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24.面白いって何だろう

 私には分かりません。


 『面白いって何?』と質問されたら、どう答えることができるだろう。


 さて、こういう具合に答えに窮する質問というのは幾らでも出来ます。


 答えることができない言葉を、私たは普段とても自然に使っています。概念やイメージとでも言えばいいのでしょうか、そういう雰囲気というモノを言葉に持っているのでしょう。


 前回、第23回『絶対が欲しかった』でも書きましたが、私は絶対が欲しい人間でした。絶対的な何かが欲しかった。


 けれど、私は『絶対』を見つけられなかった。信じられる『絶対』を見つけられなかった。安心を与えてくれる『絶対』がなかった。


 唯一、絶対だと思えるのは哲学の第一原理ぐらいでしょうか。コギトエルゴスム、cogito ergo sum、デカルトの言葉です。


 これも誰かによって否定されたりしているのでしょうかね。


 私はよく数学を例に出しますが、今回もちょっと出してみます。


 数学を一から厳密に理解したい、そう思った私は教科書を最初から見直してみました。そこでは日本語が書かれています。当たり前ですけれど。


 数学を理解するために、まず日本語を理解しないといけないと考えました。


 では、日本語とは何かを理解するためには、言語とは何かを理解しなければならないと考えました――


 どうにもならず、嫌になって投げ出した記憶があります。


 上記の例は、究極の粒子とは何か、という問題にも繋がりそうですね。もっとも現代だと『万物は紐である』とか、よく分からない論があったりするみたいですけども。


 昔は何かを究極的に理解してやる、とバカらしい真っすぐな思いを抱いていたことがあります。結局そういうことは無理なのだ、と今では理解しています。


 けれど、以前のその自分の姿勢が羨ましくなる時があります。


 絶対が欲しかったのは、恐らく何かに対してひたすらに取り組みたいという願望があり、どうせひたすらに頑張るのであれば完璧を目指したかったらという、青い気持ちがあったからだと思います。


 そんな気持ちはもう失ってしまったのか、それともまだ持っているのか、今はよく分からないですがきっと年を経て今を振り返った時に分かることなのではないか、と。


 何だか今回は前回の続きのような話になってしまいました。


 最後に少しだけタイトルに戻ってみようかな。


 面白い、という感情というのは不思議ですよね。私は『面白い』と感じるあの感情を、うまく表現できない。どういう言葉が相応しいんだろう、あの感情を形容するのに。


 見つからないということは、『面白い』という言葉はユニークな言葉なんだろうか。


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