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第12話:ル・サンチェ島のヘルメスのアトリエ

 俺は波の音で目を覚ました。そうだ……今、船に乗ってるんだった……。

 俺はふと横を見る。隣にマティ姉がいた。その奥にはピールも見える。

 ……そういえばそうだった。一緒に寝たんだっけ……。何か、変な気分だな……。

 俺は二人を起こさない様にゆっくり起き上がると、窓の外を見た。

 海は太陽の光を反射し、まるで宝石の様に煌めき、空はいつも以上に澄んで見えた。いつもは見れない光景だ。海ってこんなに綺麗なんだな……。


 一頻り海を眺めた俺は静かに部屋を出た。

 外は部屋の中とは違って、はっきりと波の音が聞こえた。その音は穏やかで、心が休まる音だった。

 俺は階段を上り、共有スペースへ向かった。確かあそこは前面ガラス張りで、一番眺望が良い所だった筈だ。


 共有スペースに着いて、外を見ると案の定、素晴らしい景色が広がっていた。まるで自分が青い海に取り囲まれているような、恐怖にも似た不思議な高揚感。癖になりそうだった。

 海を眺めていると、遠くに島が見えた。あれが……ル・サンチェ島だろうか?

 俺は共有スペースを飛び出すと、階段を駆け下り、自分の部屋へ戻った。

 父さん達はまだ寝ている。全く何を暢気に寝てるんだ!ついに島が見えてきたというのに!

 俺は父さん達に声をかけ起こす事にした。

「父さん!父さん!」

「う……ん?何だ……?」

「何だじゃないよ!島!島が見えてきたよ!」

「島ぁ……?」

「母さん!起きて!島だよ!ル・サンチェ島!」

「え……?ど、どうしたの……?」

 何故こんなに皆じれったいんだ!

