66.理論的と論理的
中学生の時に、論理と理論という言葉の意味をふと考えてみると、よく分からなかった時があったのが記憶に残っています。辞書で調べたような記憶もありますが、それはハッキリしません。とりあえず、博識だった友人に問うてみて話をしあったと記憶しています。
論理と理論。logicとtheoryであり、カタカナで書けばロジックとセオリー。個人的には、理論と論理という言葉を混同してしまったり、その区別がつき辛かったりするのは、構成する漢字が同じだからではないかと思っています。英語で言えば、名前は全く違いますし、より区別がつきやすいように思います。
現実で論理的と理論的という言葉をごちゃ混ぜに使う人がいて、それを耳にすると少し気になったりすることがあります。ネットでも、あまりよく区別しないで使う人がいて、それを見たときもムムッとなります。もっとも、私自身もちゃんと区別できているかどうかは怪しいのですが。
理論的と使っても、論理的と使っても、どちらでも支障がないときの方が多いですし、大概はどちらを使っても通じるように思います。それは、両者をあまり区別することがない人が多いのと、日本語の曖昧さに加えて「〜的」という言葉が意味を広げるからではないかとも。
一つ例を挙げると、「同じ力を加えて同じ加速度で動くならば、二つの物体は同じ質量である」というのは、論理的に考えた結果なのか、理論的に考えた結果なのか、判然としません。
運動方程式という理論から論理的に考えて、とも言えますし、運動方程式という理論から考えて、つまりは理論的に考えてとも言えます。
理論に立脚した論理展開をしたときは、どちらの言葉を使っても支障はないように思います。
もう一つ例を挙げてみよう。「太郎は黒い服以外を着ない。目の前の人間は赤い服を着ている。よって、目の前の人間は太郎ではない」これは、理論的に考えて、と使うとおかしいでしょう。これは、どう考えても論理的に考えて、と使う方が適切な場合だと私は思います。
論理は理論かもしれないから、理論的に考えてと言っても問題はないかもしれないけれど、適切なのは論理的に考えて、という文言であるように思います。
個人的に、論理的と理論的という言葉をもっと考えて使ってほしいとは思うけれど、無理だとは理解しています。




