第14話:メアリー・スーの怪物
俺達は長い船旅を終え、俺達の街に帰ってきていた。
街はいつもと変わらず、人通りが多く、賑やかだった。
俺はヘルメスさんの荷物を運びながら、彼女の方を見る。
慣れない街に少し怯えているようで、挙動不審にキョロキョロしていた。
「どうしたんですかヘルメスさん」
「ひっ……い、いえ……この街は、ひ、人が多いんだなと……」
そうか。人見知りな彼女にとっては、この位の人の数でも怖いんだな。
「大丈夫ですよ。俺達が住んでる家は、ここから離れた所にある村ですから。そこは、そんなに人多くないですよ」
「そ、そうですか……良かったです……」
ヘルメスさんはホッと胸を撫で下ろしていた。少しは安心してくれたみたいだ。
「ヘルちゃんはさぁ、あんまり人好きじゃないの?」
突然、マティ姉がヘルメスさんに話しかけた。……ヘルちゃん?
「へ、ヘルちゃん……?」
「ニックネームだよ。可愛くない?ヘルちゃん」
「ヘルちゃん、ですか……だ、大丈夫です」
「おっ、良かった良かった。で?人好きじゃないの?」
「あ、あんまり好きじゃないです……。な、何を考えているのか分からない人が多いですし……そ、それに悪い人もいますし……」
「んー……じゃあ、あたし達の事も嫌い?」
「そそそそんな事ないです!ごめんなさい!私なんかが好きだ嫌いだを決めるなんて……!」
また始まった。これは……相当だな……。いったい何があったらこうなるんだ……?
すると、慌てるヘルメスさんの手をピールが繋いだ。
「大丈夫ですよ!好きなもの嫌いなもの、誰にだってありますよ!」
「で、でも……私は選り好み出来る立場では……」
今度は母さんが反対側の手を繋ぐ。
「好きか嫌いか、人によって様々よ?そんなに卑下する必要はないわ」
「ご、ごめんなさい……」
ヘルメスさんは申し訳なさそうに下を向いてしまった。……何が彼女をここまで苦しめているんだろうか。俺の能力で取り除いたりは出来ないだろうか?
俺はふとそう感じ、試しに目を閉じ、ヘルメスさんに意識を集中させる。
「うっ……!?ぐっ……はぁっ……はぁっ……!?」
「お、おいどうしたオーア!?」
俺は得体の知れない気持ち悪さを感じ、思わず吐きそうになってしまう。突然の事だったためか、父さんに心配されてしまう。
「い、いや……何でもないよ。ちょっとむせただけ」
「また父さん達に何か隠してないか?ちゃんと相談しろ」
「いや、ホントにむせただけだよ。心配掛けてごめん」
俺は、父さんには悪いが隠す事にした。
俺がヘルメスさんとリンクして感じたのは、とてつもない負の感情だった。俺が今まで感じた事の無い様な、凄まじい負の感情。彼女は……こんなものをいつも抱えているのか……。
俺達は何とか家に帰ってきた。何だか安心する。
「ヘルメス。あの錬金釜は後から宅配業者に持ってきてもらう事になってるから、少しの間我慢してくれ」
「はい……!わ、私は大丈夫ですからお気になさらずに……!」
俺はふと疑問に思った事を父さんに尋ねる。
「父さん。ヘルメスさんの部屋はどうするの?」
「部屋か?そうだな……」
ま、まさか考えてなかったのか……?
「わ、私はそ、外で寝ますから大丈夫です!慣れてますから……!」
「それは駄目よ?一人の母として許しません」
父さんが悩んでいると、ピールが手を上げた。
「はい!私の部屋がいい!」
「ピールの?」
「そ、そんな……申し訳ないです……私みたいなゴミ虫がお部屋に入ったら、臭いが付いちゃいますよ……」
マティ姉がヘルメスさんの口を塞ぐ。
「はいはいそこまで。謙虚も行き過ぎると良くないぞ~?」
「――!――!?」
ヘルメスさんは必死に喋ろうともがいているが、マティ姉はびくともしていない。
ピールが話を続ける。
「私の部屋ならもう一つベッドも置けるし、調度いいでしょ?」
「ピールがいいなら、それでいいが……」
マティ姉がヘルメスさんの腕を掴み、上に上げさせる。
「はーい!ヘルちゃんも賛成ー!」
「へっ!?ささ、賛成!?」
どうやら彼女にもう否定する権利は無いらしい。まあ、こうでもしないとずっと抵抗するだろうしな……これが一番いいのかも。
ヘルメスさんはピールに手を引かれ、部屋へと入っていった。
俺は荷物を部屋に持って入り、元の配置に戻しておく事にした。鞄に入れていた荷物はどれも大事な物ばかりだ。特に、日記は……。
しばらくすると、部屋の扉がノックされた。
「どうぞ?」
「……し、失礼します」
入ってきたのはヘルメスさんだった。いったいどうしたのだろう?
