第13話:壊れかけの錬金術師
俺達は錬金術師のヘルメスさんを連れて、観光をする事になった。さっきからずっと落ち込んでいるが大丈夫だろうか……。
「ヘルメスさん!錬金術ってどうやるんですか!?」
ピールが興味津々に尋ねる。今はそれ聞かない方がいいんじゃ……。
「……錬金釜に、色々……入れて、混ぜて……出来上がりです……はは……そんな事も出来ないんですよね……私って……」
これは駄目だ……完全に打ちひしがれている……。
すると母さんがフォローに入った。
「何事もいつも上手くいく訳じゃないんだから、気にしなくていいのよ?」
「で、ですが……私の師匠は、その道では有名な方なんです……それなのに、弟子がこんなんだと知れたら……」
どうやら母さんのフォローも上手く効かなかったみたいだ。これは重症かも……。
すると突然マティ姉がヘルメスさんとがっしりと肩を組んだ。
「あーも~、いつまでもウジウジしない!幸せが逃げてっちゃうぞ!」
「いいんです……わ、私なんかが幸せになろうなんて考えるなんて……恐れ多くて……」
「……しょーがないなー」
そう言うとマティ姉はヘルメスさんの脇腹に手を添えると勢いよくくすぐり始めた。
「笑え笑え!笑えば幸せはやって来るんだよーー!」
「ひっ……!?ふっ……」
どうやらヘルメスさんは我慢している様で、必死になって声を抑えていた。
「ん~~?我慢してんの~~?素直になっちゃえよ?」
「やっ……ん、ふふ……!」
どんどん耳まで真っ赤になっていく。これ、大丈夫なのか……?
「そんなルビーみたいに赤くなってもお姉ちゃんやめないぞ~?ほれほれ!」
「はぁっ、はぁっ……うっ、く……ひひひ……」
ちょっとこれはやりすぎだ。俺は止めようとして声をかける。
「マティ姉、やりすぎだって!」
「そんな事無いよ。……しかし強情な奴だなぁ。しょーがない。あれを使うか」
あれ?いったい、何するつもりだ……?
そう思っていると、マティ姉が突然、ヘルメスさんの耳に息を吹きかけた。
「フゥッ……」
「ひあっ!?っははははは!?……んっ……!」
一瞬笑ったが、すぐに口を押さえた。もうこれ素直に笑った方が身のためなんじゃないかな……。
「おっ?この感じ……ははぁん?なるほどなるほど?ふぅ~~ん?」
あっ、マティ姉が悪い顔した。これは、何かやる気だな……。
そしてとうとう、マティ姉は最後の技を使った。ヘルメスさんの耳を食んだのだ。これ……絵的には結構アウトな気が……。
「んひゃぁっ!?」
「ほーよほーよ?こへがいいんはろ~?こへが?」
「いっひひひひひ!はは!分かりました!分かりましたから!!やめへっひひひ!」
ヘルメスさんは堪えきれず、大声で笑った。観光名所の町に、大きな笑い声が響き渡った。
「はぁっ……はぁっ……」
「あの、大丈夫ですか?」
「うっ……ごほっ……は、はい、大丈夫です……御迷惑を掛けてしまいました……」
随分とぐったりしている。やっぱり、やりすぎだ……。
「マティ姉、やっぱりやりすぎだって」
「え~?でも良かったんでしょ?あの反応、耳がいいんでしょ?」
「ちがっ、それは違います!きゅ、急だったからビックリしただけで……」
「そう~?でも笑ってたじゃん」
「マティ姉……あれはくすぐられたから笑ってたんだよ?別に嬉しいとか楽しいとかそういうのでは無いと思う」
「おかしいな~……小さい頃にピールにもやってたんだけどキャッキャッ笑ってたぞ?」
「え……?マティ姉、それ初耳なんだけど……」
「え?覚えてない?」
マティ姉、これ昔からやってたのか……。
「そういやぁやってたな。とにかくピールの事が可愛くて仕方ないって感じだった」
「そうね。二人とも楽しそうにしてたわね」
「えぇ……」
どうやら、知らない方がいい思い出もあるみたいだ……。でも、そういう家族の触れ合いが小さい頃からあったっていうのは、少し羨ましいな……。
何とか元気を取り戻したヘルメスさんを連れて、俺達は土産物屋が多くある通りを歩いていた。
「あの、ヘルメスさん!ここのおすすめのお土産って何でしょうか!?」
ピールがヘルメスさんに再び絡む。この子、錬金術とか結構興味あるのか……?
