8.取捨選択が下手だった。でも、後悔はしていないと思う
昔から取捨選択が下手でした。何かを選ぶのが苦手でした。
それを自覚するようになったのが何時だったか、それは覚えていませんが、小学校の高学年ぐらいには既にそうだった気がします。
自分の意見をハッキリ述べるのが苦手、いや、嫌いだったのもそれと関係がある様に思います。
陳腐でありきたりな表現になりますが、何かを選択するということは、選択しなかった方を切り捨てるということで、欲張りで傲慢な私にはそれが悔しいというか惜しかったのです。
分かりやすい表現をするならば、コレクター精神が強かったし、独占欲も同様に強かった。
全てを体験したいと思ったことがあるし、だからこそ輪廻転生的な考えに惹かれたことがあるのかもしれない。
死んだ後に今までに体験した人生の記憶が全て蘇える、なんてことになったら面白そうだな、とか。
さて、独占欲やコレクター精神から来るのか分からないけれど、いろいろと無謀な願望を持ったことがあります。
自分でも我ながらアホだな、と思った願望に「この世の全ての本を読みたい」と思ったことがあります。中学生の時に、やたらと本を読み漁った時期があり、その時に思ったことです。
本を読むのが楽しくて楽しくて、生きている間に全ての本を読みたい、そう思ったのは中二病だったのか、どうか。
本当に本が面白くて、没入していた本を読み終えて閉じた後の感覚は、多分きっと他の何よりも好きでした。
選択を放棄して、選択権を維持したままの状態でいれば可能性は消えない。そうして結局、時間切れを迎えて全ての可能性を消してしまった。そんなことばかりでした。
それは、全能感を維持したいが故に何もしない、ということにも繋がっていきます。
気がつけば何もできない年だけを食った自分がここに居る。可能性はどんどん消えていき、選択は狭まっていく。
明日は今日よりもさらに可能性は閉じていく。そうと分かっていた筈なのに、何もしてこなかったのです。
……いやあ、どうしてこうも自嘲的になってしまうのか。一応、勘違いして欲しくないので書いておきますが、私は基本的に楽観的な人間です。
生きてれば何とかなるっしょ、とか思っている奴です。
明るい話題を書きたい、けれど根が明るくないから無理だー、わっはっは。
まあ、そんな感じです。