「どうかしました?」
「あっ……あの、ですね……?実は、その取りに行きたい物がありまして……」
「取りに行きたい物?」
「はい……実は、ル・サンチェ島でお部屋を貸して頂く前に、お世話になっていた人がいまして……」
「その人の所に忘れたんですか?」
「ひっ……そ、そうです……ご、ごめんなさい……迷惑ですよね……」
「いえ、行きましょう。俺で良ければお供しますよ」
「い、いえいえ……!大丈夫です……!」
「大丈夫じゃないですよね?こうやって俺に話してくれたって事は、一人じゃ無理そうだから、ですよね?」
俺は少し嬉しかった。彼女が勇気を振り絞って相談してくれた事が。きっと彼女にとっては相当きつい事だっただろう。
「う……は、はい……で、ではお願いしても宜しいですか……?」
「ええ。場所はどこなんです?」
「そ、そんなに遠くではないです……ば、馬車で行けるかと……。そ、それと他の方には言わないでもらえませんか……?」
「……分かりました。言いませんよ」
俺は何かを察した。多分、彼女が取りに行きたい物が恥ずかしいものという訳ではないのだろう。だとしたら……危険が及ぶ可能性がある所という事か。
俺達は散歩に出かけると嘘をつき、外に出た。確か馬車は村の入り口辺りにいた筈だ。
「ヘルメスさん。ありがとうございます」
「え?な、何がですか?」
「多分、ヘルメスさん、俺に相談するのに凄く悩みましたよね?でも最終的に俺を頼ってくれた。それが嬉しかったんです」
「そ、それが……ですか?」
「ええ。頼りにしてもらえたのも嬉しかったんですけど、ヘルメスさんが勇気を振り絞ってくれた事が一番嬉しかったです。ヘルメスさんにとっては大仕事でしたよね?」
「そうですね……本当に頼っていいのか迷いました……。こんな私を家族として招き入れてくれただけでも大変な事なのに……私の我が儘を聞いてもらって大丈夫だろうかと……」
「でも、信じてくれたんですよね?」
「はい……お、お母様やお父様……ピール、さんにマチルダさん……それにオーアさんまで……私を励ましてくれました……。だから、ここまでしてもらって信じないのも酷いなと……」
「ありがとうございます。……そろそろ馬車が見えてきましたよ」
俺達は馬車に乗り込んだ。そういえば行き先はどこなんだろうか。
「あ、あの……シキ森までお願いします」
俺が聞く前にヘルメスさんは御者に行き先を伝えた。何だ、自分で言えるじゃないか。
俺達の乗った馬車は馬の鳴き声と共に、軽快に走り出した。
「そういえば、何を取りに行くんですか?」
「そ、その……師匠から貰った道具なんです。無くても錬金術は出来るんですけど、やっぱりあれが無いと落ち着かなくて……」
どうやら本当に大切な物の様だ。彼女の性格を考えると、それを無くした状態でル・サンチェ島で働くのは辛かっただろうな……。
「大切な物なんですね」
「そう、ですね……」
あ、あれ?何かまずい事言ったか……?
「大切な物……なのに、私は……」
「大丈夫ですか?」
「私は怖くて置いてきてしまったんです……師匠からの贈り物なのに……」
……何か事情がありそうだな。俺を頼った事とも関係してるんだろう。
「ヘルメスさん。聞かせてくれませんか?俺を頼った理由」
「え?……い、いえ別に特には……ただ、何となくで……」
「ヘルメスさん、嘘はつかないで下さい。俺を頼った本当の理由があるんですよね?」
「う……あ、あの……ごめんなさい!本当はオーアさんの力に気付いて頼ったんです!」
……やっぱりそうだよな。まあ、あの時感覚をリンクさせたし、気付かれてたよな。
「やっぱりそうでしたか」
「ごめんなさい!や、やっぱり引き返して……!」
「大丈夫ですよ。謝らないといけないのは俺の方です。勝手にあなたの中に入ってすみませんでした」
「い、いえ!頭を上げてください!」
「……ヘルメスさん、何があったんですか?あなたの感情とリンクした時、とてつもない闇を感じました」
ヘルメスさんは俯くと、静かに話し始めた。
「……オーアさんは少し前まで、この世界に魔王がいたのをご存知ですか?」
魔王?何だそれは……該当する記憶が見当たらない……。
「……すみません。知りませんでした」
「魔王は強大な力を持っていて、この世界を支配しようとしていたんです」
何か……いつぞやの未来の大魔法使いを思い出すな。
「そこで、腕利きの人達を集めて、魔王を倒そうという話になったんです」
「……そこにヘルメスさんも駆り出されたと?」
「いえ……私はあの時、怖くて師匠の所で引き篭もってました。師匠も私に行くようには言いませんでした」
行かないだろうな。この人の性格だと……。
「でもそんな時、一人の男性が尋ねて来たんです。年齢はオーアさんと同じ位でした」
「その人は私に力を貸して欲しいと言ってきました。私は、怖くて何も言えませんでした……」