「マティ姉!」

「う~ん……?何ぃ……?」

「島っ!見えてきてる!」

「ピール!起きて!」

「どうしたの……?オーア兄ぃ……?」

「どうしたもこうしたも無いよ!島が見えてるんだって!」

 俺はとにかく皆を引っ張り起こした。逸る気持ちが抑えられなくて、いつに無くテンションが上がってしまった。




 俺達は船を出る準備をし、スロープの近くに立っていた。

「いやぁ、驚いたな。まさかオーアがあんなテンションになるとはな」

「……ごめん」

「なに恥ずかしがる事はない!初めての船だったんだ!テンションも上がるさ!」

「いや……ホント……どうにかしてた……」

「子供みたいで可愛かったぞぉ~~オーア~~」

「やめてってマティ姉……」

「ま、まあほら……実際初めて船に乗ったんだし……」

「やめてピール……フォローが刺さる……」

「ほらほら、いじめないの」

 母さんが俺の頭を撫でてくれた。別に苛められていた訳ではないと思うが、少し嬉しかった。

 そうこうしていると、いよいよ船はル・サンチェ島の港に到着した。

 船員が乗客に声をかける。

「一人ずつ、ゆっくり降りてくださいね!」

 俺達は言われたとおりに、ゆっくりとスロープを降りた。乗るときも思ったが、ちょっと揺れてて怖いな……。


 スロープを降りた俺達が最初に見たのは、山の斜面に向かって続く、綺麗な家々だった。俺が普段見ている様な街とはまた違う。まさに観光名所といった感じの街だった。

「ね、お父さん。砂浜!砂浜行ってみようよ!」

「そういや、そこが名所なんだっけか?」

「折角だから行ってみましょう」

「よし!行こ行こ!」

 俺達はピールが言う砂浜に向かうことにした。確か、光り輝く砂浜だったかな。正直俺もどんなものなのか興味があった。



 海沿いを歩いていると、遠くに砂浜が見えてきた。

 その砂浜は確かにキラキラと煌めいており、何とも美しかった。

「凄い!本当に光ってる!」

「ああ!こりゃ凄いな!」

 ピールは珍しく大はしゃぎで砂浜へ走っていった。

「転ばない様に気を付けるのよー」

「大丈夫だよ!転んでも砂だもん!」

 確かに、ピールの言う事はごもっともだな。

「見て見てオーア」

 突然マティ姉が俺の肩に手を置き、ピールの方を指差した。

「何?どうしたの?」

「天使が踊ってるみたいだね」

 マティ姉の表現に少し笑ってしまう。天使……か。確かにその通りかも。

「そうだね。マティ姉の言う通りかも」

「でしょ?綺麗な砂浜に綺麗な妹。あたしは幸せモンだなぁ~」

「そうだね……」

 俺も、幸せだ。大切な人達と一緒にこうやって笑いあえる。俺にとっては、とても大事な事。過去が無い俺にとっては、本当に大事な事……。

「皆もおいでよーー!」

「ほら、ピールが呼んでるよ。行こうか?」

「そうだね」

 俺達は砂上の天使に誘われて、共に走り出した。



 砂浜で一頻り遊んだ俺達は、食事をする所を探す事にした。観光名所らしいし、そういう店はいくつかあるはずだ。

「適当に歩いて決めるか?」

「いいねぇ!あたしそういう冒険好きだなぁ!」

「良い所が見つかるといいわね」

「観光名所だから大体おいしいと思うけど……」

 俺はピールが読んでいる物を覗き込んだ。

「何読んでるの?」

「これ?ガイドブック。こういうの集めるの結構好きなんだ」

 ピールはガイドブックを集めるのが好き……知らなかったな。俺、まだこの人達の事完全には分かってないんだな……。

「どこがおすすめって書いてある?」

「うーんと……この『クルクン』て言うお店がおすすめみたい」

「クルクン?」

「うん。魚料理がメインのお店で、特にムニエル?がおいしいらしいよ?」

 ムニエル……何となく記憶にある。同じやつだろうか。

「おっ?どうした?何かいい店見つけたか?」

「ここがいいかなって」

「クルクン?どれどれ…………ほぉ!良さ気じゃないか!そこにするか!」

「ええ」

「流石はあたしの妹!優秀だねぇ~~」

 俺達はガイドブックに載っていた店、クルクンへ向かう事になった。マティ姉に撫でられたピールはとても誇らしげだった。




 数分ほど歩くとクルクンが見えてきた。少し汚れた感じが老舗感が出ていて、いい雰囲気を醸し出していた。

 俺達は父さんを先頭に、続々と店内に入った。

「いらっしゃい。4人ですかい?」

「ええ。4人で」

 俺達を出迎えてくれたのは、どこか50代程の男性だった。ボサッとした髪に無精髭と、あまりお洒落には興味が無い様な感じだった。

 俺達が席に着くと、早速注文を取りに来た。早いな……。

「何にします?」

「え、えっとそうですねぇ……」

「焦らなくてもいいんですよ。どうせまだ早いし、他のお客さんも来ないでしょ」

「うーんそうですなぁ……」

 父さんがメニューを見ながら悩んでいると、ピールがメニュー越しに指を差した。

「私、ムニエルがいいかな」

「はい。ムニエル一つぅ……」

「ん~じゃあ、あたしはこれ!黒鯛の塩焼き!」

「じゃあ私はこれにします。鯖の香草焼」

「はい。クロシオぉ……サバコウぉ……」

「ん……皆決めるの早いな……じゃ、じゃあ烏賊飯で」

「はい。烏賊飯ぃ……」

 み、皆決めてしまった。俺は……どれにしようか?

「えぇっと……おすすめとかはあります?」

「そうですねぇ……この、鮪の照り焼きがぁ今はおすすめですねぇ」

「じゃ、じゃあそれで!」

「はい。マグテリぃ……」

 な、何とか全員注文出来た。どれも名前は覚えている料理だったが、どんなものか思い出せない。楽しみでもあり、不安でもある。

「ご注文、以上でよろしいですか?」

「あ!あのあの!この!チーズケーキ!お願いします!」

「……ちょっと作るのに時間かかりますけどいいです?」

「は、はい!」

「はい。チーケーぇ……。それじゃあ、作って参りますんで……」

 そう言うと、店長と思しき人は奥へと引っ込んでいった。

「ピール、いいのか?チーズケーキなんて、向こうでも食べれるだろ?」

「ここのチーズケーキは、普通のとは違うんだって!」

「どう違うの?」

「ここね?錬金術師さんがいるんだって……!その人が色々調合してる時に偶然出来ちゃったのがおいしくて話題になったらしいんだ……!」

 レンキンジュツ?聞いた事がない……どんな仕事なんだろう?師って言ってたから一応職業だろうか?

