第18話:嫌悪
俺は痛みと共に目を覚ます。……ここは、病院か。
俺は体を起こす。まだ少し痛みはするが、左手を落とそうとした時ほどではない。
俺は周りを見回した。誰も……いないのか? 俺は突然強い孤独を感じた。
いつもはこんな時、誰かが居てくれた。いつも、側に居てくれた。
俺は目元を拭う。こんなにも一人でいる事が寂しい事だとは思わなかった。
どんなに拭っても次々と涙が出てくる。どんなに痛くても、ここまで涙が出た事は無かったのに……。
俺が涙を拭っていると、病室の扉が開く。
「起きたか」
入ってきたのはマルデダだった。
「あ、ああ。マルデダか……」
「……嫌そうだな」
「別にそんな事はないよ。マルデダが居てくれて、少し安心した」
「……まあいい。それよりも、あいつらの事だ」
俺は少し気を引き締める。
「……何か分かったのか?」
「いや……あのハッコウダだが……死んでいた」
俺はあの時の事を思い出す。そういえば、あの水になれる奴が顔の所を覆ってたな……。
「もしかして、あいつが?」
「ああ。ミナヅキスズミ……うちの組織の下っ端だ」
確かに、下っ端ぽい人ではあったが、本当にそうだったのか……。
「あの人は、どうなったんだ……?」
「さあな。どっか行っちまったよ。あいつが死のうが生きてようが、俺には関係ないがな」
俺は少し不安になる。彼女は……生きる場所が違えば、そんなに悪い人ではない気もする……。
俺は日ノ本の事を尋ねる。
「日ノ本は、どうなったんだ?」
「……悪い。今回は、間に合わなかった」
俺はその言葉を聞き、最悪の事態を考えた。まさか……ピールが殺した訳じゃないよな……? あの子が、殺した訳じゃ……。
「な、なぁ、死因は……何だったんだ?」
「また毒だ。今回は、前のより協力だったらしい」
俺はホッとした。しかし、それと同時に自分の事を嫌悪した。人が死んだというのに、俺は……。
俺の肩に手が置かれる。
「別にテメェが気に病む事でもないだろ。あいつは自分で納得して死んだ。それだけだ」
俺は自分の考えを振り切る様に話題を変える事にした。そうでもしないと、耐えられない……。
「あのさ、母さん達は?」
「あ? あいつらなら、センセーのとこにいるぞ。行くか?」
「そう、か。うん。じゃあちょっと行ってくる」
俺はベッドから立ち上がり、グーロイネ先生の所に向かう事にした。マルデダは部屋を出ようとはしなかった。気を使ってくれたのかもしれない。
病室を出た俺は診療室へ向かった。一刻も早く、母さん達に会いたかった。
俺はノックするのも忘れて扉を開く。
そこには、俺の望んだ顔ぶれがあった。
「オーア。もう大丈夫なの?」
「オーア兄ぃ!」
「オーア!」
あぁ……嬉しい……名前を呼んでもらえるだけで、こんなにも安心出来るものなのか……。
「うん。もう、大丈夫だよ」
グーロイネ先生が溜息を吐く。
「あんたは本当によく怪我するねぇ……」
「す、すみません。気を付けてはいるんですけど……」
「……あんたの体はあんただけの物って訳じゃないんだよ?」
俺はその言葉を聞き、言葉が出なくなる。グーロイネ先生の言う通りだ。俺が怪我をすると、母さんや皆に心配を掛けてしまう。別に俺だって怪我をしたくてしてる訳じゃない。でも、誰かが俺の命を狙ってる。ひょっとしたら、俺は……。
「聞いてんのかい?」
「……あの、先生。ちょっと席を外してもらえませんか? 少しの間でいいんです」
俺がそう言うと、グーロイネ先生は何も言わず、部屋を出て行った。
母さんが俺を心配そうに見る。
「オーア? どうしたの?」
言わないと……弱い自分と別れないと……。
