第19話:悪夢と家族
俺は見知らぬ場所で目を覚ます。何だ、ここ……?
俺の周りは闇に包まれているかの様に真っ暗で、ここがどこまで続いているかも分からなかった。
俺はとりあえず歩く事にした。何だか分からないが、嫌な感じだ。あんまりここには長居したくない。
しばらく歩いていると、誰かが見えてきた。女性の様に見える。その隣には、小さい子供がいる。
その子は何やら叱られている様に見える。
……何だろう、この感じ……凄く、嫌な感じだ。それに、あの女の人……見た事ある気がする。いったい誰だっけ……。
俺の目の前で女性が子供を叩く。俺の体が思わずすくむ。変な汗が出てきて、体が強張る。何で……止めなきゃいけない筈なのに……。
女性はそこから消えるように歩いていった。子供は泣いている。
俺は意を決して声を掛ける。
「ね、ねえ君、大丈夫?」
「お兄ちゃん……誰?」
どうやら俺の事は見えている様だ。
「俺は、オーア・メイって言うんだ。君は?」
「ぼ、僕は――」
な、何だ? 今この子、何て言った? よく聞こえなかったが……。
「ごめん。もう一回教えて?」
「う、うん。あのね――」
……駄目だ、聞こえない。何でだ……他の声ははっきり聞こえているのに……。
「……ありがとう。あの、さ。何かあったの?」
「お母さんが……僕にもう止めろって……」
「何を?」
「勝手に人の目で見ちゃいけませんって……」
え……? 人の目で……? 俺と同じ様な力を持ってるのか……?
「えっと、どういう事?」
「僕がお母さんの目で色々見てて、そしたらお母さん怒って……」
やっぱり、俺と同じ……。
俺が更に詳しい事を聞こうとすると、少年は闇に飲まれるように消えてしまった。
俺は、何を見てるんだ……?
一人になってしまった俺はまた歩き出した。もしかしたら、また会えるかもしれない。
俺は何かないかと周りを見回す。だが、変わらず周りは闇の様に真っ暗だった。家族に会いたい……。
突然俺の周りに複数の人間が現れた。知らない筈の人達なのに、何故か俺はこの人達に見覚えがあった。
「あ、あの、何ですか?」
俺が尋ねると、その中の一人が話し始めた。
「お前のせいだ」
え? 何だ……急に……。
「お前のせいで娘が死んだ」
何を言ってるんだ……何の事だ……。
俺が戸惑っていると、後ろから蹴りを入れられ、その場に倒れてしまう。
「あなたのせいだ」
「お前のせいだ」
「お前がいなければ」
「死んでしまえ」
「死ね」
「消えろ」
「くたばれ」
俺に数々の罵倒が浴びせられる。この人達は何が言いたいんだ? 俺が、何をした……。
俺は罵倒に耐え切れなくなり、耳を塞ぐ。頼む……止めてくれ……何なんだ……俺が何を……。
罵声を浴びせていた人達はついに俺に暴力を振るい始めた。俺の体に痛みが走る。誰かに痛みを移してしまおうと思ったが、何故か彼らからは気配を感じ取れなかった。彼らはいったい何なんだ……。
痛みはどんどん強くなっていく。俺は強くなる痛みに必死に耐えようとしていたが、最早声を堪えるのも難しいほどになっていた。
痛い……痛い……痛い……痛い……痛い……嫌だ……嫌だ……嫌だ……嫌だ……誰か、助けて……。
会いたい……父さん、母さん……マティ姉……ピール……ヘルメスお姉ちゃん……会いたい……家族に、会いたい……。
俺はついに耐え切れなくなり、声を上げた。
「止めろォぉおおおおおおおおおおぉおおおおおッ!!!」
俺は自らの声で目を覚ました。体は汗でびっしょり濡れ、呼吸は大きく乱れていた。隣ではマティ姉が驚いた様子でこちらを見ていた。夢……だったのか?
