第16話:機械仕掛けのオーレリア
俺は目を覚ます。もう、朝か……。
体を起こした俺はふと思う。そういえば、母さんの店、しばらく手伝えて無いな。今日は手伝おう……。
着替えを済ませた俺は一階に降りる。食卓には既に全員揃っていた。もちろん、新しい家族も。
「おお、おはよう。オーア」
「おはよう父さん」
ヘルメスお姉ちゃんの方を見ると、こちらに小さく笑顔を返してくれた。良かった……ちゃんと馴染めてるみたいだ。
そういえば、あの釜がそろそろ届く筈だ。この家に置く所あるんだろうか?
「ねえ父さん」
「うん?どうした?」
「あの、ヘルメスお姉ちゃんの釜なんだけど、あれどこに置くの?」
俺がそう言うと、ヘルメスお姉ちゃんは途端に慌て始めた。
「ご、ごめんなさい!そ、外に放っておいてもらえれば……!」
しまった……そういうつもりで言った訳じゃ無かったんだけどな……。
「気にするな気にするな。それに関してはピールに意見があるみたいだぞ?」
「そうなの?ピール」
俺が尋ねると、ピールは嬉しそうに笑った。
「うん!私の部屋に置けばいいかなって思って!」
へ、部屋に?ピールの部屋には入った事は無いが、俺の部屋と同じ大きさと考えると、そんなに場所取れない気が……。
「お、置けるの?」
「うん。ちょっと片付ければちゃんと置けるよ?」
んー……ま、まあ本人が言ってるんだし、大丈夫かな……?
俺達が会話をしていると、母さんが朝食を運んできた。
俺は自分の席に着き、皆と食事をとった。
食事を終えた皆は各々、仕事の準備を始めた。俺は今日こそは母さんを手伝うために母さんとピールの後に付いていこうとしていた。
すると、ヘルメスお姉ちゃんが後ろからひっそり着いてきていた。
「あの、どうしたの?」
「へっ!? い、いや……あの……わ、私も何かお手伝いしたいなって……」
そういう事か。でも俺の一存じゃ決められないな。母さんに聞いてみようか。
「母さん。ちょっといい?」
「あら、どうしたの?」
「その、ヘルメスお姉ちゃんが手伝いたいって……」
「そう?じゃあ、一緒に行きましょうか」
母さんがそう言うと、ピールがヘルメスお姉ちゃんの横に回ってきた。
「ヘルメスさん!行きましょう行きましょう!」
「う、うん。あ、あのね?わ、私の事……さ、さん付けとか敬語とか使わなくていいからね……?」
俺は少し嬉しかった。俺以外の皆ともちゃんと親しくなろうとしているんだな……。
「そうですか?じゃあ、えっと……ヘルメス姉って呼んでいい?」
「う、うん!大丈夫だよ、ピール……」
とりあえず、大丈夫そうだな……。
俺は母さん達と共に店へと歩いていった。
開店準備を済ませた俺達は、昼前に開店させた。そろそろ、食事をとりに来る人が出始める時間だ。
すると、早速扉が開き、一人の少年が入ってきた。
ピールが接客に向かう。
「いらっしゃいませ!お一人様ですか?」
「はい。一人で参りました」
「では、こちらにどうぞー」
そう言うとピールはその少年を席へと案内していった。
厨房には母さんとヘルメスお姉ちゃんと俺がいる。料理は俺が運ぶとして、ヘルメスお姉ちゃんは何をするんだろうか?
「じゃあヘルメス。ケーキとかを作れる?」
「は、はい……い、一応錬金術無しでも作れます」
「なら、それを頼めるかしら?」
「はい、お母様」
なるほど、錬金術無しでも作れるんだな。だとしたら、錬金術は簡単に物を作るための技術なんだろうか?
母さん達の話を聞いていると、ピールが厨房に入ってきた。
「ねえお母さん。あのお客さん……」
「どうしたの?」
「何か、ヘルメス姉の事を呼んでて……」
「わ、私……!?」
どうしたんだろうか?知り合いか……?
「とりあえず、ちょっと来てもらえない?」
「う、うん」
少し気になるな……行ってみようか。
「母さん。ちょっと俺も行ってくる」
「ええ。まだ他のお客さんも来てないしいいわよ」
俺は少年のいるテーブルへと向かう事にした。
少年は椅子に座ってヘルメスお姉ちゃんと話していた。
「あ、あの……何の御用でしょうか?」
「ヘルメス様。お初にお目に掛かります。私、マスターから使命を仰せつかってこちらに参りました」
「マ、マスター……?」
「はい。私の主、トリスメギストス様です」
「えっ……!? し、師匠……!?」
ヘルメスお姉ちゃんの師匠さんから? だとしたら、何故彼女はこの少年と初対面みたいな反応なんだ……?