「すると、師匠が代わりに言ってくださったのです。『君が魔王を倒せるという確証は無い。この子をそんな危険な旅に行かせる訳にはいかない』と」
「それを聞いた男性は、私と師匠を連れ出すと、目の前で凄まじい魔法を見せました。あんな魔法は見た事がありませんでした。山や林を一瞬で消し炭にしてしまう程の力でした」
……魔法はそんな事が出来るのか。そう考えると、ミノリはかなり抑えて使ってたんだな。
「師匠はそれを見て驚いていました。私は驚きよりも、恐怖でした。だって……あんな……行き過ぎた力……あって良い訳がありません」
「師匠はこれなら大丈夫だろうと思ったのか、私に一つの道具を持たせて、送り出しました」
「……師匠に嫌だとは言わなかったんですか?」
「言いたかったです。でも……師匠は私に少しでも強くなって欲しかったんだと思います……。師匠の気持ちを考えると、私には言えませんでした……」
そう、だろうな……。
「話を戻しますね。私はその男性を見て、不思議に思った事があったんです。何でこの人の周りには女の人ばかりいるのだろうと……」
「私は最初疑問に思っただけだったんです。でも……ある日、その疑問は言いようの無い恐怖へと変わりました」
「あの日、私達は山を移動していました。その時に山賊に襲われたんです。今から魔王を倒しに行く私達にとっては、問題ない相手でした。チームには格闘家の人もいましたし、軽くいなして終わりだと……思ったんです……」
「あの人が山賊達の前に出ると、あ……あの人は……」
「大丈夫ですか?辛いなら無理に話すのは……」
「い、いえ大丈夫です。もう……隠しません。……あの人は、山賊達に魔法を使ったんです。それも、明らかにやり過ぎな位に……じわじわと……何度も何度も……相手が泣いて謝っても……」
「それだけでも怖かったんです。でも……周りの女の人の方がもっと怖かったんです……」
どういう事だ……?周りの女の人が……?
「彼女達はこう言っていたんです。『流石です!』と……」
何だ……それ……。明らかに異常だ……。
「私は怖くて怖くて、声も出ませんでした……。おかしいですよね……?身を守るためとはいえ、過剰な暴力……それに対しての賞賛……。気が付いたら私は逃げ出していました。とにかく我武者羅に走って、とにかく少しでも早く、あの場から逃げ出したかったんです……」
そうか……これが、この子を苦しめている闇なのか……。
彼女はただでさえ、精神的に弱い人間だ。それなのに、そんなもの見てしまったら……。
「……ありがとうございます。話してくれて」
「いえ……た、退屈……でしたよね?」
「いいえ。あなたの事が知れて良かったです」
「そ、そうですか……」
「その時に、その道具を落としたんですよね?」
「えっ?あ、はい。多分、ですけど……」
まあ、多分その時なんだろう。この人の性格だと、師匠から貰った道具を肌身離さず持ってる筈だろうしな。それを失くすとなると、余程取り乱した時くらいだろう。
そうして話していると、馬車が止まった。どうやら着いた様だ。
俺達は御者の人に代金を渡すと、しばらく待っていて欲しいと頼み、森の奥へと進んでいった。
「その男の人は、この先に住んでるの?」
「は、はい。そう聞きました……。魔王を倒した勇者様がシキ森で暮らしていると……」
ヘルメスさんの言うとおり、森の先には開けた場所があり、その真ん中にポツンと一つの家が建っていた。その家は、森の中にあるには似つかわしくないほど、豪華な見た目をしていた。
「あ、あれですかね……?」
「俺一人で行きましょうか?」
「い、いえ……私も行きます……!」
ヘルメスさんは深呼吸をすると、家の前へと進んでいった。俺も離れない様に付いて行く。
ヘルメスさんは震える体を何とか止め、ドアの横に付いていた鈴を鳴らした。
数秒ほどの静寂の後、ドアが開き、中から一人の女性が姿を現した。
「どちら様?」
「あ、あの……!私!ヘルメス・アルケミーと言います……!ほ、本日は……その、お頼みしたい事がありまして……!」
「何ですか?」
「えっと……その……!」
助け舟を出した方が良さそうだな。
「この人が以前そちらの勇者様にお世話になっていた様でして。その時に、大切な道具を忘れてしまった様なのです。返して頂けませんか?」
「……少々お待ちを」
そう言うと、女性は扉を閉め、家の中に消えていった。
「す、すみません……私なんかのために……」
「いいんですよ。それより、さっきの人、知り合いですか?」
「いえ……あの時にはいなかった方だと思います……」
ということは、あの後にまた一人女性が増えたという事か。
しばらく待っていると、扉が開き、俺と同い年位の男が出てきた。何だ……その似合わないコートは……。
「ああ、誰かと思えばお前か?何しに来た?」
こいつ、態度がデカイな……。
「あ、あのですね……?わ、私が持ってた道具を持ってらっしゃらないかなと思いまして……」
「あぁ、あれか?あれなら売ったよ」
は?今こいつ何て……?
