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67.自由が欲しかった

 自由というのを、ずっと私は欲していたように思います。自由とは何か。私は「何物にも影響を与えず、何物にも影響を与えられずに好きなことができること」の様に思っていた時期がありました。何も言わなくても、書かなくても分かると思うけれど、上記は無意味な概念です。


 存在は、何かに影響を与えずにはいられない。そして、何かに影響を与えられないわけにもいかない。生きている限り、誰かに影響を与え、与えられます。


 あまつさえ、死んでも他者に影響を与える人というのはいる。存在したこと、それは影響を与えずにはいられない。


 なんだか宗教の話みたくなってしまった。


 ところで、自由と聞くと権利や平等という概念を連想します。そして、自由と平等と聞くとアメリカという国が思い浮かばれます。


 自由の国、アメリカ。彼の国の枕詞は多いです。正義の国と呼ばれることもある。


 そんな風に呼ばれるアメリカに行けば、自由や正義が分かるのか。そう問えば、それはないと私は思う。


 自由という言葉は、好き勝手に何でもやれる状態を指すと思う人が多い気がする。そして、それはホッブズの言葉である「万人による万人の闘争」という状態を生み出してしまう気がします。


 私は、自由という言葉の意味をよく理解していないです。自由とは何か、そう問われたら返事に窮します。


 好きなことが出来る事。それは、少し違うように思うけれど、他に言葉は思い浮かばないです。


 自由にしていいよ、と言われたら、どれだけの人が自由に行動できるだろう、とも思います。多くの人は、何をしようか悩むだろう、と。


 誰か他の人がやっていることを真似したり、誰かに命令されたりすることを欲したりする人が相当数存在すると思う。


 誰もが自由を欲しているわけではなく、身の丈にあった自由が欲しいのではないか、つまりは適度な束縛を多くの人が欲しているのではないかと思ったりします。


 適度なストレスは健康にいい、とか聞いたことがありますし、それと同様のことが自由にも言えるんじゃないかと。


 私も、自由に行きたいとは思う。けれど同時に、何かしら束縛する何かを欲している様に、今までを顧みるとそう思います。

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