「マスターからの伝言です。『どうしても辛いようなら、無理をせずに帰ってきなさい』との事です」
「え……な、何で……。し、師匠が修行をしてこいって言ったのに……」
「マスターの真意は私にも判断出来ません。どのように判断するかはヘルメス様にお任せします」
どういう事だ……? 俺は少年に話しかけた。
「あの、すみません。お名前を教えてもらっても宜しいですか?」
「これは失礼しました。私の名前はオーレリアと申します」
何か、あんまり男っぽくない名前だな。
「私の事について、何か疑問を感じておられる様ですね。質問してくだされば、お答えいたします」
……何か、変だな。聞いてみるか。
「じゃあ、あなたの性別について教えてもらえますか?」
「はい。私には、明確な性別は用意されておりません。性別は私にとって必要の無いものだからです」
ピールが質問する。
「え、えっと?どういう事ですか?」
「はい。私はマスターによって造られたオートマタでございます。オートマタは他の生物と違い、子を残す事は出来ません。故に、私に性別は必要無いのです」
オートマタ? 俺の記憶には該当する言葉が無い……。俺の、知らない存在なのか……?
すると、ピールが質問を続ける。
「えっと……あなた自身としては、ヘルメス姉にどうして欲しいんですか?」
「はい。私にはそれに関する意見を言う権利はありません。権利は全て、マスター及びヘルメス様にあります」
ピールはオートマタについて知ってるんだろうか? 特に驚いている様子はないし……。俺はオーレリアに質問した。
「悪いんですが、オートマタについて教えてくれませんか?」
「はい。オートマタは、別名、機械人形です。人の手によって造られ、人の手助けをする事が私共の仕事です」
機械人形? じゃあ、彼は人間じゃないのか?
「……あなたはどうやって動いてるんですか?」
「はい。私の体内には様々な部品が詰まっており、魔術及び錬金術の力によって動いております」
そういう技術があるのか? 魔法や錬金術は、こんな事も出来るのか……。
「ヘルメス様。どうなさいますか?お選びください」
「……」
……こればかりは助け舟を出す訳にはいかないな。これは、彼女が自分で決めるべき事だ。
「……私は、まだ帰りません。せめて、自分に自信が持てるまでは……」
「……はい。分かりました。では、マスターにそのように伝えて参ります」
そう言うと、オーレリアは椅子から立ち上がり、店を出ようとした。そこにピールが声をかける。
「あ! 食事はされないんですか!?」
「私は食事をとらなくても、活動可能です。睡眠も必要ありません。必要の無い事をする必要性はありません」
オートマタ……彼らは、凄い存在なんだな……。
すると、ヘルメスお姉ちゃんがオーレリアを止めた。
「あの……! せめて、何か食べていってくれませんか……!?」
「……はい。私の行動の決定権はマスター及びヘルメス様にあります。それ故、ヘルメス様の指示に従います」
オーレリアは元の場所に戻り、席に着いた。
「食事の準備は完了しました。いつでも問題ありません」
「あ、ちょ、ちょっと待って下さいね! すぐに作りますから……!」
そう言うと、ヘルメスお姉ちゃんは厨房へと戻っていった。
俺は、少しオーレリアと話してみようか。
「あの、質問しても宜しいですか?」
「はい。質問をどうぞ」
「あなたはどこから来たんですか?」
「はい。先程も申し上げました様に、マスター、つまりはトリスメギストス様によって造られました」
そ、そういう風に解釈したか……。
「えっと、そうでは無くて、ここに来る前にいた場所を教えてもらえませんか?」
「はい。私は、とある孤児院におりました。その際、マスターからの指令が届きましたので、こちらに参りました」
孤児院? トリスメギストスさんの所から来たんじゃないのか?
「何故、孤児院にいたんですか?」
「はい。マスターからの指示により、孤児院の監視を行っておりました」
孤児院の監視? いったいどういう……。
「何故監視を行っていたんですか?」
「……申し訳ございません。現在の質問者様ではその情報にアクセスする事は出来ません。この情報にアクセスするには、マスターからの許可が必要となります」
……どうやらその情報は彼らにとって重要なものみたいだ。
俺達が質疑応答を行っていると、厨房からヘルメスお姉ちゃんが戻ってきた。
「お、お待たせしました」
机の上に皿が置かれる。皿の上にあるのは……クリームか?
「ヘルメス様。私から質問しても宜しいですか?」
「は、はい……どうぞ」
「このお皿の上にあるのは何という名前の食べ物なんですか?」
オーレリアが俺が気になっている事を質問してくれた。どうやら、彼も見るのは初めてのようだ。
「え、えっと……これは、ロマノフ、です」
「ロマノフ?」
初めて聞く名前だ。俺の記憶には無い。
「はい。わ、私も詳しくは覚えてないんですけど、以前……本に載っていたのを見た事があって……すぐに出来るのはこれくらいかなと……」
「なるほど。ロマノフ。記憶しました。では、食べてみます」
そう言うと、オーレリアはロマノフに手を伸ばす。
それを見たヘルメスお姉ちゃんは慌てた様子で止める。
「あっ! 駄目ですよ! スプーンを使ってください!」
「畏まりました。ヘルメス様の指示通り、スプーンを使用します」
食事を必要としないからスプーンを使うという発想が出なかったのだろうか?
