺は手でメルヨーナさんの口を少し開けさせ、そこに酒を注ぎこんだ。

「一気に飲んで!」

「っ! ……あっ……ゲホッゲホッ! 熱……」

 これで少しは気が持つかな? あんまり飲ませる訳にはいかないし……。

 俺は手を握る。

「ごめんね。大丈夫だから。今、薬作ってもらってるからね」

「ゲホッ! う……喉痛い……」

 メルヨーナさんの目に涙が浮かぶ。

 この子のこんな表情は見た事が無い。あの元気な顔がここまでなるものなのか……。

 早く元気になって欲しい……苦手な人ではあるけど、決して悪い人ではない。それに、ピールだってこの子のこんな顔を見たら、きっと酷く心を痛める筈だ。

 メルヨーナさんは変わらず呼吸を乱し、汗をかき続けている。


 俺は覚悟を決める。

 一旦側を離れ、階段を降り、裏口の鍵を開ける。

 これで、いつヘルメスお姉ちゃんが来ても大丈夫だ。

 再びメルヨーナさんの下へ戻った俺は手を握る。

「あとちょっとだから、頑張って……」

 俺は目を閉じ、目の前の彼女に意識を移す。

 俺はそのまま彼女の体の感覚を自分に移した。

 瞬間、凄まじい痛みと脱力感が体を襲った。

 本当に意識を失いそうな程の痛みで、体に力も入らなくなったため立つ事も出来なくなり、能力を使うのもやっとの状態だった。

 彼女は、ずっとこの痛みを我慢してたのか……。

 横目でメルヨーナさんを見ると、先程よりかは幾分か楽になっている様に見えた。急に痛みが無くなったためか、驚いている様だ。

 とはいえ、俺の能力はあくまで感覚だけ。体に掛かっている負荷そのものは移せない。このままだと、彼女の体はもっと蝕まれる事になる。

 俺は自分の意識を保つため、酒を手に取ろうとしたものの力が入らず、そのまま床の上に酒をぶちまけてしまった。

 しまった……これじゃあ……もう駄目かも……。

 体は俺の意思を無視する様に動かなくなり、何かを切られたかの様に俺の意思も途絶えた。

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