「う、売った……?」
「そうだよ。だっていらないから捨ててたんだろ?」
何なんだこいつは……人の物を勝手に捨てるか?普通……。
「そ、そんな事……!あ、あれは師匠から貰った大事な物で……」
「あのさ?途中でビビって帰った癖に何文句言ってんの?文句言っていいのは最後まで付いて来た奴だけだろ?」
こいつは……人の気持ちが分からないのか……?
「で、でも……」
「あのさァ!ウザイんだよ!ウジウジしてさ!キモイんだよ!お前にはこれがお似合いだよ」
そう言うと、突然ヘルメスさんの上から水が降ってきた。陰湿過ぎないか……?
「よく似合ってるよ!お前のキモイ泣き顔にな!」
やり過ぎだ。俺は間に割って入る。
「止めて下さい」
「何?また、俺何かやっちゃった?つーかお前誰?」
「へルメスさんの家族です」
ヘルメスさん、家族って言ったら嫌がるかな……?
「家族?こいつにいたのかよ。あのジジイだけかと思ってたよ」
「とにかく、すぐにヘルメスさんの道具を買い戻して下さい」
「何で俺がそんな事する必要がある訳?」
どこまで性根が腐ってるんだ……!
「人の物を勝手に捨てるのは非常識です」
「……俺に命令すんなよ」
瞬間、俺の体に鈍い痛みが走り、体が吹っ飛ぶ。何だ……?何をされた……?
「オ、オーアさん!?」
「あーウザイ……ホントウザイ……教師かよ……」
俺は何とか体を起こす。これはもう……穏便には済ませられないかもしれない……。とは言え、なるべく戦闘は避けたい……。
「買い戻して……下さいっ……!今のは大目に見ますから……!」
何とか穏便に済ませたかったが、どうやら駄目だったらしい。
「大目に……?上から目線かよ。ムカつくんだよ……木下も鎌田も……!」
何だ?キノシタ……?カマダ……?誰の事だ……?
「あいつらがこっちに来たら、こうしてやるのになっ!」
彼が手を振り上げると同時に地面が捲れ上がり、空中に浮かび上がった。数秒の間があった後、地面の破片が空中から降り注いできた。
俺は何とか転がる様に避けていたものの、最後の一つが避けられなかった。
「っ!!」
左腕が潰された。最早声さえも出なかった。くそ……やっと手首の傷が治ると思ってたのに……!
俺はヘルメスさんを横目に見る。彼女は小さく震えていた。ああ……まずい……これ以上トラウマを増やす訳には……!
俺は痛みを堪え、意識をあの男に集中させる。痛みの移譲は出来ないかもしれない。だが、リンクは出来る筈だ。
……俺の考えは甘かった。奴は、俺が思っていたよりも、凶暴で、強大だった。
「お前、何かしようとしてるみたいだけど無駄だよ。俺の方が強いんだ」
奴は俺にゆっくりと近付いて来ていた。
判断を誤った……。先にヘルメスさんにリンクして、体を無理に動かしてでも逃がすべきだった……。
俺はちらと家の方を見る。窓からは俺より少し年下と思われる少女達が顔を出し、この男に声援を送っていた。その様子は酷く不気味で、歪だった。
「死ねよ」
奴が俺の体に触れるとそこからじわじわと穴が開いていった。凄まじい痛みが体を襲い、思わず声を上げそうになってしまう。……堪えなければ、ヘルメスさんを……逃がさなくては……。
俺は溢れる涙で顔を濡らしつつ、ヘルメスさんの方を向いた。頼む……逃げてくれ……。
「余所見してる余裕あんのかよ!」
俺の体にまた穴が開いていく。くそ……何なんだこいつは……どういう教育を受けたらこうなるんだ……。何で、リンクさえ出来ない……。
「俺はな、神にもなれるんだよ。誰もが恐れる神にもな?そうなれば、誰も俺に舐めた口を利かなくなる。誰も俺を馬鹿にしなくなる」
何なんだ……そんなに、偉くなりたいのか……?そんなに偉くなって……どうしたいんだ……。
「じゃあな。消えろ」
拳が俺の顔に迫る。その瞬間、俺の意識は消失した。