「母さん……やっぱり、さ……俺がここに居たら駄目なんだよ。俺が居たら、母さん達にも危害が及ぶ。俺一人になれば……もう母さん達に危害が及ぶ様な事は……」
俺がそこまで言った所で、頬に鋭い痛みが走る。母さんが、俺の頬を叩いたのだ。その顔は……涙で濡れていた。
「……そこまでにして頂戴。それ以上は言わないで……」
俺は後悔した。俺が、母さんを泣かせてしまった。家族だけは泣かせたくないのに……俺が、自分自身の言葉で、泣かせてしまった。
「……ごめん。でもね……母さん達の事が大好きだから言ってるんだ。俺みたいな、誰なのかも分からない人間を拾ってくれた。一緒に笑ってくれた。一緒に居てくれた。本当の家族みたいに愛してくれた」
ピールが割って入る。
「オーア兄。止めて。家族でしょ? 困ってるなら助け合うのが家族だよ?」
「……ピール。ごめん。駄目なお兄ちゃんで、ごめん……」
「……何で謝るの? 何も悪い事してないじゃん」
「……危険に巻き込んでしまった。少なくとも俺が居なければ、ピールが狙われる事も無かった筈だ……」
ピールは黙って下を向いてしまった。そうだ……いっその事、嫌ってくれ……そうすれば、後は俺だけの問題になる。
今度は、ヘルメスお姉ちゃんが俺に話し始めた。
「あ、あのね? 私は、そこまで付き合いが、長い訳じゃないけど……で、でも、オーアが困ってるなら、力になりたい……」
「……無理しなくていいよ。ヘルメスお姉ちゃんは……自分の事で精一杯なんだから。下手に気を使わなくていいんだよ……」
「た、確かに私は、気が弱いし、頼りないかもしれないよ……? で、でも……だからって、泣いてる家族を放っておくなんて、私には出来ないよ……」
俺はその言葉を聞き、手で顔を触る。
……あれ? 何で俺、泣いてるんだ? 別に悲しい事なんて無いのに……痛みも、もう無いのに……どうして……。
涙はどんどん出てきて、最早止められなくなっていた。頼む……止まってくれ……母さん達が、見てるんだ……もうこれ以上、心配掛けたくないんだ……。
母さんは椅子から立ち上がった。そのまま、ここから出て行ってくれ……俺の事、嫌いになってくれ……。
だが、俺の思いは届かなかった。母さんは、いつもの様に俺を抱き締めた。いや、いつもとは少し違う。頭を、撫でてくれた。
「絶対に私はあなたを一人にしたりしない……。例え、あなたが誰であっても……あなたは私の大切な子供なんだから……」
違う……止めてくれ……これ以上はもう、巻き込みたくない……。
「母さ、ん……お、俺は多分、悪い奴なんだよ。こんなに、命を狙われるなんて、さ……そうじゃないと、説明つかないよ」
「いいえ。そんな事ない。あなたは優しい子。母さんが今まで見てきたんだもの」
ピールが顔を上げる。
「……そう。そうだよ! オーア兄が悪い人な訳ない! 今までだって、ずっとそうだったんだから!」
何で信じられるんだ……俺は、俺の事が信じられないのに……。
「オ、オーア……私もね? そう思うよ? だって、こんなダメダメな私でも、見捨てないでくれたんだから……!」
そんな訳ない……目の前で死なれるのが嫌だっただけだ……もしどこか見えない所で死んでたとしたら、俺は何も思わなかった筈だ……。
「止めてよ……俺は、そんな人間じゃない……」
「止めないわ。あなたが納得するまで、母さんは離れない。泣いてる息子をほったらかしにする母親がどこにいますか」
頭が痛くなってきた。こんなに泣いてるからか? ……こんな感情、どこかにやってしまいたい。誰かに預けて、楽になってしまいたい。……でも、きっとそれをしたら、俺は自分を本当に許せなくなってしまうだろう。