「そ、そうですね……やっぱり、瓶詰めにした砂でしょうか?」
「砂ですか!あっ、それと私に敬語使わなくていいですよ?ヘルメスさんの方が少し年上ですよね?」
「えっ……!いえいえそんな……ピ、ピールさんの方が年上ですよね?」
「私は17歳です!ヘルメスさんは19歳ですよね?」
「へっ!?な、何で知ってるんですか……?」
「このガイドブックに書いてありました!」
ピールがそう言うとヘルメスさんの顔が真っ赤になった。
「そそそそそれは!ああ……あの時……取材受けちゃったから……!こ、こんな私の情報が載るなんて……端の方に小さくって約束だったのに……!」
「ですから!私の事は、呼び捨てにして下さい!ねっ?」
ピールに圧されたのか、ヘルメスさんは大人しく言う事に従った。
「うぅ……分かり、分かったよ……。よ、よろしくね?」
「はい!」
「さて、それじゃあ一つ買って帰るか!」
「おおお金は私が払います!迷惑を掛けてしまったので、せめてものお詫びに……!」
「いいのよ、気にしなくて?しょうがない事だったんだから」
「で、ですが……!」
必死にお金を払おうとするヘルメスさんの背後に黒い影が忍び寄っていた。
「だーれだっ!」
「ひゃい!?誰ですかぁ!?」
その人物は父さんに目配せをし、その隙に父さんは代金を払っていた。
「え?え?ホントに誰ですか……?」
「正解は……ぎゅっ!」
そう言うと彼女はヘルメスさんの両耳を優しく握った。またか……。
「いひっ!?」
「ははは!ホントに耳が駄目なんだね~」
「あ、あなたですか……やめてくださいよ……心臓が止まるかと思いました……」
「ごめんごめん。こうでもしないとホントに払いかねかったからねぇ~。それと、あたしはマチルダ。マチルダお姉ちゃんって呼んでいいよ~?」
「マ、マチルダさんですか……」
「お姉ちゃん、は?」
そう言いながら、マティ姉は両手をにぎにぎしている。もうこれ脅しだろ……。
「マ……マチルダ、お姉ちゃん……?」
「んーーーっ!!愛い奴よ愛い奴よ!」
マティ姉がヘルメスさんを抱きしめる。あっ、まずいまずい……絞まってる絞まってる!
俺は急いでマティ姉を離れさせた。手加減を知って欲しいなぁ……。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、そろそろ帰らなくてはいけない時間になっていた。
俺達はヘルメスさんを連れて、クルクンに戻ってきていた。
「いらっしゃ……ああ、皆さんでしたか」
「ゴ、ゴードンさん……ただいま帰りました」
すると店長は思いもよらない言葉を発した。
「ヘルメス……君は、本日をもってクビだ」
「へっ!?」
「流石に何度も爆発を起こされたんじゃ、うちとしても堪ったもんじゃないからね」
「そんな……でも!ア、アトリエが無いと……私……」
店長が父さん達に目配せをすると、マティ姉がヘルメスさんの手を繋ぎピールと共に外に連れて行った。その表情は先程までのふざけていた時とは違い、真剣なものだった。
「……お気遣いが上手な娘さんですね」
「……ええ。自慢の娘です」
「私の我が儘、聞いて頂けますか?」
「ええ」
「あの子は最初、住む場所が無くてこの辺りをうろうろしてたんです。どうやら師匠さんから修行の一環として、自分の力でアトリエを持てる様にと送り出されたようでした」
それは……ヘルメスさんにとっては酷じゃないか……?