「ピール、レンキンジュツって何?」

「あ、そっか、オーア兄は見た事無いよね?あのね、錬金術って言うのは色んな物を特殊な製法で配合して、全く新しい物に作り変える技術の事なんだよ」

 作り変える?そんな事が、可能なのか……?

「私も学校でちょっとだけ齧った程度だから、そこまで詳しくはないんだけどね」

「あー、あたしの頃もあったなぁ。あれは結構楽しかったかな」

「……マティ姉はもうちょっと他の勉強もした方がいいよ……?」

 学校で習う。結構有名な技術なのか……?俺の記憶には、名前すら無かった……。俺は……どこからやってきたんだ……?

「オーア?どうしたの?具合でも悪い?」

 俺が悩んでいると母さんが心配して声をかけてきた。

「あ、いや!何でもないよ!ごめんごめん、ちょっと下向いてただけ!」

 我ながら嘘が下手だなと思う。こんなので母さんの目を誤魔化せるとは思わない。

「……そう。ならいいんだけど」

 ……気を使ってくれてるな。ありがとう、母さん。



 暫くすると、完成した料理が運ばれてきた。どれもこれもおいしそうなものばかりだった。

 俺達は食事前の挨拶を済ませると、早速各々に運ばれてきた料理に口を付けた。

 おいしい!この香ばしい香りが鮪によく合っている!流石におすすめと言うだけある。頼んで良かった。しかし、この味……何だろうか?どこかで食べた事のある味だ。昔の俺か……?

 その後俺達は、お互いの料理も一口食べ、味を確認した。どれも素晴らしくおいしい料理で、ガイドブックに載るのも納得だった。


 全て食べ終わった俺達は、ピールが頼んだチーズケーキを待っていた。時間がかかると言っていたが、本当に時間がかかるな……。

 すると、突如、奥に見える階段から爆発音と共に一人の少女が転がり落ちてきた。年はピールと同じ位だろうか?階段の上からは黒煙が流れてきていた。

「いっ、たたた……」

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 とりあえず声をかける。少女はひっくり返って物凄い体制になっていたのだ。