「オ、オーア、大丈夫……?」
「……あ、え……あ、れ?」
「急に大声出して暴れ初めて……どーしたの? 怖い夢でも見た?」
俺はマティ姉の顔を見る。ああ……知ってる顔だ。俺の知ってる家族の顔だ。
「……ごめん。大丈夫。夢だよ。何でもない……」
「そう? 無理しないでよ?」
「うん……ごめん、ちょっとシャワーでも浴びてくるよ。汗、流さなくちゃ……」
俺は震える脚で何とか立ち上がりながら、部屋を出た。
いったい、何だったんだ……本当にただの夢だったのか……? それにしては、やけにリアルな感触がした……。
シャワーを浴びるために下に降りると、父さんと出くわした。
「オーア、大丈夫か? 今凄い声がしたが……」
「あ、ごめん。起こしちゃった? 大丈夫だよ。変な夢見ただけだから……」
「……そうか? いいか。無理するなよ? 何かあったら父さん達にすぐ言え。いいな?」
「……うん。ありがとう」
俺は父さんに礼を言い、浴室に向かった。
少し安心した……父さんの顔を見れた。まだ、日は昇ってないみたいだが、日が昇ったら、すぐにでも母さんやピール、ヘルメスお姉ちゃんの顔を見たい。家族と、一緒にいたい。
俺は服を脱ぐと、すぐにその異常に気付いた。
俺の体には見覚えのない痣が出来ていた。一瞬、ハッコウダとの戦いで出来た傷かと思ったが、先程の事もあり、嫌な予感がした。
まさか……な。俺は自分の中にある疑念を振り払い、浴室に入った。
きっと、考えすぎだ。嫌な夢を見たから、そういう風に思ってしまっただけだ。そう……そうに決まってる。
シャワーを浴び終えた俺は、着替えを済ませ、部屋に戻った。
部屋にはマティ姉がまだおり、俺の心を安心させてくれた。
「おー、お帰り。さっぱりした?」
「うん」
「ほら、ここおいで。朝はまだ来ないよ?」
マティ姉はベッドに入るように誘ってきたが、俺は断る事にした。
「ごめん。ちょっと起きてるよ。あんまり眠くないし」
俺は完全に目が覚めてしまっていた、という理由もあるが、それ以上に、またあの夢を見るのが怖かった。あんなに孤独で痛い夢は、もう見たくない。
「ありゃ、そう? 無茶しないでよ?」
「うん。ありがとう」
俺が礼を言うと、マティ姉はキョトンとしていた。
「え? 何のお礼?」
「いや、マティ姉が側にいてくれて良かったなって……。あの夢から覚めた時、マティ姉の顔を見て、凄く安心したんだ。だから、そのお礼」
俺がそう言うと、マティ姉はいつもの様に笑った。
「にしし、そう? そんなに安心した? そっかぁ~」
「うん。本当に……安心した」
そういえば、マティ姉はまだ眠い筈だよな?
「マティ姉」
「ん? どした?」
「起こしちゃってごめん。まだ眠いでしょ? 俺はもう大丈夫だから、部屋に戻って寝てていいよ?」
俺がそう言うと、マティ姉は勢いよく立ち上がった。
「なーに言ってんのさ! オーアを一人にする訳ないじゃん! 朝まで付き合うよ」
……本当にこの人は、優しい人だ。
「そっか。じゃあさ、朝まで話でもしようよ」
「おっ、いいね。何の話にする?」
俺の答えはもう決まっていた。
「じゃあ、家族の話が聞きたいな。俺がここに来る前の、家族の話」
「いいよ。まずはねぇ……」
マティ姉は要望通り家族の事を話してくれた。父さんと母さんにキャンプに連れて行ってもらった事、ピールが産まれた時の事、ピールの世話をした時の事、その他諸々、色々教えてくれた。
やっぱり、まだまだ俺の知らない事だらけだな……。いつか、俺もこういう風に家族の事を語れる日が来るといいな……。
そのまま俺は家族の話を聞きながら、朝まで過ごした。