「あの子は見ての通り、引っ込み思案で内気です。とても自分からは誰かに頼めない様な子です。だから、私が声をかけて引き取ったんです。調度空き部屋もありましたしねぇ……」
「そうでしょうな。あの子の性格を考えると難しい話でしょう」
「はい……私も何とかあの子をフォローしようとしました。ですが、何分男一人です。あの子の家族にはなってやれない。いつでも側に居てやることが出来ない。そう考えたのです」
「男一人でも家族にはなれると思いますが……」
「あの子には一緒に笑いあえる家族が必要なのです。困った時には一緒に悩んでくれる家族。一緒に笑いあえる家族。そして何より、年の近い友達が必要なのです」
「この島には他に子供はいないんですか?」
「……いない訳ではありません。ですが、あの子はずっと部屋に引き篭もっているのです。部屋でずっと錬金術の本を読んで、ずっと釜と睨めっこしています」
そうだろうな……あの人の性格だとそうするだろうな……。
「そして時折、今日みたいに激しく落ち込んで、自殺未遂をする事があるのです……。何とか止めてきましたが、あの子の心の闇は未だ晴れません……。恐らくですが、あの子の師匠さんがあの子を外に出し、自分の力でアトリエを手に入れるように言ったのは、より多くの人と交流させるためだと思うのです。多くの人と交流し、多くの知識を得て、多くの絆を育む。それがあの子に必要なものだと考えたのではないかと思うのです」
「……分かりました。それでどうすれば良いのですか?」
父さんの目がいつに無く真剣になる。
「あの子が一人前になれるまで、引き取ってはくれませんでしょうか……?」
「……あの子次第です。あの子がどう言うか……」
「私は、あの子のためなら、鬼にでも悪魔にでもなります。嫌われたっていい。あの子には明るい未来がある筈なのです。無理にでも連れて行ってください。多分あの子は、私にクビだと言われて、私に顔向け出来ないと思っているでしょうから」
「……母さん」
「私はあなたの意見に従うわ」
「オーア」
「俺は父さん達を信じる」
「……分かりました。ではお預かりします」
「……ありがとうございます。どうか幸せにしてやってください……」
俺達は店長を背に店を後にした。
外には泣いているヘルメスさんとマティ姉達がいた。
「うっ……ゴードンさんにっ……嫌われっ……」
「……おかえり、親父」
「うん……ちょっといいか?」
「……うん」
マティ姉が離れ、父さんがヘルメスさんに近寄る。
「いいかい?」
「な、なんっ、ですか……?」
「……店長さんからの伝言だ。『一人前になったら、また戻って来い』」
父さんなりの優しい嘘だった。実際店長も辛そうだったしな……。
「え……」
「そのままの意味だよ。それまで、うちで君を預かる事になった。いいかい?」
「ゴ……ゴードンさん……」
ピールが近寄る。
「大丈夫ですよ。ヘルメスさんならすぐに一人前になれますよ!」
「一人前……」
マティ姉が壁にもたれながら話す。
「大方、師匠とも約束したんでしょ?一人前になるって」
「師匠……」
母さんが抱きしめる。
「一人で抱え込まなくていいのよ……一人で生きていける人なんていないんだから」
「私は……」
俺も話しかける。
「家族になりましょう。友達からでもいいです。……だから、独りにならないでください」
「友達……」
ヘルメスさんはそのまま母さんに体を預けるようにして、静かに泣き始めた。彼女の心には、いったいどれほどの苦しみがあるのだろうか。どれほどの悲しみがあるのだろうか……俺には分からなかった。
出航までの時間ぎりぎりまで、俺達はヘルメスさんの荷物を運んでいた。特にきつかったのは大釜で、俺と父さんの二人がかりだった。
「お客さん、何か荷物が増えすぎてません?」
船員の人から若干引かれたが、何とか運ぶ事が出来た。
船はスロープを外し、警笛を鳴らした。もう、この船とル・サンチェ島を結ぶ物は何も無い。
島の港には俺達を見送ってくれている人達がいた。皆こちらに手を振っている。俺も思わず、手を振り返す。
すると、見送ってくれている人々の中に、見知った顔があった。俺は静かにヘルメスさんの肩に手を置き、港を指差した。
「な、何ですか?」
「あそこです」
そこには店長がいた。手は振ってくれなかったが、確かに俺達の事を見送ってくれていた。
「ゴードンさーーーーん!!」
今日一番かという様な大声をヘルメスさんが上げる。しかし、店長は何も言わず手も振らず静かに見送った。
俺には遠くからでも、あの人の気持ちが分かった。それは娘の旅立ちを見送る親の気持ちだった。
俺がこの事に気付けたのが能力のおかげなのか、それとも単に感受性のおかげなのかは分からなかったが、俺は後者を信じたかった。
今日の潮風は、昨日よりもちょっぴり目に沁みた。




