46.夢見るままで
幻想を持ったままで居たかった人間でした。人の時が無限であれば、私はきっと何もせず、ただただ夢想し続けて毎日を怠惰に過ごし続けただろうと思う。
いや、ほぼ確信できる。私はきっと、何もしない。楽して出来る享楽に耽る。
自分はやれば出来る人間だと信じたかった。天才みたいに、何でもかんでもスラッと理解できて、短時間で本を通読できる人間だと信じたかった。
努力をすれば、簡単に上昇曲線を描けると思いたかった。
人生は有限です。
理想を思い抱くだけでは、何も現実は変わらず時間だけが過ぎ去る。結局、自分が何かしない限り自分は変わらない。
どんどんと無為に過ぎて行く時間を思い、老いていくのみの時を思うと恐怖が募った。
このままでいいのだろうか、なんて陳腐な言葉が頭に浮かぶことが多くなった。
恐怖に突き動かされて、勉強を始めている最近な気がします。今よりも明日、明日よりも明後日の自分は今より老いている。
ただ老いるだけ、それは嫌だと思った。
いつか老人になった時、大した知恵がついていないのは嫌だと思った。
格好悪いと思った。
理解したいことは一杯ある、興味のあることも大量にある。全てを理解することはできない、全てを知ることはできない。
けれど、その一角を知ることはできる。知る量を増やすことはできる。
0か1ではないのだ。興味のあること全てを理解しないとイケナイ理由などないのに、どこか心の隅では完璧でないとダメだと思っている節があった。
思えば、完璧主義の精神に毒された人生だった。
いつから、変な完璧主義に侵されたのだろう。ゲームをするのも、勉強するのも嫌になり、何もしないことで全能感を保つようになったはいつからだろう。
何もしなければ、無力を感じることはない。
夢を見続けていられる。
「自分はやれば出来るんだ」
そういう淡い夢を抱き続けられる。結局のところ、幻想は現実に押しつぶされる。気がつけば、何もできない自分がポツンといる。
何かしなければ、何もできないままだというのに。
気がついてはいたけれど、理解しているつもりだったけど、それでも何もしない時間は多くあった。
何年間ぐらいムダにしたかなあ。
けれど、それはムダな時間ではなかった、と思いたい。
たまには、こういう感じで書くのもありでしょうか、それともやっぱりナシ?




