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47.自分の時間、他者の時間

 自分の為に使っている時間の筈なのに、どうして他者の為に使っている様に思える時間がある。


 そう感じる例として 「実況プレイ動画」を見ている時が個人的には挙げられる。自分の時間を、その動画を上げている人間の為に使っている様に感じてしまい素直に楽しめなくなる時がある。


 けっこう実況プレイ動画を見るのは好きで、けっこうな量を見てきたんではないか、と個人的には思う。平均以上は見ているだろう、そう思う。


 ゆっくりだろうか人だろうが関係なく見てきました。一時期はminecraftの動画を漁ったし、ランキングに上がる実況プレイ動画を大抵は目を通していた時期もあった。


 結局、自分の時間を他者の為に使っているかのように思うのは、それはきっと現実逃避の為に見るようなことが多くなったからだと思う。


 動画を見たところで、暇を潰せるぐらいのもので、何かを得ることというのは大抵の場合はない。そもそも、なくていいだろう。


 それを、暇だろうが暇じゃなかろうが見ていたのだから、最初に書いたように思うのは当たり前のことだったのかもしれない。


 他者の為に使う時間といえば、アルバイトも考えられる。時給800円とかで自分の命を一時間ほど売るわけだけど、それは割に合うのだろうか。


 そうは考えたりするけれど、働かなければ金は手に入らないし背に腹は代えられないのですが。


 労働の対価に賃金を得る。労働をするということは、自分の時間を他者の為に使うということで、命を他人の為に削るということでもある。


 そう考えると、何だかもっと慎重に考えなければならないかもしれない、なんて思ったりするけれど結局はあまり深く考えることはない。


 人生の残り時間が分かったとしたら、それは有意義だろうか、どうだろう。


 それを鑑みて、自分の命をどれだけ他者の為に使うかどうか考える、というのを考えてみたはいいけれど、人生の残り時間が分かるとしたらそんなことを考えている場合じゃないか。


 未来を知ることが出来ないからこそ、未来というのは価値があるんじゃないかと思います。パンドラの箱に残されたのは希望だった、という話がありますが実際に残されたのは『未来を知る力』が残されていた、という説もあるそうです。


 未来を知ることがないから、希望を持って生きていられる、ということらしいです。


 未だ来ぬ時である未来、過ぎ去った時である過去。


 時間というのを考えると、いろいろと不思議だなあ、と思うことがあります。 


 ……タイムマシンはいつか出来るのですかね?


 関係ないけどバックトゥーザーフューチャーは最高に面白い映画でした。


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