俺はもう細かい事を考えるのを止め、心の限り泣く事にした。辛いことは、全部出してしまいたかった……。
どれ程の間、泣いていたのだろうか? 気が付くと、俺は自分の部屋にいた。おかしいな……俺は病院にいた筈……。
ふと体に違和感を感じる。視線を横に向けると、マティ姉がいた。どうやら俺は抱き締められている様だった。俺はまた、少し辛くなる。
俺が起きようとすると、マティ姉の腕に力が入り、抜け出せなかった。
「……マティ姉、起きてるでしょ?」
「ばれちゃったか」
「何で引っ付いてるの?」
「ん~? ん~……まあいいじゃんか」
俺は、これ以上辛くなるのが怖くて、無理にでも起きようとした。
「おっとと、ダメだってば」
「……離してよ。起きたいんだ」
「まあまあ、ちょっとお姉ちゃんとお話しようよ」
俺は抜け出せない事を悟り、再びベッドに身を預ける。
「何話すの?」
「オーアの事かな」
「俺の事……」
「オーアはさ、ちょっと優しすぎるのかもね。何でもかんでも抱え込んじゃってさ。前にさ、言ったじゃん。一人で抱え込むなって」
「……言ったのはマティ姉じゃないでしょ」
「そうだっけ? まあ誰が言ったかはいいんだよ別に。とにかくさ、オーアはもうちょっと甘えてもいいと思うんだよね」
俺なんかが甘えていい訳ない。俺のせいでどれだけ迷惑を掛けたか……。
「……俺は一人でいい。甘えるなんて、いらない」
「そうはいかないかな。マルデダとも約束しちゃったし」
まさか……マルデダ、俺の事話したのか……?
「どういう意味……?」
「オーア、泣いてたんでしょ? 目が覚めたとき誰もいなくて、寂しかったんでしょ?」
「……目にゴミが入っただけだよ」
「あはは、そんな言い訳する人初めて見たよ。オーアは面白いなぁ」
何で……マルデダは俺の事話したんだ?
「あのさ、マルデダはマティ姉にとっては敵でしょ? 何で信じるのさ」
「そーだね。あたしも、いっつもならあいつの事信じたりはしなかっただろうね。でも、さ……あいつにはオーアの事助けてもらった借りがあるしさ」
たった、それだけの理由なのか……?
「それが、理由なの?」
「そーだよ? あたしらしくない?」
マティ姉は笑う。その笑顔には偽りは無かった。少なくとも、俺はそう感じた。
俺は、マティ姉の腕に手を添える。
「そうだね。マティ姉らしいよ」
「でしょ?」
「うん。それで、さ。俺、父さんと話したいんだ。だから、さ。ね?」
そう言うと、マティ姉は少し苦笑いした。
「やー、今は止めときな? 父さん相当思い悩んでたからさ」
やっぱり、俺のせいで……。
「そっか……」
「大丈夫だって。明日になったら親父も大分落ち着くよ」
明日になったら……そうだな……父さんとは、俺も落ち着いて話したいし……。
「……そうだね。明日にするよ。だから……」
俺が腕をどかそうと力を入れるものの、マティ姉の腕はびくともしない。
「そうはいかんよ。そうは。今日は一緒に寝ようよ」
「いや、もう大丈夫だから……」
「まあまあ。今日ぐらいはさ、お姉ちゃんに甘えなって」
こうなってしまったら、もう説得するのは無理だろう。素直に諦めよう。
「分かったよ……今日だけね」
「そう言いつつも、あたしが頼んだら何回でも寝てくれそうなオーアが好きだよ?」
「はいはい……」
「ククク、照れてやんの。可愛い奴よ」
俺は目を瞑る。あの時、父さん達はもっと頼れって言ってくれたけど、俺は本当に頼ってもいいんだろうか? それは甘えではないのだろうか? 過去の記憶が無い俺にとって、何が正解なのか分からない。
俺はいったい、誰なんだ……。