オーレリアは慣れない手付きでスプーンを持ち、ロマノフを掬う。そして、そのまま口に運んだ。
ピールが尋ねる。
「どうですか?ヘルメス姉が作ったロマノフ、おいしいですか?」
「……口の中に未知の感覚が広がります。該当する表現が見当たりません。これは何ですか?」
「え、えっと……多分それは、『甘い』って感覚です」
「……『甘い』。なるほど。理解しました」
そうか……味覚がどんなものなのかも、分からないのか……。
「ど、どうですか?甘いの、おいしいですか?」
「……おいしい、という感覚がはっきりとは分かりませんが、もっと口に入れてみたいです」
「そ、そうですか……良かった……」
どうやら気に入ってくれた様だ。
オーレリアは迷う様な動きは見せず、次々とロマノフを口に運んだ。
「……こちらから質問しても宜しいですか?」
「は、はい。何でしょう?」
「ロマノフの作り方を教えては下さいませんか?」
そ、相当気に入ったんだな……。
「い、いいですよ? 厨房に来ていただけますか……?」
「はい。ヘルメス様」
二人は厨房へと入っていった。
ピールが俺に話しかける。
「凄いね! オーア兄!」
「え? 何が?」
「ヘルメス姉が作ったデザートはオートマタの人にも気に入ってもらえる様なものって事だよね!」
確かに、機械人形にもおいしいと思われる。それだけ、作るのが上手という事だろう。
「そうだね。オーレリアさんも気に入ってくれたみたいだね」
ピールと共に厨房に戻った俺は、ロマノフの作り方を教わるオーレリアと教えるヘルメスお姉ちゃんを見守った。
ロマノフの作り方を教わったオーレリアは残りの任務を遂行するため、孤児院に戻る事になった。
「それでは皆様、私は戻ります。ヘルメス様が皆様の下に残られる件、マスターに伝えておきます」
「お、お願いしますね……」
「はい。ヘルメス様。承りました」
ヘルメスお姉ちゃんとオーレリアが話していると、母さんがオーレリアに近付いていった。
「もし良ければ、これを持って帰って?」
「何でしょうか?」
見てみると、母さんは小さな袋をオーレリアに手渡していた。
「クッキーよ。孤児院の皆に持って帰ってね?」
「はい。任務に関係している物と判断したため、持ち帰ります」
「また来てね?今度は他の子も連れてきて?」
母さんがそう言うと、オーレリアは少し沈黙した後、返答した。
「……承りました。今度は他の皆様を連れてきます」
気が付くと、常連の人達が店に向かってきているのが見えた。
「母さん。そろそろ……」
「ええ。それじゃあね。気を付けて帰るのよ?」
「はい。必ず、このクッキーを持って帰ります」
そう言うと、オーレリアは大きく頭を下げた後、歩き始めた。
俺達がそれを見送っていると、ヘルメスお姉ちゃんが声を上げた。
「オーレリアさん!」
それを聞いたオーレリアはこちらを振り返った。
「何でしょうか?」
「も、もし、体の調子が悪くなったりしたら、私の所に来てくださいね……? 可能な限りで、治しますから」
「……我々オートマタは基本的には壊れません。何百年も生きることが可能です。……ですが、もし何かあれば伺おうかと思います」
「……はい!」
オーレリアはそう言うと、再び頭を下げ、通りを歩いていった。
俺はヘルメスお姉ちゃんに話しかけた。
「……凄いね」
「うん……私も、初めてオートマタを見たけど、あんなに……人間に近いんだね」
「いや、そこも凄いけど。俺が言ったのは、ヘルメスお姉ちゃんの事だよ」
「わ、私……!?」
ピールが話し始める。
「そうだよ! ヘルメス姉が自分から、誰かに頼る様に言うなんて!」
「そ、そんなに驚かれる様な事……?」
「うん。凄いよ。前までのヘルメスお姉ちゃんだったらあんな風に言えなかったんじゃないかな?」
「そうそう!」
「う、うぅ……ふ、二人とも私の事、どういう風に思ってたの……?」
俺達が話していると、母さんが手を叩き、俺達に声をかける。
「はいはい! 忙しくなる時間よ! 急いで!」
そ、そうだった! さっき常連さん達が見えてたんだ!
俺達は慌てて店内に戻り、仕事を始めた。久しぶりに母さんの力になれそうだ!