「う、だ、大丈夫です……げほっ!ちょっと調合をミスしてしまって……」

 爆発音を聞いてか、奥から店長が出てきた。

「あ~~……またやっちゃったんだ」

「うぅ……すみませんゴードンさん……」

「いやいいんだけどさぁ……今月でもう5回目じゃない?」

「お、仰るとおりで……」

 この人が錬金術師だろうか。というか、錬金術って失敗したら爆発するのか……結構危ないんだな……。

「すみませんねぇお客さん。今日は日が悪いみたいで」

「ああいえいえ気にしないでください!」

「いいえ……悪いのは日じゃなくて、ヘルメスが悪いんです……」

 酷く落ち込んでしまっている。大丈夫だろうか。

「はぁ……わざわざゴードンさんに部屋までまして頂いているというのに……私が未熟者なばっかりに……」

 流石に可愛そうなので声をかける。

「あの、ホント気にしなくていいですよ?」

 俺に合わせて、ピールも慰め始める。

「そうですよ!私、錬金術の事は詳しくありませんけど、それが出来るってだけで凄いです!」

「……元々、あのケーキは失敗した時に偶然出来たんです……それが今じゃ失敗作の再現さえも出来ないなんて……」

 今度は母さんも慰め始める。

「大丈夫よ。失敗したのを再現する方が大変なんだから」

「……う、う……これじゃ師匠に顔向け出来ないよ……」

 師匠……この人にも師と仰ぐ人がいるのか。

「すみませんお客さん。チーズケーキ分の御代は結構ですんで」

「え、ええ」


 俺達は少し気まずくなりながら、代金を払って外に出た。あの子、大丈夫だろうか……。

「……ピール、ちょっと俺戻ってくるよ」

「う、うん」

 俺は不安になり、クルクンに戻った。先程のヘルメスと名乗った少女、彼女の事が心配になったからだ。余計なお世話かもしれないと思ったが、放っておけなかった。

「いらっ……ん、何です?忘れ物ですかい?」

「あの……ヘルメスさんは……」

「ああ、あの子でしたら部屋に戻りましたよ?」

「そうですか……ちょっとお邪魔しますね」

「え……ちょっと……!」

 俺は店長の声を受け流し、階段を上っていった。一番上には扉があり、ここがヘルメスさんの部屋らしかった。俺は扉をノックする。

「はい……何でしょう……」

「あの、俺さっきこの店にいたオーアって言う者です」

「ああ……さっきの人ですか……」

「あの、本当に気にしてないですから!」

「……いいんです。最期にあなたみたいな優しい人と出会えて……私は幸せ者です……」

 嫌な予感がした。俺は焦ってドアノブを捻り、中に入る。

 そこには、今にも首吊り自殺を図ろうとするヘルメスさんの姿があった。

「ちょっと!何やってるんですか!」

「先立つ不幸を……お許しください……」

 俺は急いで駆け寄り、ロープを手で弾き、ヘルメスさんを椅子から下ろした。

「ああ……またですか……また皆に迷惑を……」

「馬鹿なことしないでください!」

「ば、馬鹿な私はもうこうするしか道は無いんです!あんなに何度も失敗してたら……錬金術師失格です……」

 俺はとりあえず、部屋から連れ出す事にした。下では店長さんが待っていた。

「もしかして、またやってたのか……?」

「自殺のことですよね?」

「ああ……今までにもこういう事があったんです……」

 この人よく生きてるな……。

「ごめんなさい……ごめんなさい……私がこの世に生を受けたばっかりに……他の尊い命が一つ犠牲になっちゃった……」

「……お客さん。こんな事頼むのもどうかとは思うんですがぁ、もし良かったら、観光に同行させてやってくれませんか……?」

「観光に?」

「今のこの子には心の余裕が足りて無いんでしょう。基本部屋に閉じこもってますから……」

 俺は悩んだ。俺自身は別に構わないが、父さん達はどうだろうか?家族での旅行を邪魔されるのは嫌では無いだろうか?

「俺の判断だけでは何とも……ちょっと聞いてきます」

「すみません……頼んます」

 俺はヘルメスさんを連れて、店を出た。父さん達に確認を取らなくては……。


「おかえりオーア。ん?その人は……」

「ただいま父さん。ちょっと相談があるんだけどいいかな?」

「おう!可愛い息子の頼みだ。いったいどうした?」

「実はヘルメスさんをこの旅行に同行させることは出来ないかと思って」

「同行?」

「い……いいんです……こんなダメダメな私に皆さんに付いて行く資格なんて……」

「こっちにいらっしゃい」

 そう言うと、母さんはヘルメスさんを俺の元から離し、頭を撫で始めた。向こうは母さんに任せよう。

「父さん、どうかな?あの人の気分転換になればと思うんだけど」

「父さんは別に構わんが、店長さんは何て言ってるんだ?」

「店長さんからのお願いなんだよ」

「そうか。なら、まあ父さんもオーアに異論はないかな」

「あたしも異論ないよ!いつだってあたしはオーアの味方だからね!」

「私も!人が多い方が楽しいもんね!」

「私も構いませんよ」

 これで家族皆の許可が貰えた。早速店長の所へ戻ろう。


「一応、大丈夫です」

「そうですか……すんません」

「いえ、別にいいんですよ。それじゃあ、帰る前にはまたここに寄りますね」

「ええ。それじゃあ、よろしく頼んます」

 俺は店を後にした。何とかして、元気になってもらわなくては……